2話:私の好きな人

 私には好きな人がいる。


「おはよう、まこちゃん」


 いい加減その恥ずかしいあだ名やめろよと言わんばかりに不機嫌そうな顔をしつつも「おはよう」と返してくれた、私より少し背の低い男の子。

 彼は私の幼馴染の藤井ふじいまこと。真だからまこちゃん。彼とは家が隣で昔からよく一緒に遊んだ。中学生になった今も一緒に登校するほど仲がいい。周りからは付き合っていると勘違いされるほど。夫婦だとか、揶揄われるほど。

 しかし、私たちは付き合っていない。私たちの関係はただの幼馴染以上の何物でもない。

 好きだと自覚したのはいつだっただろうか。分からない。分からないけど、気づいたきっかけは従姉妹の一言だった。


『まこちゃんのこと好きなの?』


 私はその"好き"が友情の意味だと思って、彼女の言葉に迷わず頷いた。すると彼女は『今聞いた好きは恋愛的な意味だよ』と苦笑いした。慌ててそういう意味じゃないと訂正すると『じゃあ私が取っちゃっていい?』と悪戯っぽく笑った。


『取っちゃう…って…』


『あははっ。冗談だよ。取らないよ。けど、そんな嫌そうな顔するってことはやっぱりまこちゃんのこと独り占めしたいと思ってるんだね』


『独り占めしたいなんてそんなこと…』


 そんなことないと否定するより早く、彼女は畳み掛けで質問を投げかけてきた。『彼が誰かと付き合ったら素直に応援できる?』とか『彼が告白されているのを見てモヤモヤしたりしない?』とか。

 私はそれらの質問にほとんどイエスで答えてしまった。そして気付かされる。私の彼に対する好きは、綺麗なものではないと。

 彼女は戸惑う私を見て優しく笑ってこう言った。きっとそれは恋だよと。


『恋なんて綺麗なものじゃ…ないよ…』


『そうかなぁ。…恋って割と醜いものだと思うけど』


『うみちゃんは…恋したことあるの?』


『うん。今、独り占めしたくてたまらない人が一人いる。私はその人が誰かと付き合ってしまったら悲しい。私がその人を幸せにしたい。…みぃちゃんは?』


 私の彼に対する想いも、彼女が恋をしているという相手に対して向ける想いとほとんど同じだった。彼女のおかげで、私の想いは恋だと気づけた。

 しかし彼女は『私の恋は叶わないけどね』と続けた。


『叶わないって…』


『どうしたって勝てない人がいるんだ。そのライバルさんと私の好きな人は両想い…いや、両片想いなんだ。二人に確かめたから間違いないよ。付き合うのは時間の問題だと思う』


『そう…なんだ…』


『うん。…お互いにびくびくして前に進めない二人を見てると私、無性に腹が立つの。だけどきっと、誰かが無理矢理背中を押さないと二人はきっとこのままだと思う。だから私、いずれ二人の背中にドロップキックかましてやろうと思ってる』


 そんな会話をしたのが約一年前。

 彼女は未だにドロップキックの準備運動をしているらしい。『みぃちゃんがまこちゃんに告白できない理由は痛いほど分かるよ。私も勇気が出ないんだ』と辛そうな顔で語っていた。そう。私と彼の関係は未だにただの幼馴染のままなのだ。

 私も彼も何度か異性から告白を受けたが、未だにお互いに恋人はいない。

 従姉妹と恋の話をしてすぐの頃だっただろうか、彼から『彼氏作らないの?』と聞かれたことがあった。明らかに告白のチャンスだったのだが、逃してしまった。『お互い頑張ろうね』などと他人事のようなことを言ってしまった。彼に好きな人が居ると聞いて動揺してしまったのだ。

 一年経っても恋人がいないということは未だにその人とは付き合えていないということだが、失恋した様子もないため、その好きな人もまだ誰とも付き合っていないのだろう。

 その好きな人というのはまさか、私だろうかという期待もなくはない。

 なくはないが「君の好きな人って私なの?」なんて、よっぽど自分に自信があるか、確信できるような証拠でもないと無理だ。


「はぁ…。…うみちゃんはどう?ドロップキックかます準備進んでる?」


「うん。着々と。…それで、みぃちゃんに相談があるんだけどいいかな」


「なぁに?」


「今日…いや、明日、家行くね。二人で話したいんだ」


「明日?今日でも良いよ」


「ううん…明日にする。今日は望達と約束してたの思い出したから」


「…そっか。分かった」

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