魔法of騎士

@bravein

総司と早亜矢がひたすらイチャイチャしてるだけの話

 その日、やけに肌寒い風が吹き抜けて身震いした早亜矢が、何となしに嫌な予感がして振り返ると、そこにいたのは、半月ほど前に任務に出た総司ではなく、総司と同じ制服に身を包んだ一人の隊士だった。

 早亜矢の、嫌な予感は大抵当たるのだが、そこにいた隊士の姿を見て、その不安はさらに増したのだった。

 

「申し訳ありませんでした!」

 由梨家の居間に通されたその隊士は、敷居を跨ぐ前に持っていた松葉杖も放って床に額を擦り付ける勢いで平伏した。

 神妙な面持ちの宗介と千代は、隊士に部屋に入るよう促し、彼から事情を聞いていた。

 決して、彼も軽症ではないはずなのだが、彼を庇って重症を負った総司が現在も、病院で手当を受けていて未だ意識が戻らないこと、またその時負った怪我で或いは、片方の視力を失うかもしれないこと、最悪はこのまま目を覚まさないかもしれない___そういった話だった。

 いつものように庭先の掃除をやらされていた早亜矢は、その様子をぼんやりと眺めていた。隊士から先立って事情は聞いていたが何となくその話が現実的でなくて頭に入ってこなかった。

 半月前に、任務で出かけた総司はいつもと何ら変わらない姿だった。もうすっかり見慣れた浅葱色の羽織を翻して「行ってきます」と言ったその笑顔が早亜矢の脳裏をよぎった。その時は別段、何とも思わずそっけなく「いってらっしゃい」と言ったかもしれない。いや、もしかしたらちゃんと言わなかったかもしれない。何できちんと言わなかったんだろう。でも、総司が帰らないなんてことない。そう思っていた。今だって思っている。

 ぐっと握りしめていた箒を放り出して早亜矢は駆け出していた。

 

「あれー?早亜矢?どうしてここに?」

 ガラリと勢いよく病室の戸を開けば、そこには全身を包帯で覆った病衣姿の総司と、その傍に佇む白衣姿の優一の姿があった。

「………え?」

 聞いていた話とは随分違う感じだったので、早亜矢は乱れた呼吸を整えつつも間の抜けた声を上げていた。

「もしかして!心配して来てくれたんですか⁉︎きゃー♡もう!早亜矢ってば!奥さんみたーい!もういっそ結婚します⁉︎結婚しちゃいますぅ〜♡痛っ!」

 くねくねしながら惚気る総司のドタマを優一が持っていたバインダーではたき倒す。

「安静にしてろっつってんだろうが」

「…え?優一、総司は?大丈夫なの?」

「見りゃ分かるだろ。応急処置した医者が優秀だったからこの通りだよ」

 不安げに聞いてくる早亜矢にぶっきらぼうに返す優一。

「ホントに?本当に大丈夫なの?眼とか、片方、見えなくなるかもって聞いたんだけど」

「だから、俺が診てやってんだ!んなことになってたまるか」

「大丈夫ですよ、早亜矢。ちょっと傷になってるだけで視力には問題ないって優一センセが言ってましたから」

「確かにそう言ったけど、重症なのに代わりないんだ。しばらく安静にしてろ。あと薬は文句言わずに飲め。しばらくは飲食禁止。点滴抜くなよ。抜け出したらベッドに縛りつけるからな」

「…聞きました?今の?医者らしからぬ暴言の数々」

 それは、早亜矢が普段、由梨家で見ている風景と何ら変わりない総司と優一の姿だった。 ホッとして笑顔と共に大粒の涙がぽとぽと溢れ落ちたが、二人に気づかれないようにそっと袖で拭き取った。

 

「大体、大袈裟なんですよねぇ。ちょっと気を失っている間にそんな意識が戻らないかもとか、眼が見えなくなるかもとか、そんなこと言わないでほしいですよねぇ」

 優一主治医に言われた通り、ベッドで安静にしている総司は至って呑気な調子でそんなことを言っていた。事実、早亜矢が病室に来るほんの少し前まで総司の意識は戻っていなかったし、優一の的確な医療魔術による処置が遅れていたら失明もまねがれなかったかもしれない。そんな状況だったとは思えないほど、目の前の総司はケロッとしている。

「まぁ、元気そうでよかったよ」

「心配してくれてありがとう♡早亜矢♡愛してますよ♡」

「…。」

 さらっと小っ恥ずかしいセリフを吐く総司をジト目で見やる早亜矢。

「心配なんて別にしてないけど」

「もう次からこんなへましないように気をつけないとですね。片眼見えないとか危うく眼帯キャラになっちゃいますもんね」

 早亜矢のツッコミは無視して独りうんうん頷く総司。

「…ねぇ、総司」

 問いかける。

「何でしょう?」

「怖くなかった?」

「ん?」

「死ぬかもしれないって思った?その時、怖いとか思わなかった?もし死んじゃったらとか、目が見えなくなっちゃったらとか、そういうのって考えたりしないの?」

「どうしたんですか?早亜矢」

 珍しく捲し立てるように詰め寄る早亜矢に困惑する総司。

「…別に、単に聞いてみたくなっただけだよ」

「怖いって、実はいつも思ってますよ」

「え?」

 思ってなかった返答に早亜矢は瞳をぱちくりさせる。総司は珍しく自嘲気味に微笑んで

「小さい頃から臆病者ですから。私。今でも本当は、怖いって思ってます。死んだらどうしようとか、任務に一緒に行く相手を死なせちゃったらどうしようとか、本当は怖くて怖くてたまらないです」

 それは、今まで聞いたことのない、総司の弱音だった。思いもよらない言葉に早亜矢は黙って耳を傾ける。

「だけどね、私は帝都を、帝国を護る竜騎士ヒーローだから、死ぬのが怖いなんて言ってらんないんです。だから普段は怖くないって自分に言い聞かせてます。そうするとほんの少しだけ自分が強くなったような気持ちになるんです。それでも、やっぱり、心のどこかで、怖いって思ってるのかもしれませんね。自分が死ぬのも怖いけど、目の前で誰かが死ぬのを見るのは、やっぱり何回も何百回やっても慣れませんね」

 だから、今回もきっと身を挺したんだろうなと、それは早亜矢が知っている総司だからこそそうしたんだろうなと納得はしていたが、総司が実際に素直にそれを口に出して言うのは初めてだった。

「でも、今回、本当にもしかして死ぬかもしれないって思った瞬間に、早亜矢の顔が浮かびました。そしたら、やっぱり死にたくないなって、死ぬのは怖いなって思いましたね」 

「臆病者でしょ?」と戯けてみせる総司。

「でも、本当に怖かった。死ぬことよりも、死んだらこの先早亜矢にもう二度と会えないんじゃないかってこととか、早亜矢が私のこと忘れちゃうんじゃないかって、そんなことばかり考えてましたね」

 ついでに、もし自分が死んだら早亜矢は優一と結婚しちゃうんじゃないかとか、そういう余計なことも考えていたがそれは敢えて言わないでいた。

「だから、生きててよかったって、また早亜矢にこうして会えてよかったって思ってますよ。今は」

 笑いかけてみせる。その顔はいつもの余裕しゃーしゃーな笑顔だった。

「…そっか」

 総司も人並みに人並みな感情があってよかった。そんな失礼なことを思いながら早亜矢はぽつりと呟いた。何だかいつも自分よりも余裕で大人ぶってる総司が途端に常人みたいに見えて何だか少し可愛らしい。そんなことを言ったら総司は怒るかな、それとも照れるかな、それとも…

 いや、言葉にするのはやめておこう。今は安静にしてろって言われているし。余計な刺激はしないでおこう。

 そう思って、早亜矢は立ち上がる。

「じゃあ、お大事にね。そろそろ帰るね。宗介さん達に元気にしてるって伝えておくから」

「え?もう帰るんですか⁉︎チューとかなしですか⁉︎」

「当たり前だ!何でそーなるのよ!」

「だってこの展開とこんな個室シチュエーションは、チューしてあんなことこんなことして終わっ…ぶぎゃっ!」

 皆まで言い終わる前に早亜矢が投げつけた花瓶が総司の顔面に炸裂した。そのまま昏倒する総司を無視して早亜矢は病室を後にした。 夕暮れの帰り道、昼間よりも冷たいはずの北風だが、なぜかほんの少し心地よかった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法of騎士 @bravein

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る