第184話 人は自分のためにしか生きていない

「エリス。僕と一緒に魔王を倒して地球ちきゅうに戻ろう!」


 僕はリンネの黒装束から手を離し、エリスの手を取った。

 その手はとても冷たかった。


「ユウタ。魔王を倒せたら地球ちきゅうに戻れるなんて嘘。あなたと私はこの世界で生まれたの。他の世界に行くことは出来ない。この世界だけが真実で、私とあなたはここで一生を過ごす」


 ずっとエリスと一緒に居られる。

 それは僕にとって嬉しいことだった。

 もう魔王なんて倒さなくていい。

 僕は彼女とこの世界でひっそり暮らしていければそれでいい。

 今までの旅の思い出、ついて来てくれた仲間達の表情と会話、僕を好きになってくれた人々の気持ち、その全てが初恋の前に儚く霧散しようとしていた。

 僕は救世主としての運命を背負った時から、人のために生きると努力した。

 そして、その通り生きて来た。

 だが、エリスを前にして僕は悟った。

 結局、人は自分のためにしか生きていない。

 僕は最後にして、堕落した。

 僕は皆を捨てた。

 僕を捨てた両親と同じ生き物になった。

 僕は自分のためにしか生きていない。


「ぐっ……」


 エリスの顔が歪んだ。

 彼女は地面に膝をついた。


「ユウタには私がついてるんだから! 勝手なことしないで!」


 フィナがエリスの背後に立っていた。

 手にはヒノキの棒。

 それを振り上げ、エリスの背中に振り下ろそうとする。


「フィナ! やめろ!」


 僕はエリスの小さな背中に覆いかぶさった。

 フィナが振り下ろしたヒノキの棒の硬い感触が背中に伝わる。


「ユウタのバカ!」


 フィナは僕を数回殴打した。

 息を荒げながら、泣きじゃくる。

 大した攻撃でもないのに、痛みが身体を走り抜ける。

 この痛みはフィナの叫びだった。

 ふと、痛みがなくなる。

 顔を上げると、ヒノキの棒を持った手をだらりと下げたフィナがいた。

 彼女は諦めたかの様に、うつろな目でうなだれていた。

 僕は立ち上がり、エリスに寄り添った。


「ありがとう。ユウタ」


 エリスの浅黒い頬に朱が差した。

 細めた目と満面の笑みが僕の心を捉えた。


「ユウタ。お願いがあるの」

「何だい?」

「私達の邪魔をする、こいつらを殺して」


 エリスの指先には、悲し気な8つの瞳が並んでいた。



「おい、どういうことだ? これは?」


 私はアスミに通信で問い掛けた。


<魔王は、救世主の弱点となって現れる>

「ということは、あの女が魔王か?」

<うむ>

「攻略本にそんなこと書いてないぞ」


 攻略本に書かれた魔王のイラストは、毛むくじゃらだった。

 顔は10個あり、手と足が無数にあった。

 腹には口が裂けた邪悪な顔があった。

 あくまで想像を働かせて描かれたものだが、魔王とは強い者だという印象を植え付けるには十分だった。

 

「あんなに弱そうなのに?」


 ステータスも大したことない。

 HPが100だなんて、一撃で倒せる。

 問題はユウタだ。

 ユウタが魔王の側に付いている。


つづく

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