第183話 僕が君を守ってあげる

「ユウタ? どうした?」


 立ち尽くしたままの僕にリンネが声を掛けて来た。

 その声はものすごく遠くから聞こえている感じで、僕には響かない。

 目の前にいるエリスに僕の気持ちは引き寄せられたままだった。

 魔王が作り出した幻影だと分かっていても。


「ユウタさん、あの女の人? 知り合いですか?」


 ガイアが僕の真横に来て、エリスのことを指差す。

 幻影に対して知り合いも何もないだろう。

 だが、僕には幻影に見えなかった。

 僕の前から姿を消した彼女は、僕の前に現れて、こうして話し掛けて来ている。


「ユウタ」

「あ……う……」


 彼女に呼び掛けられるたびに、僕の心は揺らいだ。

 人間不信になるほど酷い別れ方をされたのに、実際、再会してみるともう一度一緒に過ごしてみたいと思ってしまう。

 こんなことやってる場合じゃない。

 きっとこれは魔王の作り出した幻影なんだ。

 そう分かっていても、一歩も足を踏み出せない。


「ユウタ。私と一緒にこの世界でずっと暮らそう」



「僕が君を守ってあげる!」


 奴隷市場で売られていた僕にそんな力なんてないのに、僕は彼女にいつもそう言っていた。

 彼女もまた奴隷市場で売られていた。

 僕は定期的に醜い金持ちの人間に買われた。

 彼女は奴隷と言っても人気があり、複数の買い手がついたので値段が高かった。

 だから比較的まともな人間に買われていた。

 それでも、過酷さは変わらない。

 飽きた奴隷は、買った時の半分の値段で売主に引き取られ、また市場で売られる。

 僕と彼女は、売られて戻って来た時のタイミングが合う時があった。

 奴隷商人が奴隷の子供を詰め込む部屋で僕らは再び出会う。


「もういや!」


 彼女はそう叫び、泣いていた。

 どんな目にあわされたか、僕は自分が合わされた目を思い出し、彼女のことが可哀そうだなと思った。

 そして、僕は自分を捨てた両親を恨んだ。

 僕は彼女の手を握り締め、こう言った。


「僕が君を守ってあげる!」



「いてっ!」


 激痛と共にHPが減った。

 僕の太ももに、クナイが突き立てられていた。


「ユウタ! 目を覚ませ!」


 リンネが僕を怒鳴りつけた。

 彼女は眉を吊り上げ、顔から炎が出るんじゃないかと思う程真っ赤だった。


「お前がやらないなら、私がやる!」


 リンネが地を蹴った。


「待って!」


 黒装束の裾を掴んだ。

 リンネが驚いた表情で僕を振り返る。


「エリスを殺さないで」

「バカ! あいつはお前の心を惑わす敵だ!」

「違う! 僕にはわかる!」

「何が分かるというんだ!」

「彼女は僕の元に戻って来てくれた!」


つづく

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