第62話 暗殺者の美少女は密かにその仕事を全うする。
僕はリンネの右腕の辺りに自然と目が行った。
黒装束が裂け、そこから傷がのぞいている。
ミチヤスを攻撃した時についたものだろうか。
だか、斧というよりも刀で切られたような三日月形の傷だった。
「
治癒魔法は掛けたい相手が離れ過ぎていると、効果が無い。
例えば、回復系なら相手と5メートル以上離れると、届かないのだ。
リンネは3メートル程ある木の上にいた。
この距離なら余裕だ。
「サンキュ」
彼女はサムズアップした。
僕とリンネのやり取りを見て、ミチヤスが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「てめぇ、降りて来い!」
リンネはその言葉を無視するかのように、枝の上にチョコンと座った。
そして、ミチヤスを見下ろした。
「おい、お前」
彼女の少女らしい澄んだ声が静かな森の中で良く響いた。
「戦うにしても、早くその腕を治してもらった方がいいんじゃないのか?」
その言葉にミチヤスは更に顔を真っ赤にした。
当たり前過ぎる指摘を受けて恥ずかしいのだろう。
「くっ……おい! セレス!」
だが、返事は無かった。
彼女は、先程のミチヤス自身の一蹴で、気絶したままだ。
「身から出た錆だな」
「うぅ……」
ミチヤスが、苦しそうに僕の方を見た。
一瞬、目に、助けてくれという色が浮かんだ様な気がする。
神経の切れた右腕は回復系の魔法で治癒出来る。
だが、切断された部位を再び元に戻すには、僕のレベルでは操ることが出来ない高度な治癒魔法を使わなければならない。
当然、この場に、その様なことを出来る者はいない。
「おいっ! ロデル! クラス! 早く来い!」
ミチヤスは叫んだ。
身近にいる相手には通信を飛ばすより、助けを声にして叫ぶ方が伝わる場合もある。
だが、洞穴からは誰も出て来ない。
「無駄だ」
リンネは一言、そう言うと、静かに着地した。
振動一つ無かった。
まるで猫の様だ。
ミチヤスが、リンネに掴み掛かろうとする。
リンネはそれを後ろにステップしてかわした。
否、かわす必要さえも無かったかもしれない。
なぜなら、両手が使い物にならなくなったミチヤスに、リンネを捕らえる術は無いのだから。
「ギルドリストかフレンドリストを確認して見ろ」
「……あ」
ミチヤスは顔いっぱいに脂汗をかいていた。
「お前を襲う前に、武闘家と侍は一人ずつ静かに始末した」
リンネが、腰にぶら下げた袋から二つのものを地面に投げ出した。
それは、もちろんロデルとクラス(ご丁寧に編み笠付)の首だった。
彼女の右腕のあの傷は、侍と一合、二合、渡り合った末のものだったか。
彼女は暗殺者としての仕事を遂行済みでここに来たのだった。
「リンネ……」
「ユウタ……」
彼女は僕の呼び掛けに、小さく頷いた。
彼女の頬が少し赤くなった。
つづく
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