第61話 好きな人のためなら、誰でも殺す

 セレスと僕はビクリと肩を震わせた。

 彼女と僕は恐る恐る後ろを振り返った。

 そこには、仁王立ちのミチヤスがいた。

 ぬらぬらとしたギョロ目を光らせ僕らを睨みつけている。

 手にはウサギが三羽握られている。


「今日の飯を獲りに行った帰りに、裏切り者に出くわすとはなぁ……」

「ギルマス、これはっ……」


 肉を弾く音が、僕の耳朶を打った。

 と同時に、僕の横を白いものが物凄いスピードで通り過ぎて行った。

 それは洞穴の壁に激突した。

 壁が人型にへこんでいる。

 草の上に白いローブを真っ赤に染めたセレスが倒れていた。

 ミチヤスの丸太みたいな足で蹴られたら、ひとたまりもない。

 そのHPは残り10になっていた。


「くっ……」


 僕はセレスを助けるために走り出した。

 それはミチヤスから逃げ出すことも兼ねていた。


「おい」


 地面の上を駆けていたはずの僕の両足は、虚しく空を切っていた。

 僕の襟首はミチヤスに掴まれ、軽々と持ち上げられていた。

 まるで猫の様に扱われていた。


「トラ猫協同組合なんてギルド聞いた事ねぇなあ」


 僕の顔を醜い笑顔で覗き込みながら、舌なめずりする。 


「マリアン姐さんに、ここでの揉め事は禁止されているが……」


 ミチヤスは僕を放り投げた。

 地面に叩きつけられた僕を踏みつける。


「……ま、弱小零細ギルドの復讐なんざ怖くねぇ」


 そう言いながら、ミチヤスは斧を振り上げた。

 死ぬ。

 僕はそう思った。


 斧の刃先は僕の首では無く、目の前の地面を二つに割っていた。

 ポタリ、ポタリと僕は背中に熱いものを感じた。

 血だ。

 だが、僕は痛みを感じていない。


「痛てええ〜!」


 その叫びとともに、僕の枷も外れた。

 自由になった体を起こし、何が起きたか確認する。

 ミチヤスが右肘から血を流し、叫んでいる。

 その腕は神経を切られたのかダラリと垂れ下がっていた。


「どこだ!? どこにいやがる! 出てこいっ!」


 彼の叫びは森の木々を震えさせた。

 枝葉に潜んでいた鳥達が、驚いたのか一斉に空に飛び立った。


 誰かが、彼を攻撃した。

 そうとしか思えない。

 と同時に、こう思った。

 誰が、僕を助けんだ?


「出てこないなら、こいつを殺すぞ!」


 ミチヤスは左手だけで、自分の身長程もあろうかという斧を振り上げた。

 何て馬鹿力だ。

 刃先はブレることなく、僕の首筋を狙う。


 やばい、今度こそ死ぬ。


 その時、黒い影が僕の目の前をよぎった。


 ドサリという音と共に大地が揺れる。

 斧を握りしめた左手がミチヤスの体から卒業していた。

 先程まで彼と運命を共にしていたそれは、今では別の生き物の様に、草の上で痙攣していた。


「おのれぇ〜」


 彼の視線の先を、僕は追い掛けた。

 高い木の枝の上に、直立する黒い影。

 クロスさせた両腕。

 それぞれの手には、血の滴るクナイが握られていた。

 長い黒髪が、無数の葉の間から分け入る光に反射し、蒼く光っている。

 僕は思わずその名を呼んでいた。


「リンネ!」


つづく

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