第54話 命を懸けて愛する治癒魔法使いを守る美少女エルフは、灼熱のブレスで黒焦げになるのだった

 子供赤竜ミニレッドラゴンの口の中は赤黒く、粘液でぐちゃぐちゃだった。

 僕は胃の奥に飲み込まれないように、口蓋垂こうがいすい(いわゆる、のどちんこだ)をつかんで、ザラザラした舌の上で踏ん張っている。

 鋭い牙で荒猪ラフボアの肉が引き裂かれるのを横目に、僕は唱えた。


病原体パソゲン!」


 レベル51になった時に覚えたこの魔法は、敵を重病に陥れる。

 ただし、この魔法が効くにはただ一つ、条件がある。

 敵の粘膜に直接唱える事。

 例えば、傷付いて粘膜が見えるところに唱える。

 だが、それは盾役に守られながら標的に近づくことが出来ればこそ可能なことだ。

 今回の様に護衛の無い状態では、標的に近づく前に、その標的に殺されてしまう。


「ま、子供赤竜ミニレッドラゴンにとっては盲点って訳だ」


 ならば、いっそ殺されてしまおう。

 ということで、僕は今、口の中にいる。

 粘膜に囲まれている様なものだ。

 僕の放ったウイルスは粘膜に吸い込まれ、血管を通して子供赤竜ミニレッドラゴンの身体中を巡っていることだろう。

 耳を澄ませると喉奥から苦しみの声が響いて来た。

 子供赤竜ミニレッドラゴンは激しく咳き込むと同時に、僕を吐き出した。

 視界が赤黒から一気に、空の青でいっぱいになる。


「ユウタさん! 大丈夫ですか!」


 僕は地面に叩きつけられた。

 セレスが駆け寄って来た。

 彼女は粘液でべとべとの僕の身体に触れてくれた。


「うん。大丈夫」


 半身を起こし、子供赤竜ミニレッドラゴンの様子を窺う。


「ぎょるるぅっうううっ!」


 耳にしたことも無い断末魔を上げ、のたうち苦しんでいる。

 病原体パソゲンで病気になった敵は、HPを徐々に減らしていく。

 それは毒攻撃で毒に侵された状態と似ている。

 だが、大きく異なるのは毒は解毒出来る魔法や薬草があるが、病原体パソゲンの病気は侵されれば、魔法を掛けたものを倒すまで治ることは無い。

 そのことを知らない子供赤竜ミニレッドラゴンは、その場にうずくまったまま動かなくなった。 

 激しく動くとHPの減少が早まると判断したのか。


「勝った!」


 そう確信した僕は少し余裕を取り戻し、セレスに笑顔を向けた。

 その時、


「ユウタさん!」


 セレスの瞳には、裂けよとばかりに口を大きく開いた子供赤竜ミニレッドラゴンの姿が映り込んでいた。


「来る!」


 そう思った時には、もう遅かった。

 最後の力を振り絞り、吐き出された灼熱のブレスが僕の目の前まで迫っていた。


 次の瞬間、僕は荒れ果てた大地に、うつ伏せで倒れていた。

 セレスはその僕の下敷きになっていた。

 背中が痛い。

 激しく叩かれた様な感覚が残っている。

 立ち上がり、振り向くと、緑色の髪の毛が目に飛び込んで来た。


「フィナ!」


 フィナは僕をかばい、全身に火傷を負っていた。

 辛うじて、顔だけは火傷を免れていた。

 子供赤竜ミニレッドラゴンがその横で力尽きていた。


「ユウタが死ぬ時が、フィナの死ぬ時だよ」


 彼女の言葉を思い出した。

 彼女は命を懸けて僕を守ってくれた。


つづく

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