あやかし古書店の名探偵

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プロローグ ~『祖父の死と銀髪狐のあやかし』~

プロローグ『祖父の死と銀髪狐のあやかし』



 人の一生は永遠のように思えるが、いずれ必ず終わりがやってくる。美冬の祖父にも、とうとうその時がやってきた。


 亡くなった理由は心臓の病とだけ聞いていた。お酒も煙草も好きな人だったから、健康よりも生き甲斐を選び、病気を進行させてしまったそうだ。


 しかし祖父は後悔していなかったはずだ。彼は死ぬ間際まで心底楽しそうに笑っていたのだから。


「おじいちゃんは色んな人から愛されていたのよね」


 祖父はお世辞にも品行方正な人格者とはいえなかった。毎日飲み歩き、多くの人から借金をするような破天荒な性格だった。


 しかしお葬式では参列者たちが一人の例外もなく泣いていた。大人たちが肩を震わせて咽び泣く光景は、祖父の人望を証明していた。


「ふふふ、私のことも溺愛してくれていたのよね」


 美冬は孫たちの中で祖父から最も愛されていた。それは残された遺言からも明らかで、彼女宛てのメッセ―ジを特別に用意していたほどだ。


『美冬、儂は死んでも傍におる。ずっと見守っておるからのぉ』


「おじいちゃんらしいメッセージよね」


 美冬の祖父は幽霊や妖怪を信じるあやかしオタクだった。いつも彼女に河童や鬼や狐について楽しそうに語るのだ。その姿は子供のように無邪気であった。


「おじいちゃんの怪談話をまともに聞いてあげたのが私だけだったから、あの遺産をくれたのかなぁ」


 祖父は遺産として郊外にある武家屋敷を美冬に譲渡した。彼女の通う立国大学から数分の好立地はとても有難い贈り物だった。


 だが祖父が本当に大切にしていたモノは住居ではない。内庭の土蔵どぞうに積まれた古典書籍。それこそが彼の宝であった。


 その本はすべて祖父の大好きなあやかし関係の書物ばかりだ。生前の祖父が、貴重な本ばかりで、なかには国宝級のお宝も混じっていると鼻を高くしていたことを思い出す。


「この本がそんなに貴重なのかしら……素人目だと判別がつかないわね」


 美冬は本の整理をするために土蔵どぞうを訪れていた。じんわりとした肌寒さと、埃の匂いが鼻腔をくすぐる。


 土蔵どぞうは二階建てになっており、階段を昇った先には、畳の敷き詰められた和室が顔を出す。


 本の山が積み重ねられた和室に、美冬はゴロンと寝転がる。畳の匂いと採光窓から差し込む光が彼女を眠りへと誘う。


「いけない。本を片付けないと」


 眠気を振り払うも起き上がるのが億劫なため、寝ころんだままで手の届く場所に積まれた一冊を掴み取る。


「なにかしら、この本……って考えるまでもないわよね。どうせあやかし本に決まっているわ」


 祖父から何度も聞かされたあやかしの怪談話。彼女はあやかしの実在を信じてはいないが、物語そのものには興味があった。本の表紙をジッと見つめる。


「『宮川舎漫筆きゅうせんしゃまんぴつ』って確か狐のお話が載っているのよね」


 うろ覚えの記憶を手繰り寄せる。何とか思い出すことができたのは、狐が憑依する話が掲載されていたことだけ。本を開いてみるが、『宮川舎漫筆きゅうせんしゃまんぴつ』は江戸時代に書かれた本なので、崩し字で書かれており、現代人の彼女では読むことができなかった。


「読めなくてもおじいちゃんの形見だもの。大切にしないと」


 本をギュッと抱きしめる。すると急激な眠気が彼女を襲い、眩暈で視界がぼやけていく。眠気に瞼を閉ざしていくなかで、視界の端に人影を捉える。


「そこに誰かいるの?」


 薄ぼんやりとした輪郭が次第に形を帯びて、人影が正体を現す。そこにいたのは銀髪の美青年だった。切れ長の目に筋の通った鼻、青い瞳は海のように美しく、神主のような装束姿は非現実な存在感を放っていた。


「イケメンさん……耳が……」


 薄れていく意識の中で銀髪の美青年が狐耳であることに気付く。手に持つ『宮川舎漫筆きゅうせんしゃまんぴつ』との関連を連想せずにはいられなかった。


「寂しそうな顔……それにこの顔、どこかで……」


 銀髪の美青年は寂しそうな顔でジッと美冬を見つめていた。その顔が祖父の死に際の表情にそっくりだと気づいた時には、彼女の意識は閉ざされていた。

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