(3)今年のクリスマスは平日です!
「マリアだ!」
聖母?
「そう!僕のマリア!好きだ!」
お前どこの立ち位置なんだよヨセフか?
「お前ってほんとつまんないやつだよ!クリスマスだぞ?あともういくつ寝るとクリスマスだ!」
イエスキリストの誕生日だっけ?復活祭だっけ?それとも...
「聖なる夜だよ!そう、恋人たちの......」
そう、聖なる夜、ねえ。
俺が一番嫌いなのは相田みたいな浮かれポンチだって、一度左頬を叩いて怒鳴り散らしたいけど、俺はそんなヘマ、できなかった。
なんせ俺のマリア......いや、俺にとってはどちらかと言えば神そのもの。イエスキリストよりも創造主よりも。八百万もブッダも負けるような、神。俺の世界が存在する意味。目的。本能。魂。人生。井川春香。
彼女は、相田みたいな浮かれポンチな阿呆に恋をしている。
ああ!マリア!見ているか滑稽なこの三角関係...。俺のほうが相田のバカより背も高いし......相田の阿呆より頭が良くて......相田のインキンタムシより造作の整った顔に生まれついて居て......なにより相田と違って一途だっていうのに。なんで井川は俺じゃなくてこいつなんか好きなんだよ。悪魔が井川に取り憑いてるんじゃないのか。クソ、なにがクリスマスだ。今年のクリスマスは平日です!
井川春香はロングの真っ黒な髪が美しく、一重がコンプレックスの、とんでもなく平々凡々な女子高生だ。
相田のマリアはというと、
「きた!蜜菜...!!!!」
虫がたかりそうな名前の、本体もハエが数匹飛んでいてもおかしくないほどのあまくて下品な匂いをぷんぷんさせたような女だった。
でも相田がマリア①(それは蜜菜ではなく、俺の井川でもなく、確か卒業生のどうやら高嶺の花のようなつもりの女だったような気がする)に振られた去年、井川が教室で泣いて居たその日、俺は彼女に恋をしたんだから、相田に文句ばかりは言ってられないのだ。
あの時、井川が泣いて居たのは相田のクソやろうが落書きばかりした机だった。
俺は忘れ物をとりに放課後、誰も居なくなった校庭をつっきって、一年一組の教室に窓から入ろうとしてカーテンが絡まって、それに驚いた井川が小さく叫んだのだ。
「誰?」
カーテンで俺の顔が見えなかったのだ、井川は。その井川の声が、泣いて居たのがわかった。だから俺、黙ってしまった。
そしたら井川が、
「相田くん? じゃ、ないか。そうだよね。私のところなんか......くるわけ、ないね」
って言ったんだ。
それで井川が立ち上がって、絡まったカーテンを開けた。
なんか俺、驚くよりなにより、どんな顔していいかわからなくて、困ったんだ。
でも、井川のやつが、泣き顔のくせに、笑ったんだ。
「ああ、本田くんか......」
それは諦めの笑顔だったかもしれない。なんだ、相田じゃないのかっていう、諦めの。
でもさ、なんでだか俺、その時、世界一かわいいやつだって、そう思ったんだ。
井川春香は、平々凡々な女子高生だ。相田なんていうバカのことが好きな、ただの髪が長くて一重がコンプレックスの、かわいい、普通の女の子だ。
蜜菜が相田に愛想笑いしながら、あしらっている。でもそれを全く気づかないような大声で、間に受けている相田、の近くに、井川が通りすがる。
そうなんだ。知ってるんだ。井川、お前、相田の後ろ、毎日一回はわざと通り過ぎるんだ。
知ってるんだ、俺は。
「井川」
俺が声を、かけると井川は照れたような顔で笑う。それは、お菓子を隠しておいたのにバレたような子供のような笑顔でさ。
「本田くん、今日は、寒いね」
なんて、言うからさ。
「明日はもっと、寒いかな」
って、俺は言う。
「そうだね、もう、冬だ」
窓辺を見やっても、暗澹とした雲空が広がって居て、ストーブの前には、相田がバカヅラさげて、まだ蜜菜にべったりだ。
井川、そんな顔、すんな。
俺のほう、見てよ。
「クリスマスは、平日だっけな」
突拍子もないことを言われた、と驚いた井川が、そうだね、と答える。
「じゃ、会えるな」
俺と、井川がね。
「会える、ね......」
伏せたまつ毛が、震えている。井川、そんな顔、すんな。俺にはバレてるからって、甘え過ぎだ。君が会いたいのは......。はあ、ほんと、バカばっか。
クリスマスイヴになったら、好きだって、君が世界で一番好きだって、伝えてもいいだろうか。相田のいない、どこか二人だけの場所でさ。そしたら井川は、困るかな。唯一、自分の恋心を知った本田くんが、自分を好きだなんて、そんなの。困るか。
「相田のばか」
「なんだよ本田ぁ、ほんとお前って、つめたいやつ!」
ぐしゃぐしゃに笑った相田は、今日も安心するほどばかだし、明日も明後日もクリスマスイヴが過ぎても、たとえば井川が気持ちを伝えても......バカなんだろうな。
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