誓いの言葉
増田朋美
誓いの言葉
誓いの言葉
ある日、杉ちゃんと蘭は、ペットであるフェレットの正輔と輝彦の餌を買うためにペットショップに出かけた。最近は、変わったペットを飼うのが流行りなのだろうか、変わった動物がたくさん売っている。フェレットばかりでなく、ネズミのチンチラとか、インコやオウムなどの鳥も売っているし、イグアナのような爬虫類も売っている。もしかしたらペットショップというより、動物園といった方が良いのかもしれない。
杉ちゃんたちが、フェレット用の餌を買って、家に帰ろうとしたところ、ペットショップの入り口に、ひとりの若い女性が立っているのが見えた。
「あれ、お姉さん何かお探しですか?」
と、杉ちゃんがきいてみる。
「ああ一寸、可愛い動物がいるなと思っただけです。」
と、女性は答えるのであるが、さすが杉ちゃんであり、女性が何か考えているということを見破ってしまった。女性の全身を見渡して、何かわけがあるということを、すぐに感じ取ってしまう。
「お前さん、何かわけがあるんだろ?なんでペットショップに来たんだよ。理由を言ってみな。」
杉ちゃんに捕まると、答えが出るまでずっと質問されてしまうのであった。しかも、いい加減な回答では決して容赦しない。
「いえ、たまたま、店の近くを通りかかっただけです。」
そういう女性ではあるけれど、杉ちゃんだけではなく蘭も、この人は何かわけがあるんだろうということに気が付いた。服装も、いわゆる外出着ではなく、ジャージを適当に着ているという感じだし、髪もきちんと束ねていない。もしかしたら、今の言葉で言ったら、いわゆる引きこもりに近い女性と言えるだろう。その引きこもりを何とかするためにペットを飼いたいと思ったのかもしれなかった。蘭は、そういう女性であれば、喜んで応援してやりたいなと思った。
「あの、ペットを買いたいんだったら、僕たちも応援しますよ。僕、わかるんですよね。あなたが、何か事情を抱えているのをね。ああ、敵ではありませんよ。あなたが新たな第一歩を踏み出すための、お手伝いがしたいんです。」
蘭はそう彼女に言った。
「お前さんは、一体どんなペットを飼ってみたいと思っているの?」
杉ちゃんに言われて彼女は、
「ええ、ウサギを飼いたいと思っているんです。ウサギは、ほかの動物よりも、人間とのかかわりを好むと聞いたので。」
と答えた。確かにウサギは、ほかの動物に比べると、一人ぼっちが苦手と言われる動物である。人間がかまってやらないと、死亡してしまうことも珍しくない。それはある意味では長所ともいえる。其れは、飼い主を必ず信用してくれることにもつながるからだ。いつもそばにおいて、うんと可愛いがってあげたいというひとにとっては、うってつけのペットになるだろう。
「でも私、ウサギを飼うのは初めてで、品種とかそういう事は何もわからないんですよ。」
と彼女は言った。すると店の店長さんが、灰色のウサギを一匹腕に抱いてやってきて、
「はい、いま、扱っている、ウサギさんはこの子ですが?」
と、彼女に言った。
「なんだ、灰色か。若い女の子が飼うんだからさ、もう少しかわいい色のウサギはいない?」
と、杉ちゃんが一寸不満そうに言うが、店長さんは、今うちにいるのはこの子だけだと言った。
「いえ、私、この子を連れて帰ります。」
店長さんに抱っこされているウサギを眺めながら彼女は言った。
「そうですか。ありがとうございます。このウサギさんは、レッキスという種類のウサギさんです。元々は、毛皮用に飼育されていたウサギさんですが、比較的順応しやすいウサギさんですし、初めての方にも飼いやすいウサギさんではないでしょうか。この子は男の子ですが、よろしいですか?」
と、店長さんが彼女に聞くと彼女はわかりましたと答えた。
「はい、大丈夫です。家族の一員として大事にします。ありがとうございます。」
彼女の表情を見て、きっと大切に飼育してくれるだろうと蘭は確信した。そして彼女が安定した情緒を取り戻して、またウサギさんと一緒に社会で生活しなおしてくれるようになると良いなと思った。ウサギの代金の支払いは、彼女が持っていたクレジットカードで支払った。
「よかったねえ。まるで弟ができたみたいじゃないか。新しい家族になってくれたんだから、思いっきり新しい生活をたのしんでよ。いじめたり捨てたりしちゃだめだぞ。愛情をこめて、可愛がってやってね。」
杉ちゃんは店長さんからウサギを受け取って、にこやかな顔をしている女性に言った。
「はい、けっしていたしません。」
彼女は誓いの言葉を立てるように言った。そして店長さんに丁寧に礼を言った。そして、新しい家族を一緒に購入したキャリーケースに入れ、しっかり肩にかけて店を後にした。
「本当によかったなあ。彼女は新しい家族ができて、さぞかしうれしいだろうよ。」
「そうだねえ。彼女自身も幸せになってくれることを祈るよ。」
杉ちゃんと蘭は顔を見合わせた。その日は二人とも、良いことをしたと思って朗らかな一日になった。
その数日後の事である。杉ちゃんと蘭が、買い物に出かけて、序にバラ公園の近くを通りかかったところ。何だか、二人の後ろから、パトカーが走ってきて、其れと同時に白バイも通っていくのが見えた。何だろうと杉ちゃんたちが、警察の動きを見ていると、パトカーはバラ公園近くの家の前で止まった。近所に住んでいる家の人たちも、何だなんだという顔で、外へ出てきたのであるが、その家の人物だとわかると、何か納得したようなものがあるらしい。
「またあの子だよ。ほんとによくやるねえ。鬱は治らないというけどさ、本当なんだねえ。なんでこういう風に懲りずに自殺未遂を繰り返すのだろうか?」
と、近所に住んでいたおじさんが、そういうことを言いだした。
「最近は、大暴れするのをやめてくれたようで、泣き叫ぶ声は聞こえてこなくなって、ああよかったと思ったら、こういう事しでかすのよね。」
その通りだという顔をして、近所のおばさんがそういうことを返す。
「全くなあ、彼女、なんで自分の事ばかり考えるんだろう?他人のことを考えようとかそういう気持ちにはならないものだろうか?親御さんもたまらないだろうな。仕事から帰ってきたら、こうして自殺未遂なんだから。」
そういうおじさんに、おばさんがこういうことを言った。
「まったくね。親御さんの判断で、ウサギを飼うように仕向けてさ。一生懸命ウサギの世話をしてたじゃないの。私、公園でたまに見かけたわよ。彼女がウサギを連れて、公園を散歩しているの。」
蘭と杉ちゃんは、それを聞いて、あれ、あの時の女性ではないかと直感的に感じ取った。
「あのすみません。その彼女というのは、いったい誰のことなんですか?」
蘭はおばさんに聞いてみる。
「ああ、あの家に住んでいる、中澤麻衣ちゃん。もう20歳くらいになるかしら。中学校の時学校に行けなくなっちゃったらしい。其れからずっと引きこもって、たまに、大声で叫んだときがあるのよ。死にたいってね。」
「そうですか。彼女は、もしかしたら、いつもジャージを着ていて、長い髪を腰まで伸ばした女性ではありませんか?」
蘭がそう聞くと、おじさんが、
「ええ、その通りですが、どうしてそれを前もって知っているんです?」
と二人に尋ねた。
「ああ、ペットショップで麻衣さんにお会いしたんだ。そのウサギというのは、灰色で、ウサギにしては結構でかいサイズのウサギではなかったか?」
と杉ちゃんが、おばさんに聞く。
「ええ、まさしくその通りよ。そのウサギを連れて、よく公園を歩いてたわ。なんだか麻衣ちゃん
の親が彼女に勧めたみたいだけどね。ペットを飼うようにって。」
と、おばさんが答える。ということは、もしかしたら、彼女の意志でウサギを飼ったのではないのかもしれない。でも、蘭はあの誓いの言葉は嘘ではないのではないかと確信していた。いじめたり捨てたりは決してしないと彼女は、二人の目の前で誓ったではないか。それをもう忘れてしまったのだろうか?
やがて、白い布をかけた担架が、家の中から出てきた。この時点で、彼女が生きているかどうかは不詳だが、少なくとも、あの灰色のウサギは家の中にいることだろう。
「おーい、あの時の誓いの言葉を忘れたのかよ。簡単に裏切るような真似をされてもらっちゃ困るな。確かに人生はつらいかもしれないけどさ。其れでも、頑張ってウサギちゃんと一緒に生きてほしいなあ。」
杉ちゃんが、救急車に乗せられていく女性に向って、でかい声で言った。果たしてそれは彼女に届いただろうか。
「少なくとも、灰色のウサギちゃんは、お前さんが帰ってくるのを待ってるぜ!」
彼女は頷いてくれたかどうかわからないが、灰色のウサギは、どんな気持ちで彼女の帰りを待っているのか蘭は代弁してやりたいくらいだった。そして、あの灰色のウサギちゃんに、彼女が戻ってくるまで、待っていてほしいと願うばかりだった。
誓いの言葉 増田朋美 @masubuchi4996
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