世界が終わる僕たちの話

綿貫 ソウ

第1話

 世界の終わりが近づいて、眼下の街が慌ただしくなっていく。


 住宅が燃え、爆発音がし、誰かの断末魔が三秒おきに聞こえてくる。もう終わりだな、と僕は思う。

 頭上を見るとオーロラが空一面を覆っていて、世界が終わってることが分かる。どうしようもなく、世界の終わりだった。

 

 ◇ ◇ ◇


 先月、世界が終わることが発表された。アメリカの大統領がめんどくさそうに「来月、世界終わります」と僕たちにいった。どうでも良さそうだった。そして、「お前らはみんなゴミだ」みたいな暴言をいって、足早に去っていった。そのときテレビの前で制服を脱いでいた僕は、最後くらいもうちょっと頑張ろうぜと思っていた。


 それから一月たって、今日世界終わるみたいですー、とテレビのキャスターが鼻ほじりながら言ったから、僕は今朝、叔父の家を出て、近所の高台に登った。世話になってきたから、一応置き手紙だけ書いておいた。ありがとうございました、それだけ書いた。

 それから、高台のベンチに座って、街を見下ろしたまま、何もせずにぼう、とした。朝日を見て夕暮れを眺めていると、いつの間にか、街が、昔みた絵本の地獄絵図みたいになっていた。みんなあの大統領みたいに、ストレス溜まってるみたいだった。

 むかついてるんだな、と僕は思った。普段それなりに平和に、笑顔で、楽しそうにしてる人ばかりだったのに、みんな何かを壊したかったみたいだ。しばらく眺めていると、僕の叔父の家が、燃えた。 

 

 僕の叔父は、優しい人だった。両親を亡くした僕と妹を引き取って、本当の家族みたいに育ててくれた。怒るときは本気で怒るし(めちゃくちゃ怖い)、僕たちのためにお金を稼いでくれた。両親が残した遺産が尽きたときも、俺がなんとかしてやるから、といって僕を私立の高校に通わせてくれた。 

 妹が病気になったときも、そうだった。もう治る見込みがなくても、残業を増やし、副業をし、妹の治療費を稼いでくれた。なんでそこまで、と僕は思った。僕たちは結局他人なのに、そこまでする理由が分からなかった。


 ──バン!


 ふと、でかい爆発音がして、僕は回想を断ち切り前を見ると、夜の空に花火が上がっていた。花火師が最後に全部あげようとしてるみたいだった。空が、花火、月、オーロラ、星、で綺麗だった。たぶん、人類が産まれてから一番きれいな光景だった。確かにカオスだけど、きれいだと、僕は思った。世界の終わりらしい景色だった。

 これから人間は死に、世界は終わる。今日産まれた赤ん坊も、百歳の婆さんも、みんなみんな死ぬ。妹と、同じ場所に行く。


 叔父の家から持ってきたノートを開く。そこには震えた文字がある。生前、妹が書いてた日記だった。5月19日で、日記は終わっていた。二年前、妹が中学一年だった。

 そう思うと、世界の終わりも怖くなかった。両親や妹と同じところに行けると思うと、嫌な気持ちにはならなかった。別にそこまで生きたいという思いもなかったし、ちょうどよかった。

 ぺらぺらと、遺書みたいな日記をめくる。あいつらしい、結構きれいな字。兄さんへ、そう書かれたページに目を落とす。生まれ変わったらまた兄さんと一緒にいたいです、そんな子どもらしい言葉で文章は終わる。もし生まれ変わっても世界終わるぞ、なんて冷たいことを僕は思う。だから妹には生まれ変りなんて、してほしくなかった。妹のままでいて、僕が向こう側に行けばいい。簡単なことだ。


 眼下の街も、そろそろ終わっていた。赤い炎が各地で上がり、悲鳴ばかり聞こえた。空は相変わらずきれいで、昔叔父とみたプラネタリウムを思いだした。まだ小学生だった頃、両親の死を受け入れられずにいた僕と妹を、叔父はよく連れ出してくれた。思えば、この高台の公園にも連れてきてくれたことがあった。あれは確か、妹が病気になる前の夏だった。はしゃぐ妹と走りまわって、疲れて、このベンチに座って──そして冷たい感触が頬に当たって──

「え──」

 ──冷たい感触を感じたのと同時に、僕の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。僕が、覚えてたんだな、と言うと、叔父が、当たり前じゃないか、と答えた。僕に冷たい缶のココアを渡し、右隣に叔父は座る。もうコーヒーでいいよ、って文句をいってやると、そうだったか、と叔父は笑った。もう大人になったんだな、そんな声が聞こえた。

 

 ──そろそろ本当に世界は終わるみたいで、空が変な感じに歪んでいた。街は燃え盛り、人の声はもう聞こえなくなった。


 なんで来たんだよ、と僕はいった。僕たちは他人だろ、って感じの声で。そうしたら叔父は、一人は寂しいんだよ、といった。叔父は結婚していたが、ずっと前に妻を亡くしていた。その人の墓にでも行けばいいじゃないか、と僕は思った。世界が終わるなら、本当の家族の方にいけばよかったのに。

 なんでだよ、と僕はもう一度きいた。僕たちは他人だった。たまたま、両親が死んで、たまたま叔父が一人になったから、僕たちは一緒に暮らすことになっただけだ。

 それでも叔父は、家族だからな、と答えて、コーヒーを開けた。僕はココアの缶を開けた。それを傾けて、もう随分甘ったるく感じるココアを飲んだ。僕たちの間にはもう一つ、オレンジジュースの缶があった。

 なあ、と叔父はいった。

 ──燃え盛る街、緑色のオーロラ、どこかから打ちあがる花火。僕らが見たことのない、心が竦むような、美しい景色。

「──俺が家族で、よかったか?」

 なんで今さらそんなこと言うんだよ、と思った。僕は答えないまま、叔父が持ってきたミニッツメイドのオレンジジュースを開けてやった。妹はミニッツメイドのオレンジジュースが好きだった。でもそれを子どもっぽいと思われるのが嫌で、〈他人の前〉ではいつもお茶とかコーヒーを飲んでいた。それでも隠れて飲んでいることを、僕は──僕たちは知っていた。僕たちは家族だったから。

「当たり前だろ」

 それだけ答えて、僕は目をつむった。


 ◇ ◇ ◇


 世界の終わり。

 僕たちは死ぬ。僕も叔父も死んで、両親や妹、妻のところに行く。だから別に悲しくもない。それでも、なんとなく、寂しい気持ちになった。


 世界が終わる前、僕は最後に夢をみた。

 小さい頃の夢で、場所はプラネタリウムだった。僕の左の席には幼稚園の妹がわー、と声を上げていて、右の席には叔父がいた。暗い天井に映し出されるのは、小さな光の集まりで、それでも確かに輝いてみえた。

 小学生の僕は、その光を捕まえようとして手を伸ばす。でも当たり前に届くわけなくて、その手は中空を掴む。そんな僕をみて、馬鹿だなあ、と叔父がいう。妹もそれに便乗して、兄さんのばか、と笑う。それでも僕は、光を捕まえようとする。あと少し、もう少し。泣きながら笑って、僕はその光に、手を伸ばす。



 


 


 

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