ひそかな願いの叶うとき

 

 あなたの指の力に耐えきれず壊れたときが、すなわち自分の死だと思ってきました。



 止まない揺れの中で私は少しだけ笑いました。どうやらそのような素敵な死に方は、私には用意されていなかったようなのです。



 けれど。



 私はぼんやりとかすむ目で、仰向けに倒れたモニターを見つめました。



 そこには、先ほどまであなたが書いていたメールの文面が映し出されています。



 なんということでしょう。この命が終わる直前に、初めてあなたのその言葉を、文字として見るという、私が密かに抱いていた願いが叶ったのです。 



 叩かれたキーの位置から予想して組み立てた、所詮は文字という実体を持たない、私の頭の中だけの文面ではなく。自分とは離れたところに、きちんと文字で、形あるものとして表現された、あなたの綴る最新の愛の言葉を。





「あいしてるよ。」





 もう、思い残すことはないかもしれません。



 絶対に見ることのできないと思っていたものを、こうしてこの目で見ることができた私は、幸せなのだと思います。



 全身を揺すぶられながら、自分の足許で体を丸めるあなたの無事だけをただ必死で祈ります。 



 そして最期に思うのは。



 あなたは、私のことなど意識したこともないでしょう。けれど、たとえあなた自身は知ることがなくとも、あなたがいたおかげで幸せになれた存在があったことは、まぎれもない事実なのです。





 ああ。



 ほんとうになにも、わからなくなってきました。



 言葉を綴るためのツールである私から、言葉が、消えていきます。



 それでもまだ。



 これだけは、この言葉だけは残っています。あなたに伝わることが永遠にないとしても、この言葉が最期まで私の中から消えなかったことを、ただそれだけを誇りに思い、私は目を閉じることにしましょう。さようならあなた、そして、



 ありがとう。





〈了〉

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ひとにあらず。 梶マユカ @ankotsubaki

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