どうか、どうか、神様
何かが倒れた音がします。床に水がぶちまけられたびしゃりという音も。あなたの背後にあるのは壁だけですが、その数メートル向こうの白い壁に亀裂が走りました。左手から、誰も座っていないキャスター付きの椅子が、ころころとその壁の前を横切っていきます。
揺すぶられすぎて定まらない視界の中、すでにあなたの姿はありません。揺れがはじまった瞬間に、私の足元へともぐってしまったからです。その行動はとても正しい。あなたが痛い思いをするのをこの目で見るなど、とてもじゃないけれど耐えられそうにありませんから。
頭上からぱらぱらと白い粉が降ってきます。見上げるとそこに通風口があることに初めて気づきました。その横には三本並んだ蛍光灯が天井にはめられたまま、ぶるぶると震えています。どうか、あの天井が落ちて、このデスクごと、あなたを潰したりすることがありませんように。どうか、どうか、
神様。
そのときです。
私のからだへ、突然何かが侵食してきたのです。強い熱と痛みとともに。
気がつけば、右側の数字キーの部分にのしかかるようにして横倒しになっているのは、あなたのかわいいタンブラーでした。開けっ放しになっていたその口から溢れる薫り高い液体は途切れることもなく、私の体表を覆うキーの隙間という隙間から流れ込んできます。
熱い熱い痛い。痛い痛い熱い。
初めて味わう水責めの感覚に、全身が苦痛を訴えます。さらに、何かが私にのしかかってきました。ごり、という、とても尖った、嫌な音がしました。
頭上から落ちてきたのは、パソコンの大きなモニターでした。銀色をしたその角が一度、キーの間に突き刺さり、そのままばたりとデスクに倒れ込みました。「Delete」と「←」が吹き飛ばされたのを感じます。気が遠くなりました。
いえ、気が遠くというよりは。
液体に触れた端から記憶の回線がぶちぶちと途切れていくのを感じます。どうやらこの体は、どこかを取り返しがつかないほどに損なってしまったようです。
初めて思いました。
私は死ぬのでしょうか。
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