午後三時、その瞬間

 午後、三時頃でした。遅めの昼食を終え、とても大きな珈琲の容器を手に、あなたはここへと戻ってきました。熱いものを触るのも、そして飲むのも苦手らしいあなたは、いつも容器、タンブラーというのでしたか、席に戻ってくるとそれの口を開けて、中身と外側の両方がほどよく冷めるのを待っています。



 猫舌で猫手。ふふ、そんなあなたのかわいい一面を見ることができるのも、午後のひそかな楽しみのひとつです。



 そして冷めるのを待ちながら、あなたは私用アドレスに届いたメールをチェックします。どうやら、彼女からも届いていたようでした。



 パーティションで区切られたここは、周囲から顔をのぞきみられることがありません。業務用の文面を確認するときとは全く違う口元の緩みを見て、私もうれしくなります。大事な人にはやはり、いつでも気分よくいてほしいものですから。



 あなたの目が何度も何度も同じ文面をなぞります。やっとその指が、返信を打つためにこの体の上に下ろされようとして、私は新たなあなたの愛の言葉を待ち受ける、その瞬間。



 がんっ、と下から突き上げるような感覚がやってきました。



 私は実際にその振動で一度軽く浮き上がり、また着地しました。自分でも初めて聞くような、がたん、という大きな音がしました。自分の体の硬質さを、改めてよく示すような。



 そして、ここに据えられてから感じたことのないような、足許の揺れがはじまりました。



 私は私を支えるこの大地、要は机の上ですが、それが揺れるものだとは知りませんでした。すさまじい勢いで体が揺すぶられます。パーティションの向こうから、様々な音階の悲鳴が聞こえます。



 その一瞬の突き上げが終わるのと同時に、今度は体が左右に揺さぶられ出しました。体があちこちに水平移動します。一瞬あなたの趣味、あなたがよくネットで検索しているさーふぃん、というのはこんな感じかしらとぼんやり思いました。



 地震。



 これも以前、あなたが検索したことのある言葉です。



 ただの知識でしかなかった言葉が、今、目の前でその強烈な姿を顕しています。あまりのエネルギーの大きさに、私はただ目を見開いていることしかできませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る