最終話 内緒話?

共同生活が始まって、1ヶ月が過ぎた。私はどうして、一緒に暮らすことを選んだんだろう?

いつでもこの部屋から出て行くことはできる。なのに…。

「ニャァ」

「どうしたのアルフ?遊んでほしいの?」

「ニャン♪」嬉しそうにアルフが膝の上に飛び乗る。

アルフがいるからなのかな…広は本当に幸せなんだろうか?

「アルフは気楽でいいね~」優しくノドを撫でてやる。

「ゴロゴロゴロゴロ……」気持ちよさそうにアルフは目を細めるとノドを鳴らしはじめた。

「アルフ……私ね、広にお別れを言いにきたんだ」

「ゴロゴロゴロゴロ」

「アルフに話しても仕方ないか」

「ニャ?」

「聞いてくれるの?」

「ニャア」

「本当に可愛いね、アルフは」

「ニャン」思わず笑みが浮かぶ。

「私ね、多分……広の事を誰よりも理解してると思う。誰よりも広が好きだから」

「ニャア」

「でもね、一緒にいればいる程、広を苦しめてしまう」

「ニャ?」

「そんな事言うなって?」

「ニャン!」

「アルフには敵わないわね」

「ニャ~ン」

「アルフは広の傍にいてあげてね」

「ニャ?」

「広が淋しがるといけないでしょ?」

「ニャア」

「お願いね、アルフ」

「ニャ~ン」

「ありがとう、アルフ。ご飯にしようか?」

「ニャ~ン」『ご飯』という単語に反応するように、アルフは膝の上から飛び降りた。



嬉しそうに、キャットフードを食べるアルフを見ていると、自然に微笑みがこぼれる。

広と二人だけだったら……待ってる時間がきっと耐えられないだろうな。

「アルフ……お前のおかげだね、きっと」

「ニャ?」食べるのをやめると、アルフはこちらにやってきた。

「ゆっくり食べてていいんだよ?」

「ニャア」ソファーに飛び乗ると、隣で毛繕いをはじめる。

「まるで、私の見張りをしてるみたい」

「ニャ?」

「フフ、そんなワケないか」アルフの鼻先にスーパーボールを出すと、左右に振って見せる。

「ニャ!」興味を持ったようだ。前足でボールを捕らえようとする。

「ほい♪」スーパーボールを軽く投げてやると、追いかけるようにアルフが走り出した。

ポンポンと跳ねるボールを必死で追いかけてる。

可愛いな、アルフは……。

アルフは追い詰めたボールを前足で強く引っ掻いた。勢いよく弾かれたボールは、壁に跳ね返るとアルフの方に飛んできた。

「ニャー!」慌ててアルフは咲の横に逃げてきた。

どうやら反撃されたと思ったようだ。

「……負けちゃったの?」意地悪くアルフを見つめる。

「ニャ!」まるで反論するように、アルフは再びボールを追いかけ始めた。

「まるで小さい子供みたい」



広と再会したあの日。アルフがいなかったら……気まずいなんてもんじゃないだろうな。

ボールとじゃれるアルフを見つめながら、そんな事がふと頭をよぎった。

3ヶ月、とても長い時間だった。改めて、広が自分にとって大きな存在だという事を、再確認する時間だった。

何も言わないで……うぅん、再会なんしない方が良かったと思う。

私は自分が思ってたよりも弱い人間だったんだな。

広の顔を見た瞬間、この部屋があの日と変わらないのを知った瞬間、苦しめる事を知ってるのに、さよならを言わないでこの場所に残ってしまった。

広は私との時間を大切にしたいと言ってくれた。

結婚しようとまで言ってくれた。

何もかも話した後で・・・…何も言わないで、ただ優しく抱きしめてくれた。

・・・…私は甘えてるだけでいいのかな?

私に残された時間は少ない。……どのくらいの時間を広と過ごせるんだろう?このまま過ごしても…………本当にいいんだろうか?

1人になると浮かんでくるのは、そんな考えばかりだ。


「ニャ!」動かなくなったボールに飽きたのか、それとも倒してしまったと思ってるのだろうか?何やら誇らしげな顔にも見える。

「やっつけたの?」

「ニャン!」どうやら倒したと思ってるようだ。

「アルフ、お前ってば可愛い過ぎ!」咲はアルフを抱き上げるとホオずりした。

「ニャ~ン」



そろそろ広が買えってくる時間だ。

夕飯は何にしようかな。

アルフは遊び疲れたのか、クッションの上で丸くなって眠っている。



広が帰ってきたようだ。アルフが起きあがると玄関に向かって歩き始めた。どうやら、足音でわかるようだ。

「ただいま~」

「おかえりなさい」広が帰ってくるまでの時間が長い。1人だったら……アルフは1人でも待ってられるのかな?

「咲、あのな……」耳の後ろを掻いてる、真面目な話をする時の広のクセだ。

「何よ急に?とりあえず、服、着替えておいでよ」なんだろう?

……不安な顔してなかったよね?やっぱり重荷だよね。



「お待たせ、咲、あのな……」

「やっぱり、私がいるのって……重荷だよね?今までありがとう」

「!?馬鹿!勝手に決めるな」

「だって……」涙が溢れてくるのがわかる。泣いちゃダメ!こらえなくちゃ…。

「咲……今の会社の上司良い人でさ、相談したんだよ。そしたらな、いい医者紹介してくれたんだ。可能性が少しでもあるなら、手術を受けてほしいんだ。俺は、お前が必 要なんだよ。咲がいなくなってからの3ヶ月、俺もいろんな事を考えた。気持ちにケリをつけようとも思った。……でもな、やっぱりダメなんだよ。咲がいないとさ」

「へんに期待させたくないもの。それでダメになってしまうなら……少しでも貴方の傍にいたい。私、こんなに自分が弱虫だなんて思ってもみなかった」広の視線から逃げるように、顔をそむける。

「咲、俺の気持ちは信じれないか?」

「わからないよ。気持ちなんてかわってしまうもの」

「俺は、残された数ヶ月じゃなくて、この先もずっと、咲が必要なんだよ」

「私は」

「咲は俺が必要じゃないのか?」真剣な眼差しだ。視線を痛い程感じる。

「……必要」私は小さくうなづいた。






病室の窓から大きな公園が見える。隣に動物園が隣接されてる大きな公園だ。

桜の季節はもう過ぎてしまった。

葉桜になった桜並木を散歩してる人たちが時折視界に入る。

「咲?」広が心配そうに、優しく私を見つめる。

「うん?」

「……花見行こうな?アルフ連れてさ」

「うん」私はニッコリと微笑むとうなづいた。

「そうそう出してきたからな」

「何を?」

「……」恥ずかしそうに耳の後ろを掻いてる。

「何?」私は意地悪く、もう一度聞いてみた。

「ちゃんとした手続きだよ」

「手続き?」……ありがとう、広。

「これで咲は、俺の…」

「旦那様にいつまでも自炊させないから……安心してね」

「あぁ!」

「ありがとう、広」……嬉しくて……幸せで、涙がこぼれおちた。

「今年はココからだったけど、来年はちゃんと行こうな?」

「うん」

私と広はこの日、家族になった。


Fin

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