第4話 誕生日?
咲とアルフとの共同生活が始まって、半月が過ぎようとしていた。帰りを待つ相手がいるというのは精神的にも大きいようだ。
仕事にもハリが出てきたし、何よりも家で過ごす時間が楽しかった。
「藤~、最近顔つきが変わってきたけど何かいい事でもあったか?うん」いつものように、事務所には俺と課長の二人だけだ。
「そうですか?」
「帰る時が、特にな」そう言いながら、コーヒーの入った紙コップを、俺の机に置いてくれた。
「あっ、すいません。いただきます」
「小さい会社で、残ってるの二人なんだから、そう気を使うなよ」
「はぁ」
「最近な、嬉しそうに帰宅してくから、少し心配してるんだよ」
「?嬉しそう……ですか?」
「あぁ、スキップするぐらいの勢いでな」茶化すように肩をすくめると、ニヤリと俺に笑いかけた。
「その、待ってる相手ができたんで……」
「!?彼女か?なんだ、それならいいや。プライベートな事まで詮索したくないからな。あんまり嬉しそうに帰っていくから、会社に嫌気がさしてるのかと思ったんだよ」
「仕事は充実してますよ。ご心配かけてすいません」俺は立ち上がると、課長に頭を下げた。
「まぁ、入社して3か月だろ?嫌なトコもずいぶんと見えてきてる頃だからな。それで、少し気になってたわけだ。って事で、今日も定時に帰っていいからな」
「でも、この書類の仕上げ……」
「営業から頼まれたヤツだろ?奴らの仕事の手伝いまでしなくていいんだよ。決算月ならまだしも、楽させるとロクな事にならないしな」
「でも、引き受けてしまいましたから」
「課長命令!とっとと片付けて定時ジャストで帰るように!」コーヒーを飲み干すと、自分の机を片付け始める。
「……」
「それにな、俺も今日は定時で帰りたいんだよ」悪戯が見つかった子供のように、照れくさそうに課長は微笑む。
「え!?」どういう事だ?
「藤、一人残して帰れないだろ?俺は今日は絶対に残業したくないの!」机の上は、もうキレイに片付いていた。
「……」この人って……。
「早く片付けとけよ!社内の見回り済ましてくるから」ゴミ箱に紙コップを放り込むと、課長は部署から出ていった。
「藤!営業にはキツク言っとくから、持ち帰るなよ!」閉まりかけたドアから顔を覗かせると、強くそう言い放つ。
「……わかりました」お見通しか。苦笑いを浮かべ、俺は机の上を片付け始めた。
早々に帰り仕度を済ませ、俺は課長と一緒に会社を出た。
考えてみると課長と帰るのはこれが初めてだ。
いつもなら、俺を先に送り出してから、見回りを始めるからだ。
「藤、働かなくちゃ生活はできないけどな、家庭を大事にしないとダメだぞ」
「えぇ」
「ガムシャラに働いて、定年離婚とかなってみろ?ヘコむぞ?」課長はニヤリと笑う。
「課長は?」
「俺か?俺は家庭第一の男だよ。こんなに家族を大事にしてる男を、俺は見たことがないね。うんうん」会社とは違う、楽しそうな笑顔だ。これが課長の素の笑顔かもしれない。
「そうなんですか?」
「今日な、娘の誕生日なんだよ。ケーキ買って帰る約束してるからな」満面の笑みだ。本当に家庭を大事にしてるんだろうな。
「それで、ですか」どおりで帰れ、帰れ言うワケだ。
「まぁ、それもあるが、実際、営業の仕事を俺達が手伝う必要はないんだよ。書類上に不備があったとしても、担当じゃないと細かい不備はわからないんだからな」
「……」
「客 と営業の約束なんてのは、担当、現場の人間じゃないとわからない。急な変更だってあるしな。そうなった時に、俺達じゃ何もできないんだよ。俺達は、俺達の 仕事をこなす、奴らは奴らで、自分達の仕事をしっかりやってくれたらいい。藤が営業職に興味があるなら、話はまた変わってくるがな?」
「うーん……知っておいて損はないと思います」数字やデータだけじゃわからない事も、多々あるからだ。
「まあな。現場に出てみたいなら、誰かに付いて回ってみるか?」
「いいんですか?」
「この会社みたいに小さいトコはな、ある程度全体を見れる奴が必要なんだよ。ただし、本来の業務から外れるワケじゃないからな。サポートはするが、それでも多少はやってもらわないと困る」
「そうですよね」明日からとか言わないでくれよ。
「明日からなんて言わないから、安心しろ。決算が過ぎて、新入社員の研修が済んでからだよ」
「……って事は、5月くらいですか?」
「たぶんな。ま、また、その頃に藤の気持ちを確認するから安心しろ」
「お願いします」後は……課長が忘れない事を願うだけだな。
「藤、悩みがあるなら誰かに相談しろよ?一応上司だからな、俺でもいいし、友人に話すでもいい。一人で抱えこもうとするな。あ、金貸して、とかはナシな」ニヤリと笑うと課長は続ける。
「自覚してないかもしれないが、ヒドク思いつめた顔してる時があるぞ?それなりに人生経験積んできてるんだから、俺じゃ頼りないかもしれないが、話したくなったら、話にこい。な?」
「……ありがとうございます」俺は素直に頭を下げた。
課長が俺の事を、気にかけていてくれたのも嬉しかった。
「ま、気が向いたら、メールなり、携帯なり……好きにしてくれ。じゃ、ケーキ屋寄るから、また週明けな」
そう言うと、課長は駅の向かいにある洋菓子店へと向かっていった。
「お疲れ様です」
「おう!お疲れ!」こちらに手をあげると、課長は店内へと入っていった。
家に帰るといつものように、咲とアルフが出迎えてくれる。
俺の帰りを喜ぶように、足元でアルフが鳴いている。
「おかえり~」えらく機嫌がいい、どうしたんだろう?
「ただいま。……どうしたんだよ?えらく機嫌がいいけど?
「まぁまぁ、早くこっちに来て見てごらんなさいよ」本当に嬉しいようだ。……なんかあったっけ?記憶の糸をたぐるが何も思い浮かばない。
「そんなに強く引っ張るなよ」手を引かれ、リビングに入る。
「!?ケーキ?なんで?」
『パン!パン!』クラッカーの音が鳴り響く。
予想してなかったようだ、アルフの毛が全身逆立っている。シッポなんて、タヌキみたいだ。
「ビックリするだろ?見ろよ、アルフを」ソファーの影に隠れるアルフを指差す。
「!?カワイイ~♪ニャア♪アルフ驚かせてゴメンよ~」咲はビックリして硬直しているアルフを抱き上げ、あやす様に優しく撫でてやる。
「で、何でケーキ?」
「誕生日おめでとう♪」
「?日付はそうだけど……俺の誕生日は6月だぞ?」
「…だってさ。祝っておきたかったから」そんな顔するなよ……まだ……。
「2回祝ってもらうとするさ。アルフもケーキ食べるか?」
「ニャ?」
「一緒に広を祝ってあげようねぇ、アルフ」
「ニャア」
「猫ってケーキ食べるのか?」
「アルフは食べたいみたいね」
「ニャン」
「わかったよ、アルフ。……咲、春には桜見に行こうな」
「……」聞いていないふりしてるのがわかる、悲しそうにうつむいたままだ。
「行くの!……わかった?」
「もう。子供じゃないんだからさ。うん……楽しみにしてるね」
「じゃ、ご馳走をいただくとするよ。アルフ、もう少し我慢な」キスを交わすと、着替えるために部屋に向かう。
……もっと時間が。
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