第2話 捨て猫?
エレベーターに乗り込むと、最上階の10階のボタンを押す。10階の角部屋、それが俺の住居だ。
まだ30代にも満たない俺が、このマンションに住めるのは、親父が生前贈与をするなどと言い出したからだ。
そうでなければ、平均的な?収入しか得ていない俺がこんなマンションに住めるわけがない。それが、賃貸であったとしてもだ。
10階についた俺はカギを取り出すと、ドアを開く。
ガチャ?ガチャガチャッ
「?開かない……今朝、ロックしたよな?まさか泥棒?」
住まいは立派だが、中にあるもので、盗まれて困るようなモノはなかった。一番高価なもので、仕事に使うパソコンぐらいのモノだ。
「今朝急いでたからな」
カギを逆に回す。
カチャッ
ロックの解かれる音がした。
「さて、我が家での暮らしのスタートだぞ」
「ニャア」本当に言葉を理解しているようだ。
ドアを開け、部屋へと入る。
「?……暖房きいてる。電気代が……でも、確か消して出たよなぁ?」
「おかえり~」キッチンから聞き覚えのある声がする。
「!?……まさか?」玄関に荷物を下ろすと、慌ただしくキッチンへと向かう。
「おかえり~♪広」そこには、3ヶ月前まで一緒に暮らしていた咲が食事の仕度をしていた。
「な!?お前、どうやって?」
「どうやってって……カギ開けてに決まってるじゃない」
「だって今更……なんで?」
「ニャア」
「可愛い!どうしたの広?ねぇ、飼ってるの?いつから?ねぇねぇ、名前は?名前?」
「俺の質問の答えは?」
「そんな顔しないでよ……わからないの?」
「3ヶ月だぞ?3ヶ月!お前が突然姿消して、3ヶ月も経ってるんだぞ?俺がどんな気持で……」
「私の事を想っててくれたんだ?」
「!!だ、誰が、3か月も……」
「普通、カギは交換すると思うんだけど?物騒だし」悪戯っぽく微笑む咲は3ヶ月前となんら変わらない。
「面倒だっただけだよ!」
「ふ~ん。じゃあパソコンの横のは何だったのかニャア~?」
「あ、あれは。……何しに戻ってきたんだよ?」
「何しに?……何しにだろうねぇ?」子猫の頭を優しく撫でる咲の顔は無邪気なもんだ。
「……後で説明してもらうぞ?」
「で、私の質問の答えは?」
「質問?」
「このコの名前」
「帰りに拾ってきたんだよ。名前はまだ決めてない」
「広らしくないわね」
「らしくないか?」
「私がいなくて淋しかったのね?うんうん、何も言わなくていいわよ」
「あ、あのなぁ」
「君の名前は『アルフ』だ!うん、決定♪」
「なんで咲が決めるんだよ!」
「いい名前だよね?アルフ」
「ニャ~ン」
「ほらほら、アルフも喜んでるじゃない」
「……」
「着替えてきなよ。アルフはシャンプーしてキレイにしないとね」
「ニャア?」
「好きにしてくれ」俺はコートを脱ぐと、玄関に置いてきた荷物を咲に手渡した。
「飼う準備しっかりしてるじゃない」袋の中を見て咲が呆れたようにつぶやく。
「着替え済ませたら、アルフのトイレ作るから……シャンプーしてやってくれ。……アルフ暴れないようにな」
「ふふふ、アルフに決定だ。良かったねぇ、アルフ」
「ニャア」
「……約束してくれ」
「何を?」
「もう絶対に急にいなくなるな」
「心配?」
「ちゃんと説明してほしいだけだよ」
「ふ~ん?……広、素直が一番だよぅ?」
「ニャン」アルフまで同調するように鳴く。
「アルフのシャンプー頼んだよ」
「一緒に入る?」
「なっ!?」
「赤くなってやんの…ププッ」俺をからかうと、咲はバスルームへと姿を消した。
3年……大学の頃からの付き合いだ。そして、咲が急にいなくなったのが3ヶ月前…。
今更、何の為に帰ってきたんだろう?
何故、いなくなったんだろう?
着替えを済ませ、リビングに戻る。まだ、咲はアルフをシャンプーしてるようだ。
トイレ用の砂を取り出すとテラスへと向かう。
このマンションは、ペットとの共同生活が基準として設計されているため、外とは厚いガラスを隔てた形になっている。落下してしまう事故をなくす為なんだそうだ。むろん、開閉できるようになっているし、俺は今まで開けた状態で生活していた。
アルフが落下するとは思えないが、万が一の事があるかもしれない。ガラス戸を閉めると、作り置きになっている、トイレトレーに砂を入れた。
ペットを飼うなんてのは、確かに俺らしくないのかもしれないな。
3ヶ月……咲は何をしてたんだろう?
「広、何黄昏てるの?夕飯先食べてたらよかったのに、冷めるよ?」
「シャンプーは済んだのか?」振り向くとバスタオルに包まれたアルフが咲に抱かれていた。
「アルフ、全然暴れないんだもん、すぐに終わっちゃった」
「賢いヤツだな、アルフ」
「ニャア」当然と言わんばかりだ。
ヒーターの前にクッションを置き、アルフを座らせる。毛繕いを済ませると、丸くなりノドを鳴らしはじめた。
「さてと、咲……説明してもらおうか」
「捨て猫アルフは何も聞かれないのにねぇ」
「茶化すなよ」
「私も捨て猫咲ちゃんにしとかニャイ?」
「しニャイ」
「広のそういうトコ好きよ」
「猫は、そんな無駄口叩かないよ」
俺達は顔を見合わせると小さく微笑んだ。
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