雪と猫と彼女と

ピート

第1話 同居人?

 どうりで冷えると思った。窓から見える町並みに白い雪が舞っていた。

「課長、この仕事なんですけど、持ち帰りで構わないですか?」

「定時は過ぎてるんだから、急ぎの仕事じゃないなら週明けでいいぞ。雪も降り始めてるしな、帰れるうちに帰っとけ!まぁ、会社に泊まってでも仕事がしたいというなら話は別だけどな?」ニヤリと笑うと課長は自分のデスクを片付け始めた。

「泊まりたいのか?」

「!?今、片付けます!」俺は急いで必要なデータをUSBに落とすとカバンに放り込んだ。

「藤~、帰っちまうぞぉ~」ドアの横でカバンを片手に課長が笑う。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」冗談じゃない、先に帰られたら、営業の連中が戻ってくるまで帰れなくなっちまう。入社して日の浅い俺は、まだ鍵を預かっていないのだ。

「窓の施錠と火の元は確認したか?」

「OKですよ」

「じゃあ、鍵かけたら帰るから。藤君お疲れ様」俺の肩をポンと叩くと、コートのポケットから鍵を取り出す。

「気ぃ使わなくていいから、早く帰りな。狭いとはいえ、俺は見回りしないと帰れないからな」

「……それじゃ、申し訳ないですけど、お先に失礼します」ぺコリと頭を下げると俺は会社を後にした。

 入社して三ヶ月、仕事にもようやく慣れてきたが、あの課長はよくわからん人だな。……悪い人じゃないのだけは確かなんだけど、つかみどころがない人だ。

 そんな事を考えながら、駅へと急ぐ。

 白い雪はやむ気配がない。積もると厄介だな……買い物して帰るとするか。



 電車を降りると、駅前のスーパーへと向かう。こんな天気だというのに、けっこう買い物客の姿が見える。

 週末の食材を少し多めにカゴに放り込むとレジを済ませた。


 ミャァ

「?」猫だよな?周囲を見てみるが姿は見えない。

 ミャァ・・・

「やっぱり猫だ。……猫だよな」鳴き声のした方を探してみると、柱の陰で丸くなっているキジトラの仔猫が見えた。

 首輪をしてないところをみると、どうやら野良猫のようだ。この雪の中……放っておけないよな。

 仔猫を怯えさせないように、そっと抱き上げる。だいぶ冷えているようだ。

「俺のトコに来るか?」藤は顔の高さまで抱き上げると、そう話しかけた。

「可愛い顔してるよなぁ……オスか」

「ニャア」

「迷い猫だったら、ずっと飼えないから寂しくなるよなぁ。……でも放ってもおけないしな」

 藤は猫を抱きかかえたまま辺りを見まわした。

 外の商品を片付ける店員の姿が見える。

「すいません」

「いらっしゃいませ」

「もう買い物は済ませたんですけど……この仔猫ってこの辺で飼われてる猫なんでしょうか?」

「野良猫だと思いますよ。私達が餌あげてましたからねぇ」忙しそうに商品を片付けながらおばちゃんはつづける。

「お兄さん、飼ってくれるのかい?」

「こんな雪の日に放っておけないですしね。それに、猫好きなんですよ」

「そうかい。良かったねぇ」おばちゃんは猫の頭を優しく撫でると、藤に少し待つように言い、店内へと消えていった。

「一緒に暮らすか?」

「ニャア」まるで返事をするように仔猫が答える。

 腕の中で心地良さそうにしている姿を見ると自然と頬が緩むのがわかる。

「お兄さん、待たせて悪かったねぇ。そのコ、可愛がっておくれよ」戻ってきたおばちゃんはそう言うと俺にスーパーの袋を持たせた。

「これは?」

「餌あげてた私達から、そのコへの餞別みたいなもんだよ」少し照れるように微笑む。

 袋の中には猫缶と、トイレ用の砂が入っていた。

「ありがとうございます。またつれて遊びにきますね」

 おばちゃんは手を振ると、台車を押しながら店内へと戻っていった。



 買い物袋を片手に、仔猫を抱きかかえる。風が強くなってきているのもあってずいぶんと冷えてきた。

「お前の名前つけないとなぁ?」

「ニャア」仔猫は嬉しそうに目を細める。

「このままじゃ寒いよな?少し窮屈かもしれないけどがまんしてくれよ?」俺は荷物を一度下ろすと、コートの胸元に仔猫を包み込むようにしまい入れた。

 仔猫が落ちないようにポケットに入れた手で支える。

 ずいぶんと微笑ましい姿だ。コートの胸元から心地良さそうに目を細めた猫が顔を出しているのだから。

 俺は荷物を手に家路を急いだ。



「やれやれ、ずいぶんと強く降り出したなぁ」

「ニャア」

「もう少しだけ待ってくれよ?」俺はホールに入る前に雪を払い落とすと、管理人室へと向かった。

 俺が住むマンションはペットを飼う事が許されている。ただし、管理人への届け出が義務づけられていた。そうしないと、野良犬や、野良猫が迷い込んでもわからなくなってしまうからだ。


「すいませ~ん」声をかけながらチャイムを鳴らす。

「はいはい、ちょっと待ってくださいよ~……こりゃ、やめんかチビ!」慌しくドアが開かれると、チビに抱きつかれて倒れそうになっている井田さんが姿を見せた。

 チビは管理人の井田さんが飼っているゴールデンレトリバーだ。飼い始めた当初は子犬だったが、今では『チビ』なんて大きさではない。

「今日からこのコを飼う事になりましたんで、よろしくお願いします」俺は胸元で心地良さそうにしている仔猫を指さすと、井田に了解を求めた。

「可愛いコじゃないか。寒いから温まっていくかね?」

「部屋に戻った時が寒いですからねぇ、また改めて一緒に遊びに来ますよ」

「そうかね、それじゃチビと楽しみに待っとるよ。なぁ、チビ?」

「ワン!」ちぎれてしまいそうなくらいシッポを振ってチビがこたえる。

「ニャア」その声に怯える事もなく、仔猫は返事をした。まるで会話してるようだ。もしかしたら賢いのかもしれない。

「賢いコじゃな」井田さんはニッコリと微笑むと仔猫を優しく撫でた。

「それじゃ、改めて、遊びに来ますね」

「ああ、楽しみにしとるよ。火の元には十分気をつけてくださいよ」俺は井田さんに遊びに来ることを約束すると、自分の部屋へと向かった。


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