お題 薬をテーマにした小説

 医食同源という言葉をご存じだろうか。

 医療と食事は同じである、という考え方だ。医とはつまるところの薬であり、食品や料理は薬にもなる。古くは中国の皇帝が民の健康のために料理人にレシピを公開させたという事もあるそうな。

 つまり料理人とは医者と同じ、薬の扱いに長けた職業であると言える。

 ――しかし、薬と一口に言っても、人の体を治すものだけではない。

 人を蝕むものがあるのも、皆様はご存じだろう。


 ――――――――



「お前のような若造がこの俺様に喧嘩を売るとはな、海に沈められる覚悟はできてるんだろうなぁ!ええ!?」


 相手を威嚇するように声を荒げたのはこの道三十年のプロ、五十嵐道山だ。

 日本のヤクザだけでなく海外の中毒者やマフィア、果ては政府の要人すらも相手にする歴戦の料理人であり、彼の所属する組の資金源にもなっている程だ。


「今のうちに吠えてなよオッサン、終わったらもう二度と喋れないかもしれないからね」


 余裕の表情でそう返してみせたのは、若い――麻薬料理を扱うには余りにも若いと言わざるを得ない青年、春日井五郎であった。

 しかし、歴戦のプロを相手に一歩も引くことのないその姿勢には大きな自信がうかがえる。


「それでは双方、準備はいいね?」


 向かい合う二人に目配せをしたのは、柔和は表情をしたスーツの男だ。年は三十そこそこといったところであるが、その独特な雰囲気からは底知れないものを感じさせる。


「審査員の紹介……は要らないか、うちの常連の人たちさ、まあ結構な中毒者ジャンキーであり美食家グルマンだと思ってくれていいよ」

「へっ、それでこそ料理のし甲斐があるってもんだい!」


 向かい合う二人の麻薬料理人、そして審査員と呼ばれた、既に一服キメて気持ちよくなっている者たち。これが表す行為は、最早誰の目から見ても明らかだろう。

 そう、である!



 ――――――



「先行は貰ったッ!!!」


 お互いが調理工程に入った後、まず料理を完成させたのは道山の方であった。

 審査員の人数分の蒸篭と、専用のタレが入った器を目の前に運んでいく。その顔は自信に満ち溢れていた。


「ほほう、蒸し料理かいな!」

「寒くなってきたし、これは嬉しいですなぁ!」

「早く食べキメてみましょう!?」


 各々が思い思いの感想を口走った後、一斉に蒸篭を開けると中から現れたのは湯気、湯気、湯気!


「こ……これは!」

「焼売!焼売よ!」


 その中に鎮座するのは、中華の蒸し料理の一つである焼売!


「一見すると普通の焼売のようですが、少々小さいですね」

「そりゃあそうさ、そいつは一口で食う料理でね。まさか今から麻薬ヤク食おキメようってのに、下品だとか気にする奴はいねえよなぁ」

「はっはっは、まさかまさか、たこ焼きも焼売も、アツアツを一口で食うのが美味いさかいなぁ! どれ、ワシが先陣を切ったろ!」

「抜け駆けはいけませんわよ! では私も」


 蒸気で熱され、まだ水滴も滴る出来立ての焼売を審査員たちは箸で掴み、口へ運んでいく。

 そして何度かの咀嚼の後、飲み下した。


「こ……これはッ!」

「なるほど! 焼売の中に錠剤を!」

「それに見て! 割ってみたら中身が全部違うわ!」

「この蒸篭の中だけで、ドラッグパーティを完成させたっちゅうことか!!!」

「それにしたってなんて上質な薬物ドラッグ! ほっぺたが落ちそうだよ!」


 一つ食べては恍惚の表情を浮かべ、もう一つ、もう一つと手を伸ばしていく審査員たち。彼らに出されたその料理が、極上の麻薬料理である証拠であった。


「ふぅ~、食うた食うた。それにしてもこの後もまだ麻薬料理があるっちゅうんやから、ワテらは幸せモンでんな!」

「そうは言っても、対戦相手があんな若者じゃあねぇ……もし変な料理でも出されたら余韻が台無しになっちゃうよ」

「もうこのまま終わりでいいんじゃないかしら?」

「ハハハッ! 私の料理が美味いのは当然当然! どうだ小僧、この審査員たちを見てもまだ降参する気はないか」

「なんだと……」


 道山の言葉に、料理の最終工程を行っていた五郎が初めて動きを止めた。


「俺だって伊達や酔狂でこんなことをしてるんじゃない! そうやって判断する前に、俺の料理を食ってみやがれーッ!」

「威勢がいいのは変わらずか、なら出してみろよ、お前の最後の料理を」

「言われなくてもッ! 完成だ!」


 そうして最終工程を終えた五郎の料理が審査員たちの目の前に運ばれたが、それはあまりにも奇妙なものであった。

 まず一つ目は――料理が見えない。

 皿の上から被せられた透明の容器、その中に充満している何かの煙で料理の全貌が見えないでいた。

 確かに料理の演出や香り付けとして燻製機で作った煙やドライアイスなどを入れる事はあるが、あくまでも演出である場合が多い。この麻薬料理勝負に、このような一般的な料理の演出が必要なのだろうか? と、この場に居る五郎以外の人間は思っていた。

 そして二つ目は、配られたカトラリーの中にある、一際目立つストローのようなものであった。

 ナイフとフォークと共に置かれたそれは、この料理の奇妙さを一層引き立てていた。


「さあっ、まずはそのストローで中の煙を吸って中身が見えるようになってから食べ始めてくれよ」

「吸うやって? なんやけったいな……い、いや、まさか!」

「こ、この中に充満してる煙は、麻薬ヤクだ!」

「大麻だけじゃない、阿片と、何種類混ざってるの!?」

「しかも煙の中から出てくるのは分厚いステーキやないか! こりゃあたまらんわい!」


 麻薬を吸いきるやいなや、審査員たちは中身のステーキへと勢いよくむしゃぶりついていく、その姿はまさに肉食獣のようであった。


「分厚いのになんちゅう柔らかさ! そして美味さ!」

「それにつけ合わせはマジックマッシュルームだわ!」

「ううむ、これはなんとも……もしかしたら道山さんのより美味いかもしれませんよ」

「ば、バカな! こんな小僧の作った麻薬料理がこの俺の料理よりも美味いだと!? 一体どんな絡繰が……審査員の買収か!」

「その秘密は……匂いさ!」

「匂いだと!?」

「そう、最初にストローで吸引させただろ? あの時一緒に流れ込んでくる料理の香りが麻薬でのトリップと合わさって食欲を刺激し、審査員たちの期待感を煽ったんだ! あんたは麻薬を食べさせる料理が得意だから、こっちは麻薬食べさせる料理で勝負したって訳」

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胡乱文芸部ワンドロを投げるところ ナメクジ次郎 @kanasupe

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