胡乱文芸部ワンドロを投げるところ

ナメクジ次郎

戦闘シーンを一時間ひたすら書く

 熱狂が場を支配していた。

 集まった人間で作られた円形の闘技場、その中央に二人の男が向かい立っている。


「今日こそお前の無敗記録に土をつけてやる、怪力野郎」


 そう言ったのは、大柄な柔道着を着た男であった。服の間から見える筋肉からよく鍛錬されているのが見て取れる。


「そう言って勝てなかったのは何回目だったっけ? 諦め悪いねぇ柔道家クン」


 そう返したもう一方の男は柔道着の男とは対照的に、引き締まり鍛えられてはいるが小柄な……筋肉量が足りないような印象を覚えさせる。

 彼が上裸であることもその印象を強めていた。


「いいから来いよ、遊んでやる」



 ――――――



 上裸の男の言葉に答えるように、柔道着の男が動く。

 最初の技に選んだのは、国際大会では禁じ手とされている柔道界の壊れ技——諸手狩りである。

 最初にあった距離を一気にゼロへと持っていき、尚且つ上裸である相手への対応策として、柔道という競技が出せる最適解であった。これが柔道の試合であれば即一本、そうでなくても有利な体勢で寝技に持っていける、そういう技なのだ。

 ――そう、これが柔道という競技。その試合であるならば、である。


「んんんん、甘いねえ」


 レスリングのタックルと見まごうような勢いのそれを受けても、上裸の男がピクリともしていない。その地につけた足で、粘り強い腰で、つまるところその筋力で諸手狩りを防いだのだ。


「おいおい……嘘だろ」

「ウソじゃないでーす! じゃあこっから俺のターンね」


 柔道着の男は依然、タックルの防がれた体制のままである。つまり上裸の男の眼下には無防備な背中がある事となる。

 その背中をめがけ男が放った一撃は、強烈無比なエルボーの嵐。

 と言われただけあり、その体のどこからパワーが生み出されているのか不思議なほど、人から鳴っているとは思えない轟音が鳴り響く。

 そんな暴力の嵐を受けてもなお、道着の男は掴んだズボンを離さず耐えていた。


「そんな攻撃では私は倒せんぞ……もっと力を込めてこい!」


 道着の男は体勢を変えぬままそう挑発をする、何かを狙っているのは明白であった。


「そこまで言うなら乗ってやるよ……死んでも後悔すんなよッ!」


 上裸の男はその挑発にあえて乗って見せる。諸手狩りに耐えたそのままの体勢で行っていた攻撃を止め、一撃に力を込めるために上体を起こした。

 ――その瞬間、道着の男が動いた。

 上体が伸び切った瞬間、そのコンマ数秒にも満たない隙を狙い。ずっと手をかけていたズボンを力いっぱい引き寄せ、その体を前へと勢いよく進める。

 伸びきった体に掬われた足、そこに前への力を加えられれば結果は必然である。

 一度倒れてしまえば体勢の利は柔道家にある。こうなってしまえば最早力の差などどうとでもなってしまうのである。

 ごう、という音と共に上裸の男の体が地に着く。しかしそれで終わりではないと言わんばかりのスピードで道着の男がマウントポジションを取り……首に手をかけた。


「今度は私のターンだな、このまま締め落とす……!」


 寝技において、柔道の右に出る格闘技は無いと言われている。その理由はいくつかあるが、一番はその安定感である。

 柔道家に完全に上を取られてしまえば取り返す事は不可能、ましてや首を絞められてしまえば尋常の者であれば後は酸素の供給が切れたことによる気絶を待つだけ。つまり王手である。

 ――しかし、それは相手が尋常の者であった場合の話。

 道着の男が相対しているのは、尋常を超えた怪力野郎なのだ。

 上裸の男の手が、自らの首を絞めている腕に伸びる。

 その腕を掴み、力を込める……そう、力ずくで外そうというのだ。


「楽しいねえ、楽しいよ。ここまでやってくれてねえ」


 狂気じみた笑みを浮かべながら上裸の男は言う。

 首を絞められたまま普通に喋れる人間は居ない、つまりそれは、首にかけられた手がその腕力によって、緩められているということに他ならないのである。


「楽しくなんか、ない」


 道着の男はそういい返すが、最早彼の表情に余裕などは一つもなかった。

 マウントポジションは継続しているが首にかけた手が離れるのは時間の問題、そうなれば腕を掴まれたままあの怪力でどうにでもされてしまうだろう。

 そう判断してからの彼の行動は早かった。

 腕を外す為に込められた上裸の男の力はこちら側へ向いている、それを利用し掴まれた手首を払いのけつつ、後ろへ飛んだのだ。

 本来は有利であったマウントポジションを捨てることになるが、あのままでは逆転するのも時間の問題である、という判断をした。


「あり、もうお終い? もうちょい力比べしたかったんだけどなー」

「誰がお前と好き好んで力比べなど」


 お互いの距離は振り出し――否、試合開始の時よりも少々離れていた。

 つまり、初撃で防がれた道着の男のタックルは使用不可能、他の技も同様に、柔道に飛び道具など無いのである。

 であれば次に動くのは必然、上裸の男だ。

 その圧倒的な筋力によって大きく踏み出し距離を縮め、大上段から拳を振り下ろす。

 つまるところの、ただのパンチだ。

 それもこの男のてにかかれば一撃必殺の狂気を成り得る、そのまま受けてしまえば昏倒必須の一撃である。

 それに対し道着の男が取った手段は、単純明快だ。

 迫りくる拳を手首から掴み、その勢いでもって体ごと巻き込んで投げる捨て身の技――払巻き込み。

 相手が怪力であるならば、その力を、その勢いを利用して倒す。

 柔よく剛を制す。柔道の基本理念である。

 自分自身の生んだ勢いに相手の作り出した勢い、そしてそこに二人分の体重が加わった投げならばいかに偉丈夫であろうとも倒せると、そう確信しての技であるが。


 柔よく剛を制す、その先の言葉はなんだったであろうか。

 そう、剛よく柔を断つのである。


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