第44話 エキセントリック卿の領地はゴンドラキアって強そうな名前だった件

 は? え? 何? 俺なら瞬殺、返り討ちって。

 セバスさんも同意見とばかりに頷いている。


「あはは、俺はまだまだ王国騎士みたいに強いわけでもないですし、どうしてそんな断言を?」


 いやさあもうその通りなんだけどさ、マジで隠している真の戦闘力を知っているのか?


「どうして? ふふ、最低でも王女殿下が王立学園に推薦するレベルの才能を君は有しているだろう? 学科が武芸科だったからきっとその方面で。魔法だって使えるようだしね。まあけれど瞬殺は少々大袈裟だったかな」

「な、何だその程度か……」

「ん?」

「い、いえ何でも。えーと、魔法の件は使えるって知られているからともかくとして、学校の件までどうして知って……?」


 確かにアイラ姫からの入学許可証には武芸科と記されていたっけ。

 武芸科と銘打たれているだけあってそれ専門の訓練や指導を受けた優秀な者たちで構成され、彼らは学園内でも一目置かれている。俺のファーストライフとの差異がなければだけど。

 ただもう結局は蹴った話だし、学科まで知っているなんてマニアックいやいや情報通過ぎだよ。ダーリング家の諜報レベルこわっ!

 ま、まさか侯爵は爽やか君以上に俺の動向を気にして探らせていた、とか?

 でなきゃ実は国王から俺を秘密裏に葬ってくれって言われている、とか!?

 やべえ、もしかしたら俺今すぐ逃げた方が良い……?


「実は」

「はっはいい」

「王家からちょっと頼まれてね」


 ギクギクーッ。ななな何をッ?


「君の入学許可をもらう手伝いをしたんだよ」

「……ほ」


 な、何だよ~。そんなことかあ~。


「うちとあそこの学長とは古い仲だから」

「なるほどそういうわけでしたかアハハ。結局は御手間を取らせただけでしたよね。申し訳ないです。それに俺は武芸も魔法も素人に少し毛の生えた程度ですよ。買い被りです買い被り」


 侯爵がにっこりとした。


「まあ君がそう言うのならとりあえずはそう言うことにしておこう。ただ、君には話すつもりだったから言っておくと、そこもゼノニス君を捜すに当たっての計算の内には入っているんだよ。逆を言えばワーナー君に確かな武芸の心得があると判断したからこそ、彼のフリを頼めるんだ」


 導き出される思惑に、俺は我知らずごくりと咽を鳴らした。


「それはつまり、身代わりには危険が伴うと?」

「ああ、そうだ。私は十中八九ゼノニス君が何者かの意図によって姿を隠されたと思っている。だから君が何も知らないデイビスの前に彼の息子として姿を現すことで、犯人に何らかの動揺を与えられるのではないかと思っているんだ。そして何らかのアクションを起こすだろうとも」

「そうですか」

「中途半端な依頼の仕方だったし、無理なら断ってくれても構わない」

「ああいえそれは大丈夫です。きっちり引き受けます。断るなんて勿体な……ああいえいえ一度承諾しましたし、男に二言は無いです」


 真剣に表情を引き締めている俺の脳内じゃ、いつの間にやら落書きみたいな金色の山の絵に目と口がプラスされた金山の精みたいなのが右から左へと一列になって通り過ぎている。金山金山ああ金山!

 ゼノニス捜索に成功したらエキセントリック卿に金山の魔物の討伐を持ちかけて、討伐報酬をたんまり弾んでもらおう。金塊が何本手に入るかな~っ。人生を無難にエンジョイするための資金はいくらあったっていい。

 死に掛け海龍相手よりは全然楽だろうし~。

 因みに死に掛けだった海龍ことティアマトーは今も俺の愛剣の中で眠っている。今日までの間にたったの一度だけ出て来て、冬眠前の熊よろしく「腹ごしらえ~」と寝ぼけたことを言いながら店のパンを食らい尽くして剣の中に戻っていったっけ。すごく最悪だった……。もしも師匠があの場に居たら確実にもう一発地の果てまで飛んで行きそうな回し蹴りをかまされてたな。ほら、食べ物の恨みは怖いから。


「そうか。そう言ってくれて助かるよ」


 ダーリング侯爵は俺の力強い即答に安堵を滲ませた。

 ただ、引き受けるとかそれ以前の懸念がある。先の問いにも通じる懸念だ。


「ところで、他者の意図によって攫われたんだとしたら、その……今も彼が生きている可能性はどの程度でしょう。生きている証拠を何か掴んでいるんですか?」


 侯爵は穏やかに微笑んだ。


「良くも悪くも、人を一人、しかも他者から注目されている人間を消すのは中々に難しいものだよ」

「……」

「なんて言うのは冗談として、現状では生きていると願うしかないかな」

「そ、そうですか」


 咽が変に引き攣って咳き込みそうになった。

 こえーよこの人。食えないイケおじだったとは……。何て言うかもう見た目とのギャップ!

 ま、まあ大貴族の当主なんてやってると、人間綺麗なままじゃいられないのかもなあ。清濁併せ持つタイプか。


「ええーと、犯人がいるとしてその目星は? それに彼を攫う目的って?」

「爵位、或いは財産だろうね」

「ああ……」


 納得だった。

 婚外子のゼノニスがエキセントリック伯爵家に正式に後継の息子として迎えられれば、後々伯爵家の全てが彼の手に落ちてくる。

 この国じゃあまだまだ男子相続が主流だからなあ。相応しい男子相続人がいなかった場合娘や孫娘でも可だ。

 エキセントリック家にはゼノニス以外に息子はいない。男児は一人きり。

 他に三人いる子供たちは皆娘で、ゼノニスの生母じゃない別の女性の生んだ子供だ。

 その女性とは何を隠そう現在のエキセントリック伯爵夫人。

 ゼノニスさえいなければ、ゆくゆくは娘たちの誰かが爵位を継ぐか娘たちの誰かの夫がそれを冠する方向に行くはずだった。

 彼を邪魔者と思っても不思議じゃない。


「……――って、ええ!? じゃあ犯人は伯爵夫人ってことですかあああ!?」


 うわあ~意地悪継母のご登場ってわけか。

 ん? だけどさ、なら身代わりなんて考える前に夫人を問い詰めてゼノニスの居場所を白状させればいい話じゃね?

 俺の物凄く物言いたげで真っ直ぐな眼差しから気付きを察したようだった侯爵は、何故か難しいような顔付きになった。


「それがどうもねえ、この騒動に夫人が一枚噛んでいるのは否定しようもないんだけれど、しかし夫人は彼を攫ってはいないようなんだよ。自白剤を用いたり彼女をどんなに問い質した所で有用な情報は出てこないだろうね」


 ゼノニス失踪の半分は夫人のせいで、もう半分は他の誰か。侯爵が言っているのはそういうことだ。


「そうですか。その夫人じゃない何者かの目星が付かないんですね」

「その通り。候補は何人か挙がってはいるものの、決定的な動きや証拠がないんだ」

「俺にその候補たちを教えてもらうことはできますか?」

「もちろん。だけど演技に影響が出そうなら聞かない方が良い。いつ何をされるとも知れない屋敷での自衛に気を向けてほしい。それと、これは無理にとは言わないがデイビスを気遣ってやってくれ」


 友人を心から案じ思いやる侯爵は、たとえ実は結構な腹黒おじさんだろうともやっぱり優しい人に見えた。


「大丈夫です、何も支障はありません。エキセントリック卿のことも早く病状が良くなるように精一杯励ましてみますから」

「そう言ってくれて有難いよ。デイビスの友人として君には心より感謝する。そして是非とも宜しく頼む」


 侯爵はどこか嬉しそうな目で俺を見つめた。


「君みたいな頼もしい子が息子の嫁だったら心強いのにねえ」

「ハハハハハハ!」


 彼の目の奥に大真面目さが見て取れて、俺は下手なことは言わずに曖昧に笑い飛ばしてやり過ごした。この腹黒イケおじ閣下に禁忌か何かの魔法で女体化させられたら堪らないからな。

 十一歳の子供らしく紅茶を一飲みして軽食にパクついて気を取り直して、そうして俺は教えられた犯人候補のリストを一応頭に入れて、侯爵との連絡はどうするか、ゼノニス発見時にどうするかなどなど更なる打ち合わせをしたのだった。





 ダーリング侯爵家じゃ爽やか君とは終ぞ顔を合わせなかった。

 彼は名門貴族令息なら七割方が通うと言われる王立学園の学生かつそこの寮生だったらしく、そもそもダーリング家の本邸たるこの屋敷にはいなかったんだよ。休暇には帰省するみたいだけどさ。

 じゃあよくセバスさんが持って来ていた決闘催促の手紙は学校で書かれたもので、セバスさんがわざわざその都度取りに行っていたのかも。わあ~面倒~。益々俺の中じゃまだ見ぬ爽やか君案外厄介男説が濃くなった。


 俺は至れり尽くせりで侯爵家に一泊した後、またもや魔法移動かつセバスさんの付き添いでエキセントリック伯爵が治める地――ゴンドラキアを訪れた。


 正式には、エキセントリック伯爵領ゴンドラキア。


 何かゴツくて強そうな響きだよな、ゴンドラキア。まあ隣国と国境を接するまさに辺境の地名としては相応しいのかもしれない、ゴンドラキア。弱っちい名前だと有事の際には簡単に攻め落とされそうだしな、ゴンドラキア。

 断っておくと辺境って言ってもゴンドラキアは長閑な田舎とは違う。とりわけ伯爵邸のある中心地は商業が発達した交易の要衝地だから結構栄えている。シーハイ以上ノース未満かつノース寄りって規模だ。

 ゴンドラキア内には更に幾つもの町や村があってゴンドラキアのナントカ村って呼称すればこの国グランドフェア王国内じゃどこでも通じる住所になる。まあ地元の人やゴンドラキア出身者は大体町や村の名前だけで通じるようだけど。


 ところで俺は真っ直ぐにゴンドラキアの伯爵邸に向かったわけじゃなかった。


 まずはゼノニスの実母アンバーさんに会いに行った。


 彼女はダーリング侯爵家から身代わりの話を提案され、ゼノニスの父親たる卿が少しでも良くなる可能性があるのならと了承したらしく、身代わり当人の俺とも会ってくれた。俺を見て一瞬驚くくらいには俺はパッと見彼女の息子に似ているらしい。でもさ、彼女自身だって息子を案じて参っているだろうに、息子の父親とは言え昔別れた男を気遣うなんてとてもよくできたお人だよ。

 ダーリング侯爵からは、アンバーさんに会う旨とゴンドラキア内で俺の目で見て調べておきたい場所があるって旨を伝えて一日の猶予を得ている。ゼノニスの消息の途絶えた金山を俺自身の手で一度調査したかったんだ。


 宜しく頼むわね、任せて下さい奥さんってなやり取りを経て、ゴンドラキア中心部のやや郊外にあるアンバーさん家をお暇した俺は、その足で金山山麓のラキアの町に入った。


 金山自体の名前も町と同じくラキアだったりする。


 言うまでもなくセバスさんも同行してくれている。何しろ彼はエキセントリック伯爵家まで俺を連れて行く、ダーリング侯爵家の正式な遣いとしての役目を担っている。侯爵直筆の手紙と侯爵家の執事たる彼の存在がまさに俺がゼノニスって信用してもらえる保証書代わりだ。ダーリング家が密かに人を遣わして捜した結果ほんの数日前にお宅のゼノニス君らしき少年を見つけ保護しました、詳しく話を聞いてみたらゼノニス君本人でしたよって筋書きだから、彼の同行は何ら不自然じゃないんだよな。


 話を戻すと、俺のこの日の宿泊先は当然ここ。


 手始めに、俺はセバスさんと共にゼノニスの手掛かりと魔物の話を訊ねて回った。町中で色々と聞き込んで、この日に倒す倒さないは別として魔物の正体を見極められればラッキーってな思惑もある。そういえば地元の人は金山よりも昔からの通りにラキア山と呼んでいる人が多い印象だった。


「はあー、特に目新しい情報はなかったですね。残念ですけどそろそろ宿に戻りましょうか。エキセントリック卿との明日が控えていますし」

「エイド様がそれで宜しいのでしたらそう致しましょう」


 夕方近く、街路を歩きながら頷く俺へとセバスさんも頷き返してくれて、俺たちは宿へと爪先を向けた。

 先にもうチェックインしてあった宿に戻るとセバスさんには休息を促した。夕食は外で勝手に食べたい物を食べるから明日の朝起こしに来てくれればいいともお願いした。俺に護衛が要らない点も彼は理解している。シーハイじゃ俺が魔法剣を操って海から人を助けた話は有名だ。それができる人間が道端の荒くれ者程度に脅かされる心配はない。まあ俺の方がセバスさんよりも普通に強いから護衛的な側面じゃ役に立たないしね。


 俺の目論見に気付いているのかいないのか、セバスさんは特に何も問わずにっこりとした微笑を浮かべて「ではどうぞお心のままにお出掛け下さいませ」と別室に下がった。


 部屋で一人になった俺は、窓の外、オレンジ色の空の下に佇むラキア金山を挑むように見据えて顎を引く。

 さあここからがようやくの本番。

 目的地はラキア金山。

 俺はそっと窓から抜け出して収納指環から愛剣を出すと、誰にも見られないよう素早く飛剣魔法を行使して上空まで急上昇してから坑道入口へと直行した。

 一人なのは、セバスさんが居たら思うように魔法が使えないし怪我でもされたら大変だからだ。


「へえ、ここがラキア金山か。この中にはまだまだ金脈が……」


 まだ夕方のうちに坑道入口前に降り立った俺は、トロッコの線路がそのまま残っている入口の正面に立って真っ暗な坑道の奥へと目を凝らしてゲスい笑みを浮かべた。またもや脳内で金山の精が踊り出す。いざ取りかかればリターンの大きな討伐作戦になるだろうなあヘヘヘ。


「って落ち着け、堅実な俺を見失うな。優先すべきはゼノニスの手掛かりだろ」


 頭を振って入口周辺に何か魔法的な痕跡がないかから調べようと、俺は感覚を研ぎ澄ませて歩き出す。周辺に何もなければ、そして時間が余っていれば一度坑道内部に入ってみようと思っていた。


 しかし、予期せずも俺の予定は大きく崩れ去ることになる。

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