第43話 イケおじ侯爵は息子と違って色々甘くない

 出発当日、セバスさんに挨拶をするって言う祖母ちゃんはともかく、律儀にも早朝の店先まで見送りに来てくれた者たちがいた。

 アイラ姫と護衛ズとノエルとシオンと村長だ。

 護衛ズは明らかに朝から大迷惑って顔付きだったけど、アイラ姫の手前文句の一つも口には出さなかった。他方、村長は文句も言わない代わりに時折り俺の足元を気にしている。まだ深夜に枕元に立ったのを忘れていないんだろう。俺は幽霊じゃありませんよー。


「本当に出向かれるのですよね? 決心は変わらないのですよね?」


 とはアイラ姫だ。


「ええとまあ、依頼を受けた以上変わりませんけど」

「ちょっとエイド、向こう行って色目使ったら許さないんだから」


 とはノエル。


「おいおい俺が誰に何の目的で色目なんぞ使うんだよ?」


 大いに呆れて問い返せば、ちょっとだけしょんぼりしていたアイラ姫がずいっと体ごと会話に割り込んでくる。


「そうですよエイド君、ノエルさんの言う通りです。エキセントリック卿には三人も娘がいるというお話ですし、エイド君に言い寄らないとも限りません」


 えー、いやいや仮にもその三姉妹の身内たるゼノニスのふりをする俺にその心配ってしなくてよくない?


「あはは、エイド君はカッコイイからモテモテになるかもね」


 とはシオン。溜息をつきたくなった。傍の女子二人が物凄い目でこっちを見た。


「……お前余計なこと言うなって」


 昨日あの場にいたアイラ姫とノエル、後で話した祖母ちゃんは事情を知っているけどシオンと村長は知らない。少なくとも店内には居なかった護衛ズはどうだろうな。まあ彼らはどっちでもいいか。

 俺は表向きはエキセントリック家の子供の話し相手をするってことになっているから、シオンも今みたいな発言をしたんだろう。

 本当は血縁役だからモテモテになる心配はないけど、事情を知る人間は最低限に絞った方がいいってわけでシオンには真実を言っていなかった。


「でもさあ、いいなあエイド君! エキセントリック家ってあのエキセントリック家だよね!?」

「あのってどのあのだかわからないけど」

「あそこの地域にはあそこの地域特有の薬草が生息しているんだって。僕からすれば特産にしても良いくらいの貴重な材料なのになあ、ああ勿体ないなあ~上等のポーションが出来るのになあ~。ねえ一緒に行ったらダメなの?」


 瞬間、アイラ姫とノエルがあからさまに目の色を変える。

 ひいっ何か怖いって!

 同行者になれるかもって思っているのは明白だ。でも君たちにはお留守番って言ったよね?


「駄目に決まってるだろ」

「そっかあ……」


 ぶっちゃけ俺的にはシオンになら事情を明かしてもいいし同行も悪くはないって思う。

 しかし、だ。例外を作ってしまえば更なる例外が増える。この件に限ってそれは宜しくないってわけでの即刻却下だった。女子二人も残念そうにした。

 でもさあ、正直な話昨日ホテルに戻ったファザコンノエルが得意気にシオンと村長にバラしているかと思ったけど、それも杞憂だったみたいだよ。意外や意外だけど秘密を守るタイプなのかもしれない。まあ、下手を打てばダーリング家の評判にも関わる事案だから口は災いの元って自粛したのかもなあ。婚約する気はなくても爽やか君に不利なことはしないのかも。

 それと、シオンに爽やか君を連想させる話題はし辛いのかもな。だってノエルの好きな奴ってシオンだろうし、誤解されたら嫌なんだろうな。

 ……今回のノエルは他とは少し印象が違うんだよなあ。

 そう思ってシオンとの会話中だったけどしみじみとノエルを見つめたら「何よ?」って顔を赤くして睨み返された。

 あっといっけね~、不用意に女子を見つめたら駄目なんだった。はあ、でもこいつはすーぐ怒るんだもんなー。アイラ姫のこの氷の微笑を浮かべた落ち着きぶりを少しは見習……わなくていい、これは、うん。

 村長は村長でシオンの発言に何かを思案し始めたようだった。大方、そのうち一度現地に行ってみようとか思っているんだろう。上等のポーションの材料かって呟きが聞こえたから何か利益のにおいを嗅ぎ付けたのかもしれない。


 いつまでも長話をしているわけにもいかず、すぐ後に皆にしばしの別れの挨拶をした。


 行ってらっしゃいと行って来ますが飛び交った。





 シーハイを発ってから訪れたのはエキセントリック家じゃあなく、何とダーリング侯爵家だった。

 迎えに来てくれた執事のセバスさんが瞬間移動の魔法具を使ってくれたからまさにひとっ飛びで侯爵家に着いたのは良かった。エキセントリック卿の病状もあって急ぎの案件だから悠長にポクポクカポカポ馬車の旅ってわけにもいかなかったんだろう。馬車だと十日以上は確実だもんな。


 早々に侯爵の書斎に通された俺は、自分に決闘を申し込んできた息子より先にその父親と対面するって奇妙な成り行きに少しばかり緊張していた。


 前の人生でもダーリング侯爵と直接言葉を交わした経験は無い。パーティーで遠目に姿を見たくらいだ。

 既に件の侯爵閣下は書斎にいて、俺とセバスさんが着くまで窓辺に立って庭でも見下ろしていたんだろう、俺たちが入室した時はノックへの応えを口にしたその場所で振り返っていた。

 彼は窓からの逆光の中、背筋の伸びた立ち姿ってか見返り姿が絵になる男だった。

 年齢は四十少し過ぎって話だけど、実際の彼はそれよりは十歳は若く見える。やや垂れた目元が優しそうで、すっきりと整えられて清潔感のある茶色い頭髪が窓からの光で毛先を黄金色にしている。

 俺の知る彼くらいの年齢の貴族の当主は大半が髭を生やすことに熱心だったけど、彼は綺麗に髭を剃っていた。それが余計に若々しく見える理由なのかもしれない。


「君が例のエイド・ワーナー君か」


 どんな理由の「例の」なのかはここでは詮索しないとして、俺はその場で足を止めて控えめな表情で「こんにちは侯爵様」とお行儀よくお辞儀した。

 だってさ俺はさ表向きはさ、少~し魔法を使える程度のそこら辺の少年だからな! 大貴族のご当主様になんて会ったら恐れ多くて恐縮しまくりなド庶民いや小小小小小市民って存在だからな!

 でないと生きが良いな小僧って思われて息子の望みのために親馬鹿丸出しで「ここに来たついでだ、今すぐ決闘をするのだ」とか言われても困る。侯爵がそんな気性かは別として。

 実は少しだけど俺になし崩しに決闘をさせるためにこの案件を持ち込んで屋敷に来るように仕向けたのかも……なんて内心じゃ穿った見方もしていた。


「わざわざご足労願ってしまって悪かったね。来てくれてありがとう。そちらにどうぞ腰かけてくれ。すぐにお茶の用意をさせよう」

「えっといやいやどうかそんな気を遣わずに」

「はははっ子供が何を遠慮しているんだか」


 侯爵は窓に近い場所に置かれた書斎机の横を通って部屋の中間にある応接セットまで優雅に足を動かしながら、扉口にいた俺にも同じ場所を促した。まあ魔法で移動したからぶっちゃけご足労はほとんどしていないけど。

 お茶の用意と言う言葉にセバスさんが心得たように一人で廊下へと出て、部屋の外に控えていたメイドに言い付けて戻って来る。その間に俺は応接セットに言われるままに腰を落ち着けた。


「改めて、初めましてワーナー君。私はロイス・ダーリング。ロイスで言いにくければロスおじさんと呼んでくれて構わないよ」

「あ、はい」


 返事はしたけど、いきなり初対面の大人からフレンドリーにそんなこと言われてもさ、親戚でもないんだし恐れ多くて呼べないよ。


「そしてようこそダーリング家へ。今回の件では突然の話に快い返答をどうもありがとう」


 俺とダーリング侯爵は革張りのふかふかした椅子に向かい合って座ったけど、セバスさんは座らずに椅子の後ろに回り込んで主人たる侯爵の傍に控えた。

 近くで見れば侯爵の瞳の色は青と言うよりは青灰で、落ち着いた彼の雰囲気にピッタリだ。

 ダーリング侯爵はお茶が運ばれてくるまで本題には入らず、俺たちはセバスさんの合いの手を挟んだりしながら他愛のない世間話に興じた。……とは言っても俺とノエル、そしてアイラ姫の関係とかをよくよく訊かれた。国の重鎮だけあってアイラ姫の事情も色々とご存知のようで、俺は密かに冷や汗を背中に滲ませながら極力返答を間違えないようにするのに苦労した。

 ノエルとの関係は嘘も方便としてハッキリ村長の娘として礼節を尽くす相手だと言及した。それから恋愛対象ではあり得ないとも懇切丁寧に力説しておいた。だからどうかどうか誤解のなきようお取り計らい下さいって暗に含めたけど通じたかはわからない。

 しばらくしてメイドがワゴンを押してお茶を運んできて、そこからはセバスさんの出番とばかりにバトンタッチする。

 俺は目の前のテーブルに一つまた一つと置かれていく皿に少し目を丸くしていた。お茶の用意というよりは軽食の色合いが強かったからだ。勿論ちゃんと紅茶も焼き菓子も用意されてはいる。


「君は朝食もまだだろう? 遠慮せずに好きな物を食べなさい」

「あ、はい、ありがとうございます」


 確かに荷物のチェックに費やして朝食はまだだったから少し空腹ではあった。侯爵の気遣いに感謝しながら最初は胃に優しそうなスープへと手を伸ばす。


 一方、給仕されたカップを手にリラックスしたように両脚を組んで、侯爵は早速と本題に入った。


 因みに俺のカップの中身はミルクティーだったけど侯爵のは香りからしてそもそも紅茶じゃなくてコーヒーだった。甘党みたいな顔をしてその実甘いのが苦手なんだそうだ。ブラックコーヒーを好んで飲む甘いマスクのイケおじ。カッコイイぜ畜生。俺もこんな風に甘くてクールって感じの男になれたらいい。ああこりゃここの屋敷のメイドたちは毎日きゃっきゃと盛り上がるだろうなあ。

 自分と違って息子は甘党なんだと要らない情報までくれたけど、有名甘味を手に決闘を勘弁してくれってお願いしたら聞いてくれるかもしれない。甘い物好きだなんて爽やか君はイメージを損なわない男だよ。


「それでだね、明日か明後日にでもデイビスの所に向かってもらいたい」


 デイビスってのはエキセントリック卿のファーストネームだ。


 その名で呼んでいる所を見ると二人は仲の良い友人なんだろう。


 まあだからこそ友のために俺にこんな非常識な頼み事をしてきたに違いない。


「はい、それは構いません。一つ訊きたいんですが、行方不明のゼノニス君についてはどの程度情報があるんですか?」


 侯爵サイドの情報が不十分だったり、彼らが調査をしても果たして行方を掴めるのかに不安があれば俺自身でも密かに調べてみようと思っている。

 侯爵は手前のテーブルにコーヒーカップを置くと真面目な面持ちで膝の上で両手の指を組んだ。


「山奥の魔物の巣窟から仲間と共に脱出して、皆と同様に怪我を負っていたらしいとはわかっている。誰も彼も他人を構っている余裕もなく命からがらと最寄りの町に逃げ込んで宿で手当てを受けていたらしいんだが、てっきり一緒に逃げてきたと思っていたゼノニス君は町には入っていなかったようなんだ。巣窟の近辺で消息が途絶えている」

「自力で動けなかったんじゃ……? だとしたら追いかけてきた魔物に襲われて既に……って可能性も出てきますけど」


 生きているとは聞かされたものの、侯爵たちはそこを失念してはいないだろうか。身代わりの必要性にも関係する重要な点だ。


「いや、歩いたり走って逃げることは可能だったようだよ。魔物も巣穴からは出てこなかったと言うし。当初は町までの道中で道に迷って遭難したとも考えられたが、魔物のいる山から町までは広い一本道なんだそうだ。何しろ魔物が出るようになる前までその山では採掘が盛んに行われていたからね」

「採掘ですか。それじゃあ迷いようがないですね」


 その一本道は採掘された鉱石を乗せた大きな荷馬車が余裕で行き交えるだろう幅広な道に違いない。以前の人生で別の鉱山やその近隣の集落を訪れたことがある。魔物が追いかけて来なかったなら道を逸れる必要もなく山中で迷う事態にも陥らないはずだ。


「でも凄いですね。エキセントリック卿は鉱山を所有していたんですか」

「ああ、事前に渡した手紙にはそこまで記載していなかったかもしれないな。済まないね」

「あ、いえ。でもよければもっと詳しく教えてもらえますか?」


 快く頷く侯爵からの話によれば、エキセントリック家は貴族で、デイビス・エキセントリック卿は伯爵位を賜っている。


 彼は若くして爵位を継ぎ、運良く領地の山の一つが鉱山なのを発見した。以来採掘を開始し、そこでは毎年沢山の鉱石が採れて彼に莫大な利益を齎していたという。

 数年前までは。

 その頃から鉱山には魔物が棲み付いてしまって、犠牲者も出て採掘は中断せざるを得ない状況に追い込まれた。今はもうほとんど封鎖状態らしい。過去何度も冒険者に退治を依頼したけど今まで誰も討伐成功に至ってはいないとも。

 しかしそれまで生み出した富を元手に投資したり会社を設立したりしてその事業が好調なおかげで生活苦の心配は皆無だそうだ。


 因みに、鉱山の種類は金山。 


 人間も魔物も大大大好きな金が採れる山。わーおゴールドだよゴールド。

 魔物たちの残留物に金貨や金塊、それに準じるような金の塊があったりするのはそういうわけ。人間やカラス同様に魔物もキンキラした物がお好きってわけ。


 しかしまあ、話によればまだ魔物の正体はわかっていないそうだ。


 暗がりの中で遭遇して精神的に平静さを欠いていたせいか目撃者たちの証言は大虎とか大狼、大トカゲや大猛禽などなどまちまちで、中には龍だなんて証言もある。

 体格が断然人間よりも大きいのだけは証言全部に共通しているから、厄介な相手なのは間違いない。


 ただし、厄介でも何でもここは俺の出番だよな。


 まあ魔物討伐作戦は追々考えるとして、今はゼノニスの行方だ。


 迷うはずのない道、ね。


 となれば、行方不明って言っても彼の意思で姿を消したのか、誰か他の者の意思が介在しているのか、そこをまずは慎重に見極めないといけない。


 ダーリング家独自の調査結果を踏まえて、侯爵の見立てはどうなんだろうな。


「ゼノニス君が見つかるまで彼のフリをするわけですけど、実は彼が誰かに狙われている可能性は無いんですか? そうなれば姿を見せたとして俺が狙われるか、彼の行方を知る何者かが俺を見れば、早々に偽物とバレてしまうんじゃ?」


 侯爵は髭のないつるりとした顎を撫で俺の顔を真面目な目で凝視してきた。


「ふむ。なるほどね。ワーナー君は随分と聡明な少年と見える」

「え、いやただ臆病なだけですよ。命を狙われたら怖いですから」


 殊勝に言いつつ内心じゃあそん所そこらの刺客程度ならあっさり返り討ちにしてやらあって気楽に思っていたりするけどなー。

 侯爵は苦笑した。子供らしく素直だとでも思ったのかもしれない。


「んーしかし、ワーナー君なら瞬殺……あっさり返り討ちにしてしまうのではないのかな?」

「え……?」


 半笑いが引き攣った。

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