第14話 最終落札者
「開始金額は――五万ファン」
さあ、最後の競りが始まった。
五万ファンってのは今日最低の開始価格だった。だけど普通に考えたら正体不明の物体に五万は高い。それでもここにいると、場馴れしていない俺なんか雰囲気に呑まれてそういうものかって思ってしまう所が、オークションの怖い所だ。
「五万一千!」
とりあえず俺は番号札を上げ、本日最初の声を上げる。因みに番号は八十番だ。
五万二千、三千、四千、と千ファン単位で上がっていく。良かった急に飛んで六万七万にならなくて。予算は潤沢にあるけど一ファンでも安く買いたいもんな。
「良かったな坊主、この分だと割かし低めの価格で手に入るかもしれないぞ。興味を示している奴も少なそうだし」
「はい。だといいんですけどね」
メイヤーさんが敵情視察宜しく周囲の様子を探ってこそっと教えてくれる。
金額からして主催者側も大して重要視していないみたいだな。
だって海龍の瞳は百万からだった。その額から始めてもきっと買い手が付くと確信していたが故の強気の金額だったんだろう。
そこを参考にすれば、現在台上にある細長い物体は安過ぎるくらいだ。
きっと出展者の漁師も「網から変なの出て来たけど、オークションに出せるんなら海にまた戻すよりマシだよな。二束三文でもまあいっかー」って思って出品したに違いない。
魔力を有しているってわけでこの金額なんだろうけど、魔力がなければただの海から引き揚げた木石にしか見えない。出品審査の段階でボツを食らっただろうな。
見た目が平凡と言うよりむしろ悪いせいか、一品目のように延々と価格デッドヒートを繰り広げるなんて展開にはならなそうだ。
「五万八千五百」
百の位にまで細かくなった低浮上な競り合いは、興味のない競売人たちには退屈だったようで、空気が緩んで私語が多くなっている。
さっさと帰ろうと席を立つ者たちも中にはいたけど、少しして戻って来た。
不正を防ぐためにも全ての競りが終わるまでは下船できない決まりなのかもな。
そこに気を利かせようってつもりはないけど、俺は早い所決着をつけたくて思い切って声を張った。
「――十万ファン!」
「ははは強気に行ったなあ」
メイヤーさんが愉快そうな声を出しながらも片眉を上げて器用に苦笑を浮かべる。
俺以上にあの品に注目している競売人はきっとこの会場にはいないだろう。
いくら初見の品だからと言って、全部が全部高額で落札されるわけでもないようだ。
どうせガラクタだ、と思うような物には皆食指を動かされない。
俺の目当ての品はこの場の商人たちにとってはまさにそんな物なんだろうな。
その証拠にしばし競売相手の声が止む。
よし!
膝の上で両の拳を握り締める俺は、メイヤーさんとこれは決まりだって視線を交わし合った。
後は司会のコール三回で俺の物だ。
ちょっとドキドキしながら時を待つ。
まだかまだかと司会女性の唇を凝視する。
赤くて綺麗な唇だけど、俺の思考は全然エロには傾かない。
さあ言え。早く一度目をコールしてくれ。そして二度目三度目も。
頼む、口を開いてさっさと言ってくれ。
強く願った時だった。
「――一千万」
…………は?
予想外過ぎて声も出なかった。
だって飛びに飛んで、一千万?
イッセンマンンンン~~~~!?
冷やかしかと半分本気で思ったけど、一体誰だこらーって声のした方に首を振り向けた俺は歯ぎしりさえしかねなかった口元から力を抜いて呆けてしまった。
堂々と余裕綽々で上機嫌そうに番号札を掲げているのは、白髪の仮面の男。
皆の注目に応えてか、彼はゆっくりと仮面を外す。
記憶にあるのと同じにこやかな口元が初めに見えて、通った鼻、金瞳、頭髪と同じ白い眉、と容貌が露わになった。
――師……匠…………。
やっぱりあなただったのか……。
現れた意外にも若い素顔に、会場内には小さな驚きの声が広がった。
彼の身なりからどこかの青年貴族だと判断したようで、皆の驚きは次第に勝手な納得の色に変わっていったけど。
俺の師匠たる白髪の青年は綺麗に笑ませた口元を崩さずに、目顔で司会へとお決まりのコールを促した。ハッとして我に返った女性司会がやや慌てたように居住まいを正した。
「あ……ええと、そちらの方から一千万が出ました。一千万一回、一千万二回、一千ま…」
「一千万飛んで百!」
宣言者は俺。
番号札八十番のエイド・ワーナーだ。
コールが途切れ、会場中の視線がまだ十歳足らずの俺へと集中する。
金額とどう見ても一庶民のガキんちょって容姿の不釣り合いさを感じたんだろう、会場の大半の人間が不信と憐憫と憤慨の目になった。
「お、おい坊主、魔法武器の相場は例外はあるがこんなにバカ高くないぞ。いくら何でもあのわからない物体に一千万は……」
「払えます。魔物倒して薬草採って素材採って貯めに貯めましたから」
「そういう問題じゃねえっ……って、ああいやそう言う面も心配ではあったが、坊主をこんな風に悪目立ちさせるためにおじさんは今日一緒に連れて来たわけじゃない」
それはそうだろう。
貴族の子息でもないこんな子供の俺がポンと一千万出せるとわかったら、この街には住みにくくなりそうだ。
だけど諦めたくなかったんだ。
金銭じゃ決して手に入れられないものを俺は知ってるし、大半がもう二度と手に入らない。だからせめて正当に自らの財で手に入れられる物であればそうしたかった。
それに、どうしても俺はあれが欲しい。
でもメイヤーさんの言葉は重い。
万一祖母ちゃんにまで迷惑が及んで彼女の人生を何か一つでも犠牲にする可能性があるんなら、俺はこうすべきじゃなかった。後悔しても後の祭りだけど。
俺の宣言が最後なら、そのまま俺は落札するつもりだ。覚悟を決めていると、
「――二千万」
しれっと、師匠が倍額提示した。
「な……」
今度こそ俺は悟った。
師匠も俺と同じようにあの物体に何かを感じたんだって。
だから手に入れるつもりなんだって。
諦める他ないなって理解した。
一度目人生じゃ、実力でも財力でも師匠には敵わなかったのを俺は知っている。
あの人は、放浪者だってのに一個人なんかじゃどうにもできないような莫大な財産を持っている。
それこそその気になれば一国を経済的に潰せるくらいのな。
一度だけ魔法空間にあるすっごい宝物庫を見せてもらったっけ。ホント言い表せないくらいに凄かった。魂消て口から魂が抜けて……ってもしかして覚えてないだけで俺実は四度目人生なのかもなー……。
まあ、そんな大金持ちがどうして俺ん家の飯を盗み食いしてたんだって話だけど、彼の行動はいつも突飛だし謎だから俺にも一生わからないと思う。
俺は脱力して膝の上に木札を置いた。
結果的には良かったのかもしれない。
「はあ~~~~、良かったあああ~。心配させてごめんなさい、俺すっかり頭に血が昇ってて」
俺の大袈裟な安堵にメイヤーさんは目を丸くしたが、すぐに意図を察してくれた。
「本当にわしも肝を冷やしたぞ。もう二度と無茶な金額に張り合おうなんてするなよ?」
「はい……」
ならよし、とメイヤーさんはわざとらしく声を大きくして俺の頭をわしゃわしゃと荒っぽく撫でた。
それを大人しく甘受する反省の色を見せて俯く俺のこの演技、どうよ?
皆には初参戦の俺が若気の至りで突っ走ったと思わせることにしたんだ。
柄の悪い輩から街中でいちいち「金持ってるんだろ出せよ」とか何とか喧嘩を売られても面倒だからな。
そんなわけで、師匠が本日の最高額二千万ファンで落札した謎の物体は、主催者サイドも予想外だったろう有終の美を飾った。
がっかりしなかったと言えば嘘になる。
でも次こそはって期待して、シーハイの次回のオークションに臨もうと思う。まだお伺いは立ててないけど、メイヤーさんだって駄目とは言わないだろ。
全ての競りが終了し、司会進行役の女性が一応の閉会宣言もした会場内は完全に空気が緩んでいた。
席に残って歓談している人も見えるけど、半分以上は既に退場して甲板に向かい出している。
俺も正直そうしたかった。開始時よりは競売の熱気と人いきれで確実に室温が上がってぼんやりしたような空気から、早く外の新鮮な空気の中に出たい。
だけど、落札者は別室で支払い兼商品の受け渡しがある。
メイヤーさんもその一人だから必然的に俺も一緒に待つしかない。まあ後学のためにこの場に少しでも慣れて流れを覚えられていいのかもしれない。
仮面のアイラ姫ご一行様は一番初めの落札者ってのもあって、連れの商人共々係の人間に案内されてどこかへと姿を消していた。
受け渡し室は一つじゃなく複数あるみたいで、メイヤーさんの順番が回ってくるのももう間もなくだろう。
ああどうかこのまま彼女たちと顔を合わせず下船できますように!
なーんて念じていたら、近付く足音と共に声が掛けられた。
「やあ、初めまして、小さな目利き君。先程は君の希望の物を横取りしちゃって悪かったねえ」
驚きと共に顔を向ければ、懐かしの師匠がすぐそこに佇んでいた。
真っ直ぐに背筋は伸ばされ、自分はここに居て当然って顔付きなのは予想通りだ。
今更だけど、一体全体この人はどうやってこのオークションを嗅ぎつけたんだ?
まあ師匠はきっと相変わらず俺の良く知る師匠なんだろうから、色々と裏技的なやり方はあるんだろう。機会があれば内緒のオークションに無難に忍び込む最良の方法を訊いてみたい。
ところで小さな目利きって俺だよな。
初対面だからか口調も現代風で人当たりの良さそうなもんになってるし。
これが弟子になったりして相手に慣れてくると、古風な言葉遣いや語尾の方が目立ってくるんだろう。かつてがそうだった。
「あはは、心配しなくても俺は横取りされたなんて思いませんよ。これは歴とした競売なんですし、単に俺にあれ以上競り合えるだけの力がなかったってだけです」
街の商人でもなく、俺みたいに商人の連れでもなく、ましてや知り合いでもない相手に少し不審そうな目をするメイヤーさんの隣で、俺は内心ちょっと緊張すら覚えつつ無難に返す。
うっわーすっげえ久しぶり過ぎる生師匠だよ! マジで本物だよ、うほぉ~い!
……とか思考の八割はお祭り騒ぎだったけど。
「へえ、こんな展開があると大抵は私に敵意を抱くものだけれどね。君はまだ幼いのに道理をよく弁えているんだね。感心感心。親御さんの教育の賜かな?」
師匠はメイヤーさんへと視線を向ける。
あー、これは彼と親子に見られてるな。まあ年齢差的にも致し方ないか。何も知らない相手から見れば、自分の子供だからここに連れて来たんだって思うだろ。俺も部外者の立場ならそう捉える。
「ああいえ、メイヤーさんは父親じゃないですよ。今日はご厚意で連れて来てもらったんです」
「あ、そうなんだ?」
「はい。あの俺、本当に競りの件は気にしてないので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。どうか師しょ……お兄さんも気にせずに」
俺がお行儀のよい返答を口にすれば、師匠はちょっと意外そうに苦笑した。
「本当にね、恨み節の一つも覚悟していたんだけれど、君が良い子で良かったよ。ところで君はあの品が何か知っているのかな?」
「ええと生憎そこまではまだ」
手に入れて調べようと思っていたけど、こればっかりは仕方がない。
「へえ、それなのに一千万もの高額で競り落とそうとしたの?」
「あ、いやあの時は単に俺も馬鹿で気持ちが逸ってただけで~……正直更に上乗せしてくれて助かりました~、あはは」
「……それは違うだろう? 無理に誤魔化さなくてもいいよ」
師匠はやっぱり――たとえ今生では師匠にならなくても――俺の師匠だった。
こんな所で会うなんて、ホント妙な縁だよな。
この人に見抜かれているなら取り繕っても無駄だし、正直に話そうか。
即席おバカ演技をしていた俺は一人小さく苦笑すると改めて顔を上げて師匠を見やった。
「実はその、あれに呼ばれているって感覚に陥ったんです。だから欲しくて」
師匠は金色の瞳でジッとこっちを見つめた。対する俺は大真面目な顔でその視線を受け止める。
何馬鹿言っとんじゃって呆れたとか?
微妙な空気が流れてしまったからか、メイヤーさんが心配そうな目でこっちを見てくる。本音では口出ししたいんだろうけど師匠からは暴力的な気配は全くのゼロだったし、あくまでも競り相手の俺に用件があっての会話だからか割り込んでは来なかった。これが明らかな嫌がらせとか脅しだったなら問答無用で仲裁や庇い立て、場合によったら反撃すらしてくれるんだろうけどさ。
俺は少し内心たじろぎながらも師匠の次の反応を待った。
「そっか」
彼は芯からにっこりとした。
「じゃああの品は君に託そう」
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