第12話 師匠の思ひ出と、波乱のオークションの始まり

 師匠って言えば今あの人はどこで何をしているんだろう。


 俺はシーハイに来ちゃったからロクナ村での出会いルートは消えた。

 栄光の一度目の人生じゃロクナ村で師匠と出会ったからこそ、例の親友共々冒険者として村を旅立つに至ったんだ。

 こそこそと俺ん家の台所ではぐはぐ言いながら盗み食いしている不審な男がいるのに気付いた俺が両親に知らせて、腕力自慢の父さんが現行犯で取っ捕まえた。それが初対面だった。

 腹ペコでもなさそうだったのに、竈にあった料理に我慢できなかったとか何とか。

 鍛錬時の忍耐力どこ行ったよって今なら思うね。そしてどうして魔法で逃げなかったんだとも思うね。

 母さんの料理の腕はここシーハイの祖母ちゃん譲りだから、当然作る料理は美味しい。

 あの時は唖然としたけど、よくよく考えてみれば師匠も随分と鼻が利く。


『私は世界の家庭の味を食べ尽くす男だよ』


 とか何とか意味不明に自信家だったし、グルメだったっけ。

 心配なのは、今頃もまたどこかで師匠の威厳もへったくれもないような情けない真似しているんじゃないのかって点だよ。初対面時は正直に謝って料理を大絶賛したおかげか、気を良くした両親が無罪放免にしてやったから大事にはならなかった。


 話を戻すと、国王様の巡幸が終わった少し後、当時八歳で師匠とは出会った。


 母さんの料理を大層気に入って村に滞在していた師匠に弟子入りしたのは、偏にアイラ姫への強烈な恋心があったからだ。純粋に王女様を護れるくらい強くなりたかった。

 俺とは動機は違うだろう親友も俺にやや遅れて師匠の弟子になって師匠から同じように修行をつけてもらった。だけど最終的に俺と親友との間には大きな実力差ができた。それは決して俺の才能だけが原因じゃないと思う。

 鍛え方一つ取っても人には向き不向きがあって、俺には師匠流がドンピシャだったってだけだろう。

 もしもあいつにピッタリな方法を見つけていれば、一度目人生じゃ立場は逆だったかもしれない。


 因みに親友が位置していたのは一流冒険者ってランクで、それは全員が全員猛者だ。


 王国軍人の地位に置き換えると、各地方駐屯地には当然そこでのトップがいる。その地の事案の最終的な決定権はその地方長官とも言える将官にあり、幾つもある隊を束ね、かつ文句を言わせない実力の持ち主じゃなければそんな立場は務まらない。

 隊長格じゃコネや伝手が通用する抜擢もあるけど、その隊長たちを纏める上役を更に纏めるような組織トップともなると話は全く別で、要は実力主義。一番強い者が君臨するってわけだ。

 分不相応な奴がそのポストに就けば三日と経たず下剋上される。のし上がりたい野心家の何と多い事か。それが王国軍だ。

 そして一度目人生のあいつはそういった者たちと比肩しうる強さを有していた。


 そういえばそうだよ、今回のあいつ今どうしてるかなー。


 やっぱノエルにベタ惚れなんだろうか……ってそんな些事はまあどうでもいいか。

 師匠に伝授された魔核による心力修練法は、力配分の効率を上げる他、魔法系統にも大きく影響するから、一度目人生の俺は相棒たる魔法剣の威力に自己魔法を付与して、二重の魔法効力を有した攻撃で以て敵を駆逐していた。

 破格な魔法剣に当代きっての強力な俺の魔法。無論戦闘じゃ剣技や体術の冴えも要求されるから肉体的な鍛錬も怠らなかった俺は、戦闘者として充実していた。


 付け入る隙のない万全な戦士、それがかつてのエイド・ワーナーだ。


 凶悪な魔物だってそりゃ倒せちゃうわけだよな。

 因みに、二度目人生じゃ自堕落に生きていたし師匠を避けてもいたから、俺は両親に不審者がいるとは報せず、彼はまんまと俺ん家の台所の料理を食い逃げしたよ……。まあおかげで接点はできず弟子入り展開もなかった。


 一度目人生が太陽のようなら、二度目は月……いや闇か。


 果たしてこの三度目はどっちだろう。


 出来れば、いや頼むからどっちでもないでほしい。


 逆行の神よ、もしもこの不可思議な俺の身の上があなたの手によるものならば、今度こそは平均を取って平平凡凡に長生きさせてくれ。

 せめて孫の顔を見たい。

 うんまあ、だったらその前にきちんと自分の嫁さんを見つけないと駄目だけどな。

 正直言って自分の嫁さんの姿なんて全然想像も付かない。ハハハ……だってまだ十歳だし。


 とにかくまあ、今回師匠は既にロクナ村に来て俺ん家の台所の飯を誰に知られることなく平らげていっただろう。


 弟子を取らずのその後の足取りを俺は知らない。


 だからもしかしたらこの海の街でばったり会うかもなーハハハ……なーんて都合よく行くかってんだ。


 師匠の話は置いておくにしても妙な視線は事あるごとに感じるから、俺は連日そわそわと落ち着かない日々を送った。だけどその視線の主の正体も暴けず、むしろちょっと慣れてしまった頃、念願のオークション当日になった。

 祖母ちゃんにはどうしても外せない友達と男同士の話があるって話して店番を免除してもらった。

 これでも学校に行かず家業を手伝うって同じ境遇の街の子供同士で密かに集っては愚痴り合う何かよくわからないおかしなネットワークがあって、俺も半ば強制的に加えられていたから友達と言える友達は何人かいた。

 実質は愚痴って言うよりかはただ集まって最近どうよ元気だったかって相手の様子を確かめたり、店同士の情報交換をし合う場だ。大事な顧客情報は暴露はしなくとも、厄介な客の情報は互いに共有できて助かっている。

 そんなわけで、祖母ちゃんもかつては所属していた街の子ネットワークを理由に使ったおかげで特に怪しまれなかった。


『男同士の話だって? 何だい何だい恋バナかい?』


 まあただ、茶化したような言葉を口ににやにやして肘で俺の腕辺りを小突いてきたけど、否定するのもかえってボロが出そうだったから頷いておいた。


『帰ったら詳しくあたしにもその話を聞かせるんだよ? いいね?』

『えっ、あ~……はいはいわかったよ』


 その時は適当にでっちあげるか。いっその事前世の真実を織り交ぜて話してもいい。


 シーハイのオークションの日は、武器や武具店、薬店などの冒険業に関わる店は軒並み休みになる。


 街の顧客たちには、張り紙なり何なりで前もって休業日を知らせてあって、来てみて休みでしたーなんて不便もないらしい。まあ突発的に必要になった人は近隣の都市まで足を運ぶっきゃないけどな。

 大事な各種ギルドの会議を一斉に開くって理由づけもしてあるから、不審がられる心配もないそうだ。


 オークションは正午前開場の正午開始って予定らしく、俺は昼食持参でメイヤーさんと一緒に普段着のまま会場となる船に乗り込んでいた。


 そう、何と船上で開かれる。


 船体の規模はそこまで大きくはなく、普段はちょっとした輸送船として使われているのかもしれない。


「一隻貸し切りって凄いですね」

「まあ、街中ですると人の集まりはやはり何かと目立つからな。これでも会員制みたいなものだが紹介者が居れば誰でも参加できる。しかし皆余り新規の人間を増やしたくないんだろうさ。かく言うわしもだ。良い品が競り落とせなくなる」

「なるほど~」


 慣れないと言うか逆行を挟んで久しぶりの不安定な海上の足元に多少ふらつきながら、俺は感心の声を小さく吐き出した。

 そりゃ常連たる者新参者に良い品を譲るなんて癪だろう。

 そう考えると俺はどうなんだろうって思ったけど、まあそこは図太く生きよう。

 今回初めて会場入りした見知らぬ少年、つまりは俺に、さっきから訝しむような視線が向けられていたけど、一緒にいるのがメイヤーさんだとわかると自然と皆納得したようにして視線は剥がれていった。


 え、このメイヤーさんってもしかして重鎮?


 すんげ~えお人だったりするの?


 まあ面倒見は良いし、人から慕われる人柄なのは確かだ。

 俺はそんなおじさんのやや後ろを歩きながら高揚する気分でいた。

 どんな品が出て来るのか今から楽しみだ。

 船上係に案内されるまま、晴れ晴れとした太陽が降り注ぐ甲板から船内へと入ると階段を下りて行く。下りて初めてわかったけど外側と違って内装は中々キラキラしていた。


「へえ、今回は趣向を変えたのか? いつもと違う豪華な船だな」

「はい。主催者様が時には気分を変えてはどうかと」

「なるほどな。確かにちょっとマンネリ化していたもんな」


 マンネリ化……落札者が大体一緒って意味だろう。

 この分野の品はこの人、敢えて名乗りを上げたからこの競りはあの人のもの……みたいな感じで競っていて競ってないような展開になったりな。

 主催者サイドは損が出ない金額から始めるから客たちがどう争おうと関与しないって態度を一貫するんだろう。

 貴族の客が多かった王都のそれじゃ良くある光景なんだそうだ。俺もあからさまなのを一度見たことがある。お~お権謀術数渦巻く上流社会怖い怖い。


 こちらですって俺たちを先導する案内人は迷いのない足取りで内部を進み、程なく広い一室に到着した。


 オークションの本会場だ。


 出入口の両開きの扉をドアマンが開けてくれるのを待って入ったけど、俺は一歩入って自然と足を止めていた。

 目の前には言うまでもなくオークションに適した会場が広がっている。

 係の人間が出てきて商品を提示するんだろう前方のステージを半円形に囲むようにして、競り客たちのための座席が階段状に何段も設えられていた。

 王都の会場よりはだいぶ小さいな。まあ当たり前か。

 あそこは最後尾の席まで届くように魔法で声を拡張していたくらいだ。


「どうだ。驚いたか?」

「え? 驚く……?」


 俺同様に足を止めていたメイヤーさんがこっちを向いて得意顔で腕組みする。

 だけど俺が思わずキョトンとして返すと、彼は些か詰まらなそうな顔になった。


「何だよ、初めてのオークションなんだろうし、もっとすげえーって興奮するかと思っていたんだが」

「あー……ええと、興奮し過ぎて驚くのも忘れてました」

「あーいいいい無理に取り繕うな。坊主は時々妙に達観しているというか、子供らしくないよなあ」

「そ、そんなことはないと思いますけど……」


 この人って意外と鋭いよな。これからはもう少しお馬鹿な子供のフリをするべきかも。


 ――と、この時、俺はまたいつもの視線を感じて硬直した。


 な……んで、ここでまで?


 俺を追いかけてきた?


 いや違う。俺たちより先に入っていたに違いない。


 視線は会場内部から感じる。


 でももうだいぶ人の集まっている会場内をざっと見ても、俺を見ている人は見当たらない。知り合いへと後ろを向いて話している人はいるけど、その中の誰かか?

 加えて、ここにいる人間は大半がシーハイの業者だから、じゃあ視線の主は街の人間?

 だけど街の誰かから変に怨みを買った覚えはない。

 ああでも、一度目人生で俺は親友の気持ちに微塵も気付いていなかったじゃないか。

 もしかしてここでも同じようなボカをやったのかも……。そう考えたら気持ちがズンと沈んだ。


「おうおうエイド? 急に項垂れてどうした?」

「え、いやあの、今になって変に緊張してきちゃって……」

「ハハハさすがの坊主でも緊張するのか。なあに大丈夫心配しなくとも誰も取って食いやしないさ。欲しい商品があればおじさんが代理で競りに参加してやるからよ」


 だから安心しろと彼から大きな武骨な掌で頭をわしゃわしゃと撫でられて、ピンと張っていた警戒の気持ちが少しだけ薄れた。

 そうだよな。ここは沢山の人目もあるし、俺に何かを仕掛けて来る可能性は低いだろう。

 とは言え、可能性はゼロじゃあないから万が一にでもそうならないよう願うけど、相手が極悪な奴でメイヤーさんや会場の客たちの安全を考慮しないようなら、迎え撃つ覚悟だけはしておくか。


 指にはめた魔法の指輪からいつでも武器を取り出せるように密かに気構えながら、メイヤーさんと会場のなるべく前方の席に陣取った。


 これでほとんどの人間が俺の背後に回るって位置関係になる。


 正直今も巧妙に気配を会場内の空気に韜晦とうかいしている正体不明の何者かの動向は気になるけど、今はオークションを優先しようか。


「気に入る剣が出て来ると良いな」

「そう願います。でもまあ本音を言えば魔法の武器の類なら槍でも矢でも何でも歓迎しますけど」

「ハハハそうだったな。エイドは他の武器も扱えるんだった」

「剣が一番ですけどね」

「そうかそうか。おじさんもレアな素材なんかの掘り出し物が出るのを期待はしているが、正直そこまで珍しくなくとも剣に適した材料があれば贅沢は言うまいと思っているよ」


 何も知らないメイヤーさんは椅子の背もたれに身を預け、余裕というか場慣れした雰囲気で競りの開始を待ち望んでいる。

 普通剣を造るにしても、強度や切れ味に影響する鉱物や素材の中には貴重な物もまだまだ多い。とりわけ魔物由来の素材なんかは高値で取引される。龍の中でも下位種のワイバーンの鱗でさえ丸々一枚購入しようとすれば巷の仕事人の給料三カ月分は飛んで行く。元々、魔物の残留物自体が希少ってのが主な理由だろう。

 後は始まるまでメイヤーさんのオークションの思い出話を聞いたり、彼の見掛けた印象深い商品の話をしてもらって過ごした。

 それから少し早いけど腹ごしらえってんで、持参してきた祖母ちゃんのパンをメイヤーさんと俺の二人分指環から出して食べた。


 ただなあ、何故かこの時だけ妙な圧を増した例の視線が気になってろくろく味わえなかったけど……。


 食べ終えて一息ついたちょうどそんな頃、会場内の魔法照明が静かに薄くなり、反対にステージ上へと当たる光の量が増えた。


「お、ようやくだな」


 メイヤーさんの言葉通り、ステージ上には進行役と思しき妙齢の女性がセクシーな背開きドレスを身に纏って現れた。


「皆様、お時間となりましたので、只今よりシーハイ船上オークションを開催致します。では早速本日最初の商品をご紹介致します」


 美人な進行役の言葉と同時に舞台袖から主催側の人員が商品を運んで来る。これまた美人だ。両手で持てるトレーの上にはまだ布が被せられていて、少し中央部分が盛り上がっている。

 俺に向いていた視線の主もステージへと視線を移したのか、解放感からか気分も体もすっと軽くなった。

 些かホッとしていると、進行役の女性が布を取り払う。


 会場内からどよめきが上がった。


「こちらは、つい半月ほど前にシーハイの漁師が海底から引き揚げた物でございます。実はこれが何かはまだよくわかっていないのですが、便宜上“海龍の瞳”と呼ばせて頂きます」


 そこには見事としか言えない拳大の丸い真珠が鎮座していた。

 いや正確には真珠のような物だ。

 何しろ今までも見たことがない。それは俺だけじゃないらしく、会場全体の人間もそうなんだろう。

 海龍の瞳って呼称がまさに相応しいその美しい球体表面は滑らかな光沢を有し、ここがちょっと真珠とは異なる部分だけど、球の中まで透き通るようにも見える不可思議な輝きを宿していた。


「おいおい、今日は初っ端から随分と驚かせてくれるな」


 隣でメイヤーさんが実に楽しげに顎を撫でる。


「こりゃ期待できる。しかし、――荒れるな」


 ……え?

 彼の不穏な言葉を耳奥に押し込むように進行役が朗らかに開始金額を告げると、次には怒涛のように会場内からみるみる値を吊り上げる声が上がった。

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