第11話 オークションの誘い

 まだ詳しい話をしてもいないうちから、おじさんはどこかバツが悪そうに目線を下げてゆるゆると左右に首を振った。


「前に任せろみたいな事を言っておいて何だが……」

「そんな、どうしてですか? 心配しなくてもお金ならあります」

「あのなあ、子供がそんな言い方をするもんじゃない。お金の問題じゃなく、坊主を信用していないとかそういう話でもなく、おじさん自身の資質の問題だ。魔法剣となると、おじさんの……わしの手には余るんだ」


 くう~っまだ四十代だろうに「わし」だなんて相変わらず渋いっ……てな感想は置いとくとして、資質、つまりは鍛冶師の才能については俺も知っている。

 どんな高名な鍛冶師に弟子入りした所で、魔法を伴う戦闘用の武器を造れる職人は限られている。資質や才能、或いは魔法との相性なんてものも影響しているんだとか。

 可能不可能は職人それぞれってわけだ。


 自分の武器や防具に魔法付与ができる戦士は冒険者や王国軍人の二割程で、残り八割方の戦士は己の純粋な腕力や戦闘技術、装備の品質を頼りに戦っているから、普通武器オンリーでも鍛冶屋は十分に稼業としてやっていける。


 どうやらメイヤーさんはそういう鍛冶師だったらしい。

 これは俺にとっては大きな誤算だった。

 店頭にずらりと並ぶおじさん作の普通剣の品質は上等の二文字に尽きるから、てっきり魔法剣も造れるのかと思っていた。

 どこに出しても引けを取らない素晴らしい普通剣を造れるのに魔法剣は無理だなんて、神様も意地悪だ。

 ここよりも大きな街に行けば魔法剣を造れる職人は当然いるだろう。でも俺はおじさんの剣が欲しかったのになあ……。


「そうですか、わかりました」

「そう気を落とすな。心配しなくともわしの兄弟弟子に造れる奴いるから紹介状を書いてやる。必要な時はそれを手に行ってみるといい。今はノースの街で工房を開いているはずだ」


 ノースはここら一帯の中枢都市と言える大都市で、トウタン半島の付け根に位置し、半島の先端部にあるシーハイからはやや遠い。俺もこの街に来る途中で掠めるように一部を通過した街だった。

 街の端っこを少し通っただけだったけど馬車での通過に他のどの町や村よりも時間が掛かったし、ノースの中心部でもなかった場所でもここシーハイくらいの賑わいがあったっけ。栄えてんなー。

 紹介してもらえるなら一から探す手間が省けて俺としても有難い。


「いいんですか?」

「勿論だ。坊主のおかげで最近の漁は好調だって聞くしな、優れた戦士にはより良い装備をってのがわしのモットーだ」

「ありがとうございます。じゃあその際は是非宜しくお願いします」


 俺は幾らかホッとした顔でお礼を言うと、今日の来店目的の一つでもある新品の普通剣を吟味した。手に取った剣の重みを確かに腕に「良い剣だな」なんて独り言ちながら、改めて惜しむ気持ちが湧き上がってもいた。

 そうして、長くはない滞在時間の中で、今度はなるべく長く使うつもりで店にある剣の中でも強度が最上級の物を購入した。


「ノースの街、か」


 買った新品を収納指輪にしまった所でふと呟けば、おじさんが聞き取って反応した。


「どうした? 場所がわからないなら坊主のばーさんに訊くといい」

「ああいえ、場所は大丈夫なんですけど口実が……。俺が魔物を討伐しているのは内緒にしているので」

「ああ、そうだったな」


 そうなんだよな。ノースに行くのはいいけど祖母ちゃんに何て誤魔化せばいいんだよ。

 観光に行きたいとか?

 ハハハ無理だな。祖母ちゃんから今まで買い出しなり用事で国内の色々な場所に行く際に「一緒に行くかい?」って誘われても、ろくに考えもせず「興味ない」「忙しい」って断ってたこの俺が?

 だって過去世で何度も行った場所ばかりだったから目新しくもなかったんだよ。これは逆行前全部の記憶をそのまま引き継いでいた俺の判断が裏目に出たってやつだよな。

 はあ、どうするかな。追々考えようか。

 第二の相棒たり得る剣との出会いはまだ遠そうだ。


「んーまあ、紹介状だけは早いとこ書いといてやるから元気出せ、な?」


 隠し切れず再び薄らと落胆を漂わせる俺を見て、おじさんは我が事のように困った顔をしたけど、何かを思い付いたのか急に明るい顔になってポンと手槌を打った。


「おっそうだそうだ。魔法剣と言や、近々開かれるオークションに出品されるかもしれないぞ。そうすればノースに行かずとも落札さえできれば手に入る」

「オークション……? え、シーハイで開催するんですか?」

「ああ」


 意外な言葉を聞いた。

 この街に三年住んでいて、ついぞそんな単語は耳にした記憶がなかったから。


「知りませんでした。この街でもやってたんですね」

「ハハハ、おじさんみたいな業種の人間しか参加できないやや内輪向けのものではあるがな。規模は然程大きくはないが時々掘り出し物が出品されるよ。ここは海の街だろう、漁師が海から引き揚げた珍品が出されたりもする」

「海の……」


 それは是非とも足を運んでみたい。

 海には多くの「謎と宝」が眠っていると言われている。

 宝に至っては船の難破だったり遺跡がワケあって海中に沈んだんだったりと理由は様々だけど、謎に至っては未だ伝説の域を出ない。

 龍の古代種たる海龍が現存しているとか、海中海底都市があるなんて話もあるから興味深い。因みに海上都市は既にある。


 俺がシーハイに長期滞在したのは三度の人生で初めてだから、今まで知らなかったオークションの存在を知れたんだろう。新鮮っちゃ新鮮だよな。何だよ何だよ密かにやってたのかよ……。

 この三年って時間惜しいことをした。

 一般的に言ってオークションってやつにはおじさんの言う通りレア物が登場する時がある。

 装飾とかの造りにこだわらなければ、職人を探して新たに剣を造ってもらうよりは、流れてきた完成品を落札して使った方が手っ取り早い。

 俺が興味を示したのを感じ取ったのか、おじさんはニフッと彼独特の太い笑みを浮かべた。


「よければそのオークションにおじさんが連れて行ってやるぞ?」

「是非行きたいです!」


 即座に目を輝かせた俺を見て、おじさんは我が目に狂いはなかったとでも言いそうな顔で満足げに頷いた。


「でも俺みたいな子供が入れるんですか? ドレスコードがあったりは……?」

「会員のわしと一緒なら入れる。王都なんかの大都市の華やかなオークションと違って服装に決まりはないから、いつもの服でいいぞ」

「それならよかったです」


 貴族令息でもない俺には使い所がないから、立派な服は持ってないんだよな。


「因みに、それはいつ開かれるんですか?」

「年に四度定期的に開催されていて、直近だと確か一月後だったか。詳しい日取りは後で教えるよ」


 へえ、一月後か。意外に近いな。しかも一年に四回も開催って凄い。てっきり年に一回くらいかと思ってた。

 因みに、王都のは四年に一度だ。

 一度目人生で客として参加した記憶があるけど、やっぱりそこは回数は少ないがその分選りすぐりの品揃いだった。国宝級の物まであったっけ。

 そう考えると、こっちはそこまで期待はできないかもな。

 それでも行く価値は十二分にある。

 良い剣があれば絶対に競り落としたい。


「じゃあ一月後は、是非是非宜しくお願いします!」

「任せとけ! ……おじさんが勝手に変な誤解をした償いさ。ラブじゃ、なかった……」

「はい?」

「ああいや」


 頼れる男バリー・メイヤーは、親指を立ててニッと破顔した。





 一筋の希望は見えた。

 張り切った俺はより一層我武者羅に修行に打ち込んだ。

 マイ剣やアイラ姫、かつての記憶の中の友人知人たちのことを考えないわけじゃない。それは一度考え出すとどんどん深みにはまり込むように俺を苛むから鍛錬に打ち込んだんだ。

 体を鍛えていると無心になれるし、心を鍛えていれば無心にはなれないけど他の思考に集中できて忘れていられた。

 ほとんどが最もひと気のない黄昏時の砂浜で行った鍛錬は、予想以上に襲来してきた海の魔物たちのおかげで随分と進んだ。ああやっぱり海は広いんだって実感させられたよ。幾ら倒してもホントどれだけ海中にはうじゃうじゃいるんだよってくらいに引きも切らなかった。

 別に俺は客寄せパンダ宜しく意図して魔物たちをおびき寄せていたわけじゃないけど、ここ最近っていうか正確にはここ数年、俺が浜で張るようになった頃からだとは思うけど、確かにメイヤーさんが言っていたように漁師さんたちが魔物と遭遇する確率は格段に減って漁に集中できていたらしい。

 俺は鍛えられて好都合だし、事情を知らない漁師さんたちは何故か危険が減って幸いと、まあ偶然にも利害が一致していて良かった。

 そしてこの間、俺はまた一つ強さの階段を上った。


 能力登山で言うと、四合目から五合目に至った感じだ。


 その点は文句なしに嬉しい。

 英雄時の強さまであと半分。でもその半分が今までの倍以上に強敵と戦う必要があったりと困難を伴うから、覚悟は必要だ。

 本当ならここからは余計に気を引き締めてかかるべきなんだろうけど、俺は近々控えているオークションに浮かれていてすっかり油断していた。

 全く微塵も気付かなかった。

 砂浜でも、シーハイの街路からは遠目にでも見られないように離れた場所を選んでいたし、正直誰にも見られていないって思っていた。思い込んでいた。


 砂浜の俺を密かに見つめる目があったなんて本当に少しも思わなかったんだ。





「ほう、私以外に独自に魔核の修練方法を会得する人間がいたとは思いもよらなんだ。世界は広いという事か……。しかもまだ尻に殻の付いた雛ではないか。あの年齢であのような戦闘力を身に付けていようとは……何とも末恐ろしい才能だの。一体何者だ?」


 陸を臨む海の上で、男が疑問を自身の薄い唇に乗せた。


 海の上とは言っても、海水に直接浮かんでいるわけではない。

 海面の遥か上空に見えない足場でもあるように静止しているのだ。

 隠形おんぎょう、つまりは姿消しの結界魔法を張っているので、余程察知に長けた相手でもない限り、他者に存在を気取られる心配も目撃されるおそれもない。


 目が隠れるまで伸びた真っ白な前髪の隙間から、金の虹彩が少年を射る。


 反対に後ろ髪は長くはなく、かと言って短過ぎもしない。

 うなじはすっきりと見えていて、つむじはへそ曲がりなのか二つあり、パッと見はキノコのような髪型だ。前髪長めのマッシュと言っていい。

 服装は紳士然としていて、白手袋の右手にはシンプルなステッキを握っている。

 トップハットこそ被っていないが、髪の色とは対照的なシックな黒い装いは、背も高く細身故か清潔そうで品もあり、彼が生粋の貴族と言っても納得できてしまう風格を醸し出している。


 ただ、彼は貴族ではないし、そもそもこの国の人間でもなかった。


 端的に言えば、旅人。もしくは、放浪者。

 どちらかと言えば根なし草のように放浪しているので、後者で称するのが適当かもしれない。

 肌はヘチマのようにつるりとして若々しくシワはないが、その眼差しも喋りも時を感じさせる老獪さを孕んでおり、彼が見た目通りの人物ではないのだと気付くだろう。


 青年と言って良い容姿の彼のその眼差しは値踏みするようでもあり、久しぶりに興味深い相手を見つけた感動に密かに興奮するようでもある。


「もう少し近付いて、様子を見てみようか」


 見事な白髪の男はそう呟いて、少年に気付かれないようにより一層精度を上げて気配を殺すのだった。





「まただ……」


 今日も街外れの砂浜で精神統一していた俺はゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 最近、誰かが俺に意識を向けている……ような気がする。

 意識を向けているってことは見ているってことで、当然視線を伴っているとは思う。

 つまりは見ている誰かの姿があって然るべき。

 だけど周囲を見回しても誰の姿も見当たらない。


「気のせいか? でもなあ……」


 この頃こんな変な感覚にばかり陥る。


 メイヤーさんにオークションの話を聞いた次の日からずっとだ。

 一週間程になる。

 いるのかいないのかハッキリしないなんてこんな経験はこの人生じゃ初めてで、修行の最中で感覚が過敏になっているだけかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。

 もしも謎の誰かがいるなら、ハッキリ気配を悟られない隠形おんぎょう技の使い手で、そんな相手はきっと俺よりも遥か高みの境地に違いない。


 何だか師匠を思い出してしまった。

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