第8話 NTR(抜き取ら)れたマイ剣

「ふう、一件落着」


 俺は額に汗……って程の汗も掻かず、難なく魔物たちを討伐すると、砂浜に落ちている三つの魔核を残らず拾い上げた。


 魔核は一見その辺に落ちている石ころと見た目は何ら変わらない。


 砕けてしまえば土や砂と見分けすら付かなくなるような代物だ。

 だから巷の冒険者たちはその場に捨ておくのが普通だった。

 俺もそんな他と相違ない無駄な物って認識の頃があったけど、師匠と出会って百八十度見方が変わったんだよな。

 今まで無用な物と思って捨てていたのは大きな大きな間違いだったって教えられた。

 魔物とは言え生きていた証に無駄なんてなかった。

 掌上に収まる三つの魔核をじっと見据え、握り込んで砂浜に腰を下ろす。


 魔核を用いての心力の修練を始めるんだ。


 両目を閉じ呼吸を整え、内なる力を意識して魔核の方へと流すイメージで集中する。

 必ずしも目を閉じたり呼吸を整える必要はないけど、俺はそうしないと集中できないからそうする。

 師匠なんかはさすがに慣れたもので、甘味を口に運びながら、或いはあくびをしながらしれっとやっていたっけ。

 掌へと意識を向けていると、段々と世界には自分と魔核しか存在しないような不可思議な感覚に囚われる。


 するとどうだろう、手の中が温かくなった。


 魔核が熱を持ち始めたんだ。道端の石ころにしか見えなかったそれらは、きっと現在色硝子のように透明になって赤く色付き始めているはずだ。


 しばし掌を介して自らの気というか、心力を当てたままでいると魔核から熱が去る。


 これで魔核の覚醒は済んだ。


 俺は目を開け、静かな眼差しで指を開いた。

 赤透明な三つの魔核は、尚も心力を注いでいると今度は淡く発光を始め、中心から生まれたその光は今や魔核を宝石のように輝かせている。


 ――出て来い。


 そう念じ、いや命じると、魔核の中から白い光が透けて出てくる。勿論数は三つ。

 だけどそれらは出てきた途端に更に小さな無数の光に分かれ、まるで極小の蛍のようにふわふわと舞いながら俺の気の流れを遡るようにして腕を辿って、その先の体に纏わり付いた。


「ふう……」


 ここまで来て俺はようやく自らの意識を魔核から切り離した。

 同時に、魔核から出た光たちも俺の体に吸収されるように消えていく。

 これが、魔核を用いた心力修練の一連だ。

 心力はそれを強くすることで体内の魔力の流れを太くでき、結果として魔法力の底上げにも通じる。

 でも世には数多の鍛練方法があるけど、それはどれも肉体的技術的なものに焦点を合わせていて、内在的な心力を鍛える術はほとんどまだ周知されていない。心力って概念自体が頭にないからだ。

 この国の魔法使いたちは魔力を研こうと思ったら魔法の繰り返し練習をするだろう。その練度によって魔法力の流れを太くしていく。残念にも龍脈の集まる場所は滅多にないし、ずっと同じ場所にあるわけでもないから、地道にそうするしかないんだよ。ロクナ村近くにあったのは幸運だったんだ。

 でも俺には魔核がある。

 繰り返しって観点から言えば一緒だけど、効果はこっちの方が格段に早いし、戦闘時に攻撃威力を意識してその時その時の限界値まで上げられるようにもなる。何より厭きない。

 体力の鍛錬でもそうなように、当然心力の修練度合いによっても有する強さの上下はあるけど、良いこと尽くめなのは確かだ。


「今日はもう少しやってから、早めに切り上げるかな~」


 すっかり夜になる前に帰らないと祖母ちゃんが心配する。俺は祖母ちゃんに俺が武芸者だって知られたくなかった。ここで修行するのだって人に見られる心配がないからだ。

 その後は、更に海から上がってきた魔イカと魚人を各一個体ずつ撃破して、魔核修練もして街中に戻った。


「予定よりも遅くなっちゃったなあ。祖母ちゃん変に心配してないといいけど」


 空は紫色を通り越してすっかり藍色。まあ端的に言うと、すっかり夜。


 俺は内心多少の気まずさを抱きつつ急ぎ足になりながら、店の入口を潜った。

 外側には閉店の札が掛かっていたけど、俺の帰宅がまだだからだろう、施錠はされていなかった。

 だけどもしも鍵が掛かっていたら店内に祖母ちゃんはいない。その時は店の裏手に建つ自宅の方に帰っているだろう。裏手とは言っても店舗と住居は各自独立した建物で繋がってはいない。店は店、家は家だ。


 頭上でカランと音を立てる入店ベルを聞きながら、俺は珍しいなとふとした疑問を抱いた。


 だってまだ店内が明るい。


 店を閉めた後は店頭スペースは消灯して奥の厨房の方だけを明るくして、そこで後片付けをしているのが常だ。


「消し忘れか……?」


 俺は一人そう呟いて、壁に固定されたランプのうち近くの物から火を消そうと近付いた。

 ガラス製のランプカバーを外し、蝋燭ろうそく消しを炎に被せようとしたその時だった。


「ああ、やっと帰ってきたね」


 厨房の方から出てきた祖母ちゃんの親しみを感じさせる声が俺の横顔に届いた。

 ああ予想通りの消し忘れかと些か安堵する俺は、帰宅の挨拶をしようと手を止めて声の方を振り向いた。


「祖母ちゃんただ…い……まあああああ!?」


 危うく硝子のランプカバーを取り落としそうになって、器用なコメディアンのように両手で何度も滑らせながらも最終的には両手で無事にキャッチした。

 ふう、と安堵の息をついてそれを傍の平台に置いた俺は、自分でも随分と素っ頓狂な声を上げたなと頭の片隅の冷静な部分で思った。


 叫んだものの今は絶句する俺の目には、厨房から祖母ちゃんと一緒に出て来たんだろう三人の人間が映っている。


 とりわけ、そのうちの一人に目が釘付けだった。


「なぁにを一人で五月蠅くしてるんだい全く……。お前にお客さんだよ。ごめんねえお嬢さん、待ち草臥れただろう?」

「あ、いいえ。そこは大丈夫です。……待つのには慣れっこです」

「そうなのかい? まだ若いのに忍耐力があるんだねえ」


 祖母ちゃんが眉尻を下げた苦笑顔で客人だと言う一人に謝罪と言うよりは労いの意を込めた言葉を掛けると、その相手は恐縮したように細首を振った。

 結ばず背に流された腰まである金髪が動きに合わせてサラサラと揺れる。


 あの頃よりもかなり伸びたな……。


 以前は背中の中程だったっけ。

 その相手は、緊張からか白魚のような両手を重ねて自分のお腹にぎゅっと押し付けるようにした。

 桃色珊瑚色の小ぶりの唇が小さく動く。


「あの……お久しぶりです、エ、エ、エ…………エイド君!」


 間違いなく俺の名の形に唇を動かしたその子は、誰がどう見ても美少女だ。


 彼女の背後には二人の大人の男女が立っていて、二人共背格好からして彼女の護衛だとわかる。

 姿勢の良さと雰囲気、表情からして見るからに実力者、手練てだれだ。


 男女とも剣士なんだろう、腰の剣帯にはそれぞれ立派な剣を挿している。


 え、何で俺の名前を知ってんのって慄きながら彼ら三人を改めて順に眺めた俺は、単なる驚き以上の驚愕に、この上なく両目を見開いた。


「――ッ、ど、どうしてお前が、ここに……」


 どうして、何故、ここに「ある」んだ?


「え、ええと、わたしがここに居るのは、それは……ええと、うぅ……」


 金髪に緑瞳の少女が自分に向けられた言葉だと思ったのか返答を試み、勝手に自滅して声を霞ませた。いきなりのお前呼びに護衛二人が不愉快そうにする。


「エイドも隅に置けないねえ。どこでこんな可愛い子を見つけて来たんだい? でもさすがはあたしの孫息子だよ。あたしも昔はねえ……」


 てんで空気を読まない祖母ちゃんが、昔取った杵柄よろしく若かりし頃モテ自慢を始めたけど、どうでも良すぎて俺に届いてはいなかった。って言うかマジでやめてくれ。いつぞやのロクナ村の爺さんみたいな発言は。ああ、知らないって恐ろしい。


 そもそも、俺の意識が向いている相手は金髪で同い年の少女じゃない。


 彼女の後ろの護衛たちでもない。


「まさか、そんな……」


 掠れ声の俺の視線は、さっきから女護衛の携帯している一本の剣に向いていた。


 英雄だったかつての俺の武器たる――マイ剣に。


 あの剣は人知れず、古代の洞窟遺跡の奥でひっそりと台座に突き立ったまま眠っているはずだった……それこそ俺が訪れるまで。


 それなのに、その剣が目の前にある。


 俺じゃない、見ず知らずの人様の腰に。


 そいつは……その古代剣は自らで主人を選ぶ。


 主人に選ばれた者だけが台座から引き抜くことができ、その破格な秘められし力を使えるんだ。

 伝説の勇者の聖剣にだって引けを取らない稀代の名魔法剣だと俺は思っている。

 ……伝説の勇者の聖剣を見たことはないけど。

 一度目人生では二十歳で手にして、二十三歳で死ぬまで約三年の付き合いだったけど、相棒と呼ぶのに三年は決して短くはなかったと自負している。魔物との戦闘時は頼りにしていたし、毎日毎夜傍にあって手入れを怠らなかったし手に馴染みしかなかった。


 また宜しくな相棒ってその気満々でいたってのに、何てこった。


 もう主人を決めたのかよ。


「うそ……だろ……?」


 俺以外の誰かがあの隠された遺跡を見つけ出せるなんて思ってもみなかった。


 最早放心するしかない俺は、砕けそうになる膝を意地だけで支えていた。


 だけどさ、ほろりと両目から零れ落ちる儚い涙だけは、止められなかったよ……。


「くっ……!」


 えっ、と一様に驚くこの場の皆に背を向けて、気付けば俺は猛ダッシュで店を飛び出していた。


「エイド!? 戻ったばっかりでどこに行くんだい!?」

「エイド君!?」


 背後からの制止の声にも応じずに、俺はただひたすら夜の港町を走った。


 きっとあの黒髪ポニーテールの美人な女護衛は、誰も寄せ付けないまま長久の時が流れた古代の神秘の台座に立って、勇ましく剣を引き抜いたんだろうな。一度目の俺よりも美人護衛の方が余程絵になるだろうその雄姿が容易に目に浮かぶ。

 内部は極端に気温が低く氷に閉ざされていたその洞窟遺跡は、光を翳せばキラキラキラと青白く繊細に輝いてとても美しい場所でもあった。

 チクショーいいなあ、ホントいいなあ……いいなあ~…………ぐすっ。

 まあ何にせよ、これだけは言わせてくれ。


 ――NTR抜き取られてたよ、マイ剣……。

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