第10話 聞かない方がいいですよ?

雪乃と教室に戻ったのは2限目の前からだった。

体は治っても制服はズタズタになったので、先生に階段で引っ掛けたと嘘の相談をして予備の制服を借りた。


教室に入ると心配そうにクラスのみんなが迎えてくれたことで俺はホッとした。


北条はいなかった。聞くと今日は早退したと先生が言っていたそうだ。


「雪乃、今更だけど北条のやつこのまま大人しくすると思うか?」

「どうでしょうね?でも私、次は刺しますからね」

「だ、だから相手を傷つけるのはよくないから…」

「大切な人が傷つくくらいなら私がそいつを殺します」

「雪乃…」


多分というかいいように考えすぎだとはわかっているが、雪乃は根は優しい女の子なんだと思う。


ただその表現の仕方が歪んでるというだけだ。

決して猟奇的でも狂気的でも凶器的でもないと俺は考えるようにしている。


そして休み時間に、俺のところにまた知らない女子という名の刺客がやってきた。


「不死川君、雪乃ちゃんとは付き合ってから長いの?」


そう質問してくるこの子の名は相沢響子あいざわきょうこ、クラスのまとめ役のような子でありバレー部に所属しているそうだ。


「え、ええと…中学の時からだからそこそこね」


答え方を選びながら雪乃の方を横目で見ると、何やらノートにメモを取っている。

さっきの授業の復讐でもしてるのか?


しかし真っすぐノートに向き合いメモを取る姿を見て、こっちの様子は気にしていないように感じたので安心して話を続けた。


「えー、いいなー雪乃ちゃんは素敵な彼氏がいて!聞いたよ、昨日北条君やっつけたんでしょ?あの人すぐに暴力ふるうし私たちも結構困ってたからみんな感謝してるよ!」

「いやまぁ成り行きだから…ああいうタイプの人間は嫌いなだけだよ」

「さすがかっこいいこというじゃん!ね、姫川さん!」


相沢さんが振り向きながら姫川さんに話しかけると、照れくさそうにこちらを見る彼女が小さく頷いた。


再び雪乃の方を見ると、どうやら勉強が終わった様子で一息つくような恰好をとりながらノートをしまっていた。


しかし彼女がしていたことはどうやら勉強ではなかった。

そのノートの背表紙には『復讐リスト』と書かれていた…


それを見た瞬間一気に血の気が引いて、席を立ち廊下に逃げた。

相沢さんも急なことで驚いた様子だったが仕方ない、君たちの身の安全のためだ…


そして案の定俺の元に雪乃が来た。


「せんぱい、響子ちゃんって背も高いしモデルみたいですよね♪」

「え、そうだな…でも女の子は小さくて可愛らしい子に限るよ…」

「でも浮気する時って自分のタイプじゃない人とする方が多いみたいですよ?」

「何情報だよそれ…それよりあのノートはなんだ?」

「あれー、のぞき見なんて悪趣味ですねせんぱい?あれはただのメモですよ?」

「い、いやでも復讐リストとか書いてたし…」

「もう、どれだけ私のことみてるんですか?せんぱいのエッチ♪」

「いやだから…」

「聞かない方がいいですよ?」

「え、ああ…」


俺は雪乃の言葉に直感した。

あれは見てはダメなものだと…


「でもでもー、せんぱいがずっと私のこと見ててくれたんだって思うとなんか嬉しくなってきちゃいました♪やっぱり私のこと大好きなんですねせんぱいも♪」

「う、うん…もうお前しか目に入らないよ…」


そうだ、嘘じゃない。お前から目を離せないんだ…怖くてな…


チャイムが鳴ったことで会話が途切れた。


そして今日の昼休みはまた迷惑な展開を強いられることになった。

須藤さんが声をかけてきた…


「雪乃、彼氏さん!一緒にお昼食べない?」

「食べる食べる!じゃあせんぱいもいきましょ♪」

「お、おう…」


女子が机を寄せて弁当を食べる中に俺だけ男子が混じって食事をするのはかなり恥ずかしい…

須藤さんに上田さん、そして水原さんの三人に雪乃という、クラスの美女に囲まれながら俺は昼食を取ることにした。


そしてピタリと隣に控える雪乃は自慢の彼氏を皆に見せびらかすように饒舌に話をしている。

他の女の子たちも俺と雪乃のことで盛り上がっている。


「でも雪乃ってほんと一途よね!お弁当も毎日作ってるんでしょ?」

「うん、せんぱいの食べるものは全部私が作るって決めてるの!」

「ラブラブねー!不死川くんもこんな可愛い彼女がいて鼻高々でしょ?」

「そ、そうだね。俺にはもったいないくらいだよ…」


別に他人から羨まれたいわけでもないが、確かに雪乃といると注目は集める。

まぁ鼻高々というよりはその鼻がよく削ぎ落とされる危機に晒されているが…


「ねぇ不死川君ってなんか部活したりしないの?」

「うーん、中学の時も何もしてなかったし…」


女子から注目を集めるというのは悪い気がしないことのはずなのにどうしてこんなに毛穴が開く感じがするんだろう…

時々太ももに冷たいものが当たっている気がするのだが、さすがに気のせいだよな…


「みんな、せんぱいは私のだから勧誘したらダメだよー?」

「はいはい、雪乃の彼氏に手を出したりしないわよ。でもほんといいなー不死川君結構イケメンだし」


相沢さんの言葉に雪乃がピクリと反応したのがわかった。

でもその笑顔は絶えることなく、楽しそうに会話が続いていた。

俺は一言も喋らずに黙ってやり過ごそうとしたが、そんなにうまくいくわけはなかった…


「ほら、せんぱいはイケメンだって言ったでしょ?」

「い、いや俺はそんなかっこよくないと思うけどな…」

「謙虚なせんぱいも素敵♪でも…ちょっとだけその綺麗なお顔に手を加えてみます?」

「ど、どう言う意味だよ…」


俺同様に他の女の子も「どう言う意味?」と質問したのに対して、雪乃は「眉毛剃ったりカラコン入れたらもっと良くなるかな」と絶対思ってもいなかったことを答えて周りは納得していた…


こいつはこう言ったコミュ力もある。

ただのヤンデレとはわけが違う…


「今日も二人で放課後はデート?」

「うん、今日はせんぱいの携帯買いに行くの!」

「え、不死川君携帯持ってなかったの?じゃあ買ったらID教えてね!」

「あ、私も私も!」

「あ、ああ…」


なぜわざわざ携帯の話をするんだ?

別に自意識過剰ではないが、こうなることは予想できたじゃないか…


そして盛り上がる昼休みの時間はあっという間に過ぎ、放課後まで雪乃は大人しくしていた。


嵐の前の静けさか、それとも…


放課後すぐに二人で携帯ショップへ向かうことにした。


「せんぱい、どうせ買うなら最新のスマホにしましょ♪」

「俺スマホ持ったことないから不安だな…」

「メモリーも大きい方がいっぱい写真とか保存できますしー、せんぱいと一緒にやりたいアプリもあるんです♪」

「まぁ雪乃に任せるよ、俺より詳しいだろうし」


早く携帯を買ってこの話題を終わらせたい。

みんなにアドレスを聞かれたことへの話題に戻るとまた切り刻まれかねない…


そして携帯ショップに着くと、勝手に雪乃があれこれ選んでくれた。

俺は今身内がいないのだが、雪乃の親が名義を貸してくれてあっさりと携帯を買うことができた。


結局未成年の俺は人外の力を手に入れてもこの社会では出来ることなど限られているのだと思い知らされた。


「せーんぱいっ♪ラインとりました?」

「ええと、多分これであってると思うけど…」

「ふふ、じゃあ私がせんぱいのアドレス帳第一号ですね♪」

「そ、そうだな…」

「これから第何号までの女性が名前を連ねるんでしょうかねー?」

「い、言い方が悪いよ…それに携帯買う話は雪乃がみんなにバラしたんじゃないか?」

「ええ、あの時の反応を見て誰が私のせんぱいを狙っているか炙り出したんですよ♪マッキーと虹子ちゃんの反応はー、もうちょっとでアウトかなー?」

「ア、アウトってなんだよ…」

「あーあやっちゃったって感じですね♪」

「やっちゃったらどうなるんだ…」

「ふふ、ナイショです♪」


それも復讐リストに書かれているのか…


「せんぱい、これからゲーム買いにいきません?」

「ゲーム?いやまぁいいけど…」

「いいけど?」

「い、いや買いにいこう!」

「えへへ、私せんぱいと桃太郎○鉄したかったんです!」

「まぁ二人でやっても楽しいもんなあれって」

「他に誘いたい人いるんですか?」

「い、いない…」


ゲームを見にいくとなぜかパーティゲームばかりを選んでいた。

多分俺たちの家に誰かがお邪魔することはない。それはただの邪魔になるからだ…


「いっぱい買っちゃった♪どれからしようかなー」


ゲームで機嫌を取り戻すあたり、雪乃はまだ子供なんだよなぁ。

その無邪気さが残っているからこそ余計に怖いとも言えるのだが…


「さて、負けたら罰ゲーム決めとかないとですね!」

「そうだなー、負けた方が晩飯奢るとか?」

「私のご飯は口に合いませんか?」

「え、いやそういうことじゃなくて…」

「じゃあ私が負けたらせんぱいの欲しいものひとつ買ってあげます♪私が勝ったらそうですねー、せんぱいの仲良しな女の子に一人ずつ消えてもらうとか?」

「いや俺だけペナルティ重くないか…」

「仲良しさんがいることは否定しないんですね?」

「ち、違う…そうじゃなくて…」

「いいんですよ、せんぱいが勝てばその子のこと守れますから」

「だからそんな子はいないって…」


夕暮れ時になり、辺りは薄暗くなっていった。

雪乃の右手の温もりが俺に伝わってくる。


そして、雪乃は反対の手で肩から下げたバックの中をガサガサと漁る。

カチャカチャと何か金属が当たる音がする…


「これじゃないなぁ、こっちかなぁ」と独り言を呟きながら何かを探している。


そして「あ、これがいいかも」と納得した様子でかばんを閉じた。

俺の方を見て雪乃が微笑む。

可愛くて素敵で無邪気で、でも無垢でない笑顔を俺に向けてくる。


それを見て…俺もただ笑いながら家に向けて足を進めた…





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る