第3話

 カエデは私を抱えたままドアをくぐった。ターミナルの入り口は受付を中心とした広い広間になっていた。見上げるほどに高い天井。そこに続く壁にはいくつものエレベーターのラインが走っている。普段ならばここは清潔感に溢れ先進的な第4新東京の中核施設にふさわしい空間なのだろう。しかし今はそうではない。広間はざわめきに包まれ、騒然としていた。自分たちの日常に現れた非日常的な光景に皆戸惑っていた。私達を出迎えたのは整った声色のあいさつではなく、外敵に対して使われる警告音だった。人間の倍ほどあるごつい多脚型の警備ロボットが5台並んで私達を出迎えた。

「危険因子を発見。戦闘行動に移ります」

 ロボット達は私達をカメラに捉えるや背中やら関節やら腹やら、体中から様々な銃器を出して私達に向けた。しかしそれらが発砲する前にカエデが真ん中の一体にカカト落としを食らわせる。警備ロボットは軋んだ金属音を響かせ地面にめり込んだ。そしてカエデはもはや瞬間移動といえる様な早さであっという間にもう二体をペシャンコにした。残る二体がカエデに照準を合わせ直す。しかしカエデはそれより早く先のロボットからむしりとった鉄塊をそれぞれに投げつけ破壊した。数秒で5体の警備ロボットはスクラップになった。目を凝らさなければは赤い人影が高速で動いていたようにしか見えないだろう。私は入口前に放置されたうつ伏せの体勢でそれを見届けた。

 人々は一瞬の間の後ようやく戦闘が始まったのだと理解し、パニックになりながら逃げ惑い始めた。白を貴重とした静謐なはずの広間は今や大混乱の舞台となっていた。

「そら立て。ここからは走ってもらうぞ。中央演算装置とやらがどこにあるのか分かるか」

 カエデは私の腕を掴んで立ち上がらせた。その体に似合わないかなり強い力だった。

「確かこの建物の地下だ。プラントが並ぶブロックの中央にあったと思う。というか何が起きてるんだ。そもそもお前は何なんだ」

「私の正体は、まぁ後のお楽しみにとっておけ。事態に関しては、私を殺そうとしているんだろう」

「殺そうとしている?誰がだ。お前誰かに命を狙われてるのか」

「ああその通りだ。私を殺そうとしているのは機械の親玉、今目指している中央演算装置というやつだ」

「中央演算装置が?誰かに命令されたってことか」

「いいや、奴そのものが私を殺そうとしているんだ」

「はぁ?そんなバカな。あれは機械だぞ。自分の意志なんてないはずだ」

 私は呆れた。カエデはここに来てから突拍子もない言しか言っていない。

「まぁ詳しい事情は私には分からん。しかしとにかくあいつは私が邪魔なんだ。私はあいつの計画をぶち壊しに来たんだからな。だから私を殺すんだよ」

「あいつの計画?演算装置が何か企んでるっていうのか?」

「まぁな・・・っと」

 カエデは私を引っ張った。私は前のめりに体勢を崩す。足元が蒸発音を立て煙を上げた。レーザーで射撃されたらしかった。見ると小型のドローンが何機も浮いている。

「ここに居たらいい的だ。人が多くて戦いづらいしな。とっとと行くぞ」

「くそっ」

 カエデは走りだした。本当はもっと早く動けるんだろうが私に合わせて普通の人間と同じ速度だった。私は急いでついていく。もはやカエデが何をしようとしているとか、それに賛成だとか反対だとか言っている場合ではない。ついていかなくては死ぬだけだ。

「エレベーターはまずかろうな。階段を使おう」

 私は横目で案内板を確認する。通り過ぎるギリギリで情報処理棟の文字を見つけた。

「地下20階だな。案外浅いところにあるみたいだ。つってもかなり降りるが」

「体力が持たなくなったら言え。抱えて走ってやる」

「恥ずかしいからなるべく御免こうむる」

 カエデは非常階段のドアを見つけると蹴破った。階段は金属製のしっかりとしたものだった。吹き抜けではないだけましだろうが閉鎖的な環境なのには違いない。挟み撃ちにされたらいくらカエデでも辛いかもしれない。しかしこれしかないのだから行くしかない。私達は一目散に駆け下り始めた。後ろを見るとドローンが何機も追いかけてきていた。放たれるレーザー光を間一髪でかいくぐる。服のすそが黒くこげた。

「むぅ、やっかいだな。どれ」

 カエデは唐突に立ち止まり後ろに振り返る。私はカエデを追い越しその後ろに回る。

「おい、どうした」

 そう言う私の前でカエデは階段に腕をズドンと突っ込んだ。肘辺りまで腕が埋まる。そしてそのまま階段を引っぺがした。メリメリと音を立てて階段は持ち上げ、その切り口を天井に打ち込んで通路に蓋をしてしまった。

「何つー力技だ」

「これで後ろのは何とかなったな」

 カエデは事も無げに再び走り始めた。私も慌てて走り始める。何というかここまで人間を超えた動きを見せられると返って清々しい気分になってきていた。オリンピックの超人技を見ている時の感動をさらに強力にした感じだ。などと考えていると前のにあるドアがはじけ飛んだ。飛んできたドアをカエデは左腕で薙ぎ払った。小型の多脚型が3台現れた。いや、さらにその下の階下からも上がってくる足音がする。さらに下にも何台も待ち構えているのだろう。

「ええい。さすがにキリがないな」

「多分この施設の全ての機械がこの階段に向かってるぞ」

「仕方ない。一気にたたむぞ。少し離れろ」

 そうカエデが言うとカエデの影がやけにくっきりと濃い黒色に浮かび上がっていく。それはのび広がりその影がある地面から沢山何かが飛び出した。それらはものすごい量で、銃弾をかき消しながら階下の多脚型達にまとわりつく。それは真っ黒なハチの群れだった。ハチたちは多脚型の関節や銃口に入り込み、瞬く間に行動不能にしていった。弱々しく震るだけで足一つ動かせなくなっている。私は何が起きたのかよく分からなかった。

「よし、行くぞ」

 私達は走り出す。ハチ達はいったいどういう原理の元発生したのか分からなかった。しかし、あの様子をそのまま形容するならば影からハチが出てきたといった感じだった。言葉にして自分でも常識はずれだとは思う。それではまるでファンタジーに出てくる魔法ではないか。

 私達はハチに襲われ動けなくなっている多脚型達の横を通り過ぎながら降り続けた。多脚型の量は尋常ではなかった。降りても降りても転がっているのである。その量は敵がカエデに感じている危険性を表しているようだった。私達はそれを避けながら、邪魔なものはカエデが蹴飛ばしながら進んでいく。再びドローンが現れたりもしたがカエデは壁を毟り取り、それを投げつけ破壊していった。カエデにとって鉄板は粘土か何かと同じのようだった。

 そうして降り続け私達はようやく地下20階までたどり着いた。私はもうヘトヘトであった。自分が年をとったのだとひしひしと感じていた。対するカエデは息一つ乱れてはいなかった。カエデがドアを開くといきなり巨大な砲身が出迎えたが、カエデはそれを発射された砲弾ごと蹴り飛ばした。

 巨大な拠点防衛用の多脚型だったが、後ろに控えていた小型のものも巻き込んで通路の突き当りに激突し、動かなくなった。

「やれやれ。すさまじい量だな」

「相手はお前をどんだけ怖がってるんだ」

「恐怖ではなかろうな。ただ危険だと思っているのさ。それで。どっちに行けばいいんだ」

 突き当りまで走ってカエデが言った。突き当りと言ってもロボットが団子になった塊が邪魔をしてほととんど通路になってはいなかった。

「中央に行けば良いはずだ。多分どっちからでも行ける」

 ここの構造上どこからでも中央へは行けると思われた。行った先でどんな仕組みになっているかはさておきである。

「そうか。しかし通りやすい方を選ぶべきだろうな」

 見ると右の通路からは沢山の機械達が迫ってくる。私達は左の通路を走り始めた。しかししばらく進んで通路がT字に別れると今度は前方から機械の大群が現れた。私達は右に曲がる。そんな感じでその先も機械の大群に鉢合わせルートが絞られていった。

「こういうことは素人にははっきり分からんのだが。ひょっとして誘導されてるんじゃないのか」

「だろうな。あからさまに道が作られている」

「マジかよ。完全に罠じゃないか」

「だからといってあの大群の相手は疲れるだろう。中央には向かっているんだし構わんさ」

「何が待ってるかわからないんだろう。引き返した方がいいんじゃないのか」

「大丈夫だ。何が出ても私が何とかする」

 力強い言葉であった。実際俺の知っているものでカエデに勝てそうなものはない。明らかに重機より力が強いし、得体のしれない能力も持っている。大体死なないのだから負けもくそもないように思われた。私は邪魔にならないように自分の身を守る事だけ考えていれば良さそうだった。

 機械の大群を避けながら空いた道を走って行く。カエデは余裕の表情だがあの大群を囮に使うくらいなのだから相当なモノが待ち受けているのだろう。機械達は警備ロボットとして扱われているが、その実軍事用とほとんど大差はない。機動性や耐久性、搭載AIも文句なく一級品である。装備が非正規品であるから劣るとされているが、それもここのプラントで製造された実験兵装で、場合によっては正規品を上回る性能も持つと聞く。それより強いものがこの前に待ち受けているということである。どういうものか見当もつかない。さっきカエデが言っていた中央演算装置の計画とやらと関係があるのだろうか。

「一体何が行われようとしているんだ。この先で」

「ほう、私の言葉を信じるのか」

「まだ半信半疑だが、ここまで異常な状況を見せられたら理由は知りたくなる」

「そうか。まぁどこから話したものか。じゃあ事の発端から話すとしよう。私が管理人のような事をしているという話はしたな」

「ああ、趣味なんだったな」

 変な発言であった。

「私が扱うのは世の中でな。端的に言えば世の中のパワーバランスが保たれるよう管理している」

「はぁ」

 また不思議なことを言い始めたと思ったが、話が進まないので聞き流す。それに今までの常識外れぶりを見ているとあながち嘘ではないような気もした。

「お前は知らないだろうが、まぁ知らなくてもいいんだが、世の中は危ういバランスで成り立っているんだ。一つの要素が少しでも大きくなっても小さくなってもバランスは崩れる」

 核兵器なんかのことを言っているのだろうか。確かに前世紀からの抑止力の見せ合いは今だに続いている。そのバランスは確かに一度核が使われれば崩れ去り、人類を滅びに導く危ういものではある。

「特に新しい要素など一番やっかい何だが、この間私はここで新しい要素が生まれるという情報を手に入れたんだ」

「新しい要素か。中央演算装置は超兵器でも作っているのか。核を越えるような」

 私の言葉がカエデは何故かおかしかったらしい。横顔を見るとにやけていた。

「核か。なるほど確かにあれもやっかいだな。だが私が扱うのはそういう類のものじゃないんだ。私が扱っているのは幻想世界だからな」

「幻想世界?」

 聞きなれない言葉である。歴史用語ではないようだし、科学用語でもない。私は首をひねった。目の前の通路からまた機械の大群が押し寄せ、私達は横道に逸れる。

「私が扱っているのは魔法がどうとか、モンスターがどうとかそういう世界なのさ」

「・・・・・マジで言ってるのか?」

 魔法。呪文を唱えて火だの水だのを操ったりするとにかく科学では説明できない超常現象の類。小説だのゲームだのではもう伝統ですらある。

モンスター。普通の生物の常識を超えた怪物達。こちらももはや完全に世の中に馴染んでいる。

 どちらも人間の空想である。現実には存在し得ないはずである。ここまで発達した科学文明がそれを証明している。そんなものが本当にあれば必ず文明の一部として存在しているはずである。しかしそれはどこにもない。

「信じられんか。まぁ、ここまで発達した科学文明に生きているんだから当たり前か。魔法のまの字も存在していないからな」

「そうだ。もし存在しているっていうんなら何で誰も使ってないんだ。おかしいじゃないか」

「それにはまぁ色々理由はある。使い手が隠しているとか。人間の目に触れられる所にないとか。習得する術が失われているとか。だが一番の理由は人間が魔法に興味を失ったことだろうな」

 カエデはどこか寂しそうであった。

「人間は科学を知ってしまった。自分たちがその全容を把握し、自分たちの手で確かに発展させられるものを知ってしまったんだ。正直な所魔法というものはその、面倒なものなんだ。法則らしい法則もないし、習得するだけで一生が終わってしまったりする。あまりに扱いづらいんだよ。だからだれでも使えて、法則さえ解明すれば理解もしやすい科学に駆逐されていったんだ」

 扱いやすい科学と、扱いにくい魔法。その2つが並んだ時人間は科学をとったということか。そして科学が発達していくと今まで魔法でまかなっていた部分をどんどん奪っていき、とうとう魔法は用なしとなったのか。まぁすぐに信用しろと言われても難しいのだが。魔法をおきざりにして人は科学を発達させてきたということらしい。

「とにかく魔法とかそういったものは存在している。そしてそういうものを中心とした世界を幻想世界というんだ。そしてそのパワーバランスを壊しかねない要素がこの先で作られている。だから私はそれを壊しに来た。ここまでが今までのの流れだな」

「何だって科学技術の結晶の演算装置がそんなオカルチックな領域に踏み込んでるんだ」

 私達は通路を抜けて広い空間に出た。どうやら職員が休憩するためのホールのようだ。机とイスが並び、自販機や大型液晶モニターが設置されている。床から天井まで白で統一されており密閉空間だというのに閉塞感を感じさせない。出入口は私達が通ってきたものと反対側にももう一つあった。

「さぁ、それこそ私には分からん。だが奴は人類が発展する方法を突き詰めいているんだろう?恐らくその先に行き着いた答えなんじゃないだろうか」

「行き着いた答えねぇ。難しすぎてよく分からんな」

 私達は並ぶ机の間を走り抜ける。しかし突如カエデは足を止めた。私も合わせて立ち止まる。カエデは私達の向かう先、このホールのもう一つの出入り口を睨んでいた。

「どうした」

「何か来るな。私に対する切り札か」

「じゃあここにおびき寄せられてたってことか」

「そのようだな」

 二人で警戒して見ていると出入り口の照明が点滅し始めた。点滅は間隔が短くなっていき、やがてぷっつりと止まってしまった。通路は真っ暗になった。その先に何かの気配があった。何かが唸っているような、何かが這いずりまわっているような、そんな気がした。私は息を呑む。粉のようなものが暗闇から漏れ出てきた。

「ここまで話したら大体分かるだろうが、この先に居るのは機械じゃない。中央演算装置が作ったのは最新兵器なんぞではないんだ」

「じゃあ何か。魔法の絨毯とかそういうアイテムなのか」

「そんなもの作ってどうするんだ。奴が作ろうとしているのは力だ。恐らく人間を殺し、我々に対抗するためのな」

 通路の奥でわだかまっていた何かが徐々にホールに漏れだし、やがて一気に吹き出した。私はたじろぎ一歩後ろに下がる。吹き出したのは砂のようなものだった。砂は私達が見上げる前方の空中で渦を作った。いわしの大群を連想させる。

「なんだこりゃあ」

 渦は通路から全ての砂を巻き上げると、一気に下降し、私達の前に降り注いだ。それは地面に着いた所から徐々に何かを型取り始めた。まず6本の獣のような足が現れ、次に痩せ細った胴体が現れ、それから長い尾と首まで裂けた口が現れた。最後にそうしてできた頭に目玉がいくつも浮き上がった。カエデはそれを睨んでいる。

「奴が作ろうとしているのは異形だ。我々の住む幻想世界でも最上位に匹敵する、正真正銘の怪物を作ろうとしているのさ」

 私の知っているどの生物からもかけ離れた巨大な怪物は、私達に向かって咆哮した。

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