第4話 必ずまた…


「おかえりなさい。エイミ。」


 エイミ達がラウラ・ドームに着くと、ミルディはエイミ達を出迎えてくれた。


「ただいま…ミルディ。」

「あなたに話したい事があるの……」


***


「…なるほど。そんな約束をまだ覚えてくれてたのね…」

「ええ…おそらく。」

「ずいぶん昔の事だったから…すっかり忘れてたわ。まさかミミちゃんがあんな事を覚えてたなんてね。」

「…ところで。あなたに言われた''例の件''。今、凄いことになってるわよ。ね、園長さん?」


 ミルディに呼ばれた園長はああ…と言いながら部屋の奥から出てきた。何やら信じられないと言った表情で手持ちのタブレット端末の画面を見ている。


「エイミくん…君にも見てほしい。」

 

 エイミは恐る恐る画面を覗き込んだ。


(少しでもうまくいってるといいんだけど…)


「……!これは!?」

「ああ…君に言われた通り…恥ずかしながら私はこのような方法を思いつかなかった。君のおかげだよ。情けない話だが…」

「……これで……!」


 そう言いながらミルディの方を見るエイミ。ええ、とミルディはエイミに向かってうなづく。


「何があったんだ?エイミ?オレ達にも教えてくれないか?」

「拙者も何が起きているか知りたいでござるよ。」

「仲間はずれは良くないデス…ノデ!」


 蚊帳の外のアルド達はエイミに向かって少しむくれた顔で尋ねる。


「あっ…ごめんね。今アルド達にも説明するわね。」

「実は……」


***


「なるほどな!そんな案を思いつくなんて…やるじゃないか!エイミ!」

「これならもしかするとあの遊園地を助けられるかもしれない…でござるな。」

「まさに素晴ラシイ案デス…ノデ!」

「ええ。じゃあ行きましょう!トト・ドリームランドへ!」

 

 そうしてエイミ達は全てにケリをつけるために、廃墟と化した遊園地に向かうのであった。


***


「…また来たわね。」


 そう呟くとエイミは遊園地の大きな門を見る。片方は外れかかっており、蜘蛛の巣が張っている。壁や遊具は相変わらずボロボロで、至る所に瓦礫が積もっていた。このどこかおどろおどろしい雰囲気はいつ来ても慣れないものだ。


「ところで…」


 そうきりだすとアルドはチラッと園長の方を見た。


「園長さんまで来て大丈夫なのか?」


 心配される筋合いはない、とでも言うようにふん、と鼻をならした園長はアルドに向かって答える。


「当たり前だろう!君達だけにまかせておくわけにはいかない。ここは本来私の遊園地なのだからね。」

「ま…まあ確かにそうだけど…」

「大丈夫よ。いざとなったら私達が守ればいいでしょ?」


 それもそうだな、とアルドはエイミに微笑みかけた。自分達が力を合わせれば園長を守る事はできるだろう。

 

「さあ…とりあえず先に進んで…」


 アルドがそう言いかけた時だった。突然園内の奥から植物のツタがエイミとミルディの体に絡み始めたのだ。おそらく園内を徘徊しているパラサイ・トトの体にまとわりついている寄生植物と同じものだろう。


「うっ………何……これっ……!?」

「くっ……だめ……外れないわ…」


 エイミとミルディは必死にツタから逃れようと試みるも、頑丈でしつこく絡みつくツタからは逃れられなかった。うわああ…と突然の出来事に腰を抜かす園長。アルド達は園長を庇うように武器を構えた。


「下がっててくれ園長!くっ…エイミ!ミルディ!大丈夫か?」

「待ってているでござる!拙者がこんなツタなど切り捨ててくれよう!」


 そう言いつつサイラスが武器を構え飛び出したその時___


(そうはさせないよ……)


 聞き覚えのある声が響くとともに、エイミとミルディはあっという間に園内の奥へと引きずりこまれてしまった。


「くそっ…!助けられなかったか!」

「さっきの声…おそらくミミちゃんの仕業だろう…やられた…!」

「ひとまず、あの二人を助けに行くでござるよ。」

 

 まずはエイミとミルディを助けなければ。

 

「な……なんだあのツタは…この遊園地は今…どうなっている!?」

 

 自分の目が信じられないといったふうに園長は叫んだ。


「落ち着いてくれ園長。とりあえず今はオレ達が守るから安心してくれ。大丈夫。きっと怪我はさせないから。」

 

 諭すようにそう言うとアルドは園長に向かってゆっくりとうなづいた。


「ああ…ありがとう…」


アルドの背中のあるオーガベインを見て少し安心したのか、園長はそそくさとアルドの後ろに隠れた。


「リィカ、エイミとミルディがどこに連れ去られたか分かるか?」


 こういう時にとても心強いのがリィカだ。今まで何度もリィカの解析機能に助けられてきている。リィカはお任せクダサイ!と言うと解析を始め出した。


「先程のツタが伸びてキタ方角…オヨビお二人が引きずラレタ距離を計算…」

「…出マシタ!エイミサンとミルディサンは仮想劇場にいるハズデス!ノデ!」


 そう言うとリィカは自慢げにツインテールをぐるんぐるんと振り回す。当たらないようサイラスはスッと素早く後ろに下がった。


「仮想劇場…オレ達がミルディ達と戦った場所か!」

「そのようデス。急ぎマショウ。」


 皮肉にもミルディ達と戦った場所へミルディを助けに行くなんて。そう思いながらもアルド達はエイミとミルディを助けるため、仮想劇場へ急ぐのだった…


***


「ふふ…私達二人で仲良く連れ去られちゃったわね。」

「これが笑ってる場合?大ピンチよ、今の状況…」


 どこか呑気そうなミルディと、それをみて呆れた様子のエイミは、二人して仮想劇場の舞台の上に連れ去られていた。体には相変わらず頑丈なツタが絡まっている。解こうとするとより力強く絡まるという厄介な仕組みになっているようだ。


「うっ…なんなのよこのツタ…」

「無駄よエイミ…余計に体力を使わない方がいいわ。」


「そうよ!無駄なのよ!」


 そう言うと劇場の奥からウサギの人形が姿を現した。


「ミミちゃん…!」

「おかえりなさい!エイミちゃん!ミルディちゃん!」

「戻ってくるなんて…やっぱりミミちゃんと遊びたいのね!」


 表情自体は変わらないままだが、その声はどこか嬉しそうだ。


「さあ!何して遊びましょう!みんなでいっぱい遊ぼう!」

「ミミちゃん…ごめんね。私達は…」


 エイミがそう言いかけた途端、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「まさか……!」

「エイミ!!無事かっ!?」


 エイミの予想通り、そこの現れたのはアルド達だった。遅れて園長さんも息をゼェゼェと切らせながら駆け寄ってくる。


「アルド…ッ!無事だったのね!」

「ふふ…ヒーローさんの登場ね。」


 ひとまずアルド達が無事だったことにエイミは思わず安堵した。その様子を見たミルディも心なしかホッとしているように見えた。


「道すがら奇怪なからくり人形が襲ってきたでござるが、拙者達が叩き斬ったでござるよ。」


 このような敵に負ける拙者ではない、というようにサイラスが少し自慢げに喉を鳴らした。


「ミミちゃんの大事なトトくんまで…!」

「大事な遊園地を荒らすやつは!許さなーい!」


 サイラスの言葉を聞いたミミちゃんが、怒りを滲ませながらアルド達の方へと目を向ける。


「やめてミミちゃん!アルド達は私の大事な友達なの!」

「エイミちゃん達を連れ去ろうとするだけじゃなく、トトくんにも乱暴するやつは!ミミちゃんがやっつける!!!」


 怒りでエイミの言葉はミミちゃんに全く届かなかった。ミミちゃんはもはやアルド達を倒すことしか考えていない。


「ミミちゃん!私だ!園長だ!こんなことはやめてくれ!」

「ダメよ園長さん!今のミミちゃんには何を言っても通じない!」


 目を赤く光らせたミミちゃんが、アルド達に飛びかかる。


「園長殿は下がっているでござる!」

「ひいいい……!分かった…!」


 サイラスの言う通りに、園長は素早く物陰に隠れた。


「よし!みんないくぞ!」


 アルドの掛け声と共に、廃遊園地での決戦が始まったのだった。


***


「これで…最後だ!」


 アルドがそう言うと同時に、オーガベインの鋭い一太刀がミミちゃんに向かって振り下ろされた。


「うっ……くっ…」


 アルドの一太刀を浴びたミミちゃんは、うめき声を出しながらヨロヨロとよろけると、ドシンと音を立ててその場に崩れ落ちた。もはや勝負はついていた。


「…っ!ミミちゃん…!」  


 ミミちゃんの力が弱まったのか、エイミとミルディを束縛していたツタが次第に枯れ落ちていき、二人を自由にしていく。そしてツタから解放されたエイミとミルディはすぐさまミミちゃんへと駆け寄った。


「ミミちゃん!しっかりして!」

「…ごめんね…」

「えっ…?」


 もはやボロボロとなったミミちゃんを心配したエイミだったが、ミミちゃんの思わぬ一言を聞いて思わず首を傾げた。


「ごめんね…こんなことして…」

「ミミちゃんホントはわかってた。」

「…エイミちゃん達はもうミミちゃんと遊べないんでしょう?」

 

 先程の攻撃の損傷が激しいのか、時折ノイズのような音が聞こえる。ミミちゃんの体のあちこちは機械の部分が露出されており、もはやマスコットキャラクターとは呼べない痛々しい風貌をしていた。


「……ええ。そうなの。」

「私とミルディはもうずいぶん大きくなったわ。もういつまでもミミちゃんと遊んではいられなくなったの。」

「私とエイミはお互いにやるべき事ができた…そして今はそれぞれすっかり別の道を歩んでいるけれど。」


 そう言うとエイミとミルディは顔を見合わせる。昔はあんなに二人一緒だったのに。思えば今ではすっかり別々になってしまった。


「ミミちゃん…ごめんね。謝るのは私達の方よ。」

「ずっと一緒にいるって…あの約束を覚えててくれたのね。」

「それなのに私とエイミは…すっかり忘れてしまっていたわ。」

「…本当にごめんなさい。」


 ずっとミミちゃんに言いたかった言葉。二人は絞り出すようにミミちゃんに向けて謝った。いつもは凛としているミルディも、少し目に涙を浮かべているように見えた。


「…いいのよ…」

「…だって…みんなミミちゃんのことを…」


***


 トト・ドリームランドがまだ栄えていた頃。遊園地には大勢の子ども達で溢れかえっていた。ジェットコースターの周りで響く叫び声。観覧車の順番を待ちながら会話をする恋人達。はしゃぎながらメリーゴーランドに乗る子どもと、その様子を楽しそうに見守る母親。そして何より人気だったのは、遊園地のマスコットキャラクター、ミミちゃんだった。お揃いのミミちゃんのグッズをつけて歩くIDAスクールの生徒や、ミミちゃんと記念写真を撮る子どもと両親の姿。トト・ドリームランドはその名の通りまさにみんなの夢の国だった。


 しかし事業が思うようにいかず、遊園地はどんどん衰退していった。客足は途絶え始め、いつしかあれほど人でいっぱいだった遊園地は閑散としていく。設備にお金をかける事もままならなくなっていき、立派だった遊具はどんどんボロボロになっていく。


 「ごめんな…ごめんな………っ!」


 涙をこらえながら遊園地の門を閉じる園長の姿を、ミミちゃんは忘れたことはなかった。


(みんなきっとミミちゃんのことが嫌いになったんだ。

だから会いに来なくなったんだ。)

(ワタシのどこがいけなかったの…?なんで会いに来てくれなくなったの…?

どうして…どうして…)


 あんなに自分を好きだと言ってくれた子も、あんなに抱きついてくれた子も、あんなに自分と会いにいてくれた子も…みんないなくなった。


 そしてミミちゃんはひとりぼっちになった。


 そしていつものように悲しみに暮れている時だった。エイミとミルディの姿を見たのは。私に会いにきてくれたんだ…!約束を果たしに来てくれたんだ…!


 ''これからは…もう独りじゃない。ひとりぼっちじゃないんだ。''


 ミミちゃんがそんな風に思っていた事を、あの時のエイミとミルディは分かっているはずもなかった。


***


ガガ…ザザ…


ノイズの音がより一層激しくなる。どうやらもうすぐ活動限界のようだ。機能停止は時間の問題だろう。


「聞いて…ミミちゃん。」

「実は私達…ミミちゃんに伝えたい事があって来たの。」

「………え…?」

「…園長さん。あれを。」


 エイミに呼ばれた園長は、ミミちゃんの方へ駆け寄りタブレットを取り出した。そしてミミちゃんにも端末の画面を見せる。


「……これは……?」

「…実はね。ネットワークシステムを使ってある事をしたのよ。」

「そう…それがこの''トト・ドリームランド復興プロジェクト''よね。」


 ミルディに先に言われてしまったエイミは、もう…と言うようにミルディの方を見た。だが、こういう難しい説明はミルディの方が適役だろう。


「ネットワークで復興の為の寄付を呼びかけるホームページを作ったのよ。支援金…みたいなものね。」

「私も正直全然期待していなかったのだけれど…園長本人が立ち上げた物だという事が話題になって。瞬く間に大勢の人に拡散されていっているわ。」


 どのくらいの金額が…?と気になったアルドは画面を覗き込んだ。0がずらりと並ぶ金額が映し出されている。一体何桁なのか…とにかくものすごい金額になっているという事はアルドにも分かった。これだけあれば暫くは贅沢には困らない生活ができるだろう。


「なにより…この遊園地によく利用していた人達が多かったみたい。もう一度遊園地に行きたいと要望する声が多いわ。」

「そう…それでね…実は園長宛に沢山のメッセージが届いているの。」


 そう言うとエイミは園長さんからタブレットを手渡してもらった。


「ほら…ミミちゃん。届いてるみんなのメッセージを読んであげるね。」


 エイミがミミちゃんに向けてゆっくりとメッセージを読み上げ始める。


「あの遊園地好きだった!」

「昔よく家族と行っていました。また行きたいなぁ。」

「マスコットキャラクターのミミちゃんのグッズまだ持ってます!」

「またミミちゃんに会いたい!」

「ミミちゃんとトトくん…今でも大好きです!」


「みん……な……」

「分かったでしょう?あなたを好きな人は沢山いる。あなたを大事に思う人も…たくさん。みんな…まだあなたのお友達なの。」

「たとえ会えなくなっても…みんなはあなたの事を忘れてなんかいなかった。嫌いになんかなってなかったのよ。」

「…それに。少なくとも私とエイミはあなたのことが大好きだけどね。」


 そう言うとミルディはエイミに向かって微笑みかけた。エイミもミルディの顔を見ると、また微笑み返す。


「だから安心して。あなたはもう独りじゃない。」


 エイミの言葉を聞き、ミミちゃんの目からオイルが一筋流れた。ずっとこのまま一人だと思っていた。みんな自分を嫌いになったと思っていた。でもワタシは…ひとりぼっちじゃなかった。


「あり……ガト… ウ…」

「みんナ…みンな……だい…スキ……」


 最後の声を絞り出したミミちゃんは、静かに機能を停止した。










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