第3話 エイミの提案


「KMS社研究施設建設計画……!?」


 スクリーンに映し出されている文字を見たエイミは、思わず叫ぶ。アルド達も神妙な顔つきでスクリーンの文字を見ている。


「それじゃ…!あの場所にKMS社の施設ができるってこと!?」

「…まさかそんな計画が立っていたなんてね。」


 ミルディが怪訝な表情で呟いた。KMS社が相手となると、あの廃墟遊園地が買収されて研究施設になるのは時間の問題だろう。


「ああ。あのKMS社が相手となってしまえばもう手だてはない。私は自分の遊園地が研究施設になるのをただ見ている事しかできないんだ…」

「そんな…!」


 続きを言いかけてエイミがハッ…と何かを思い出し、ミルディの顔を見た。ミルディもまたエイミの顔を見てうなづく。


「ええ…おそらくミミちゃんが言っていたのはこの事だったのね。」

「ミミちゃんが……?」


 ''ミミちゃん''という言葉に反応した園長が、エイミとミルディの方へ振り返った。


「い…いえ…なんでもないです…少し昔の事を思い出して…」

「…ふむ…?そうかね?」


 実はミミちゃんが動き出して、私とミルディを呼んでいたんです…なんて言ったところで信じてもらえるわけがない、と判断したエイミは急いで誤魔化すことにした。信じてもらえるとすれば、実際に園長さんの目で見てもらうしかないだろう。


「ねぇ…ミルディ…」


 エイミは小声でミルディに話しかけた。


「なに?エイミ?」

「ミミちゃんの事だけど…やっぱり…」

「…ええそうね。ミミちゃんが動き出したのはおそらく園長さんが遊園地を訪れた後よ。」

「そうよね…あの様子じゃ園長さんは何も知らなかったわよね。」

「まさか園長さんがあの計画の事を…」

「…そうね。おそらく遊園地が買収される事を知った事でミミちゃんは…でもそうだとしても…」


 たしかに普通に考えればおかしな話だ。だがエイミはそれは不思議な事ではないと感じていた。


「ねえ。アルド…」

「どうした?エイミ?」


 いきなり名前を呼ばれたアルドがエイミを見る。エイミは何かを決心した様子でアルドに話しかける。


「もう一度ラチェットさんに会いに行きたいの。いいかしら?」

「ああ…別に…構わないけど…」


 と言いながらアルドはミルディの方をチラッと見た。自分達が時空を超えて旅をしている、なんて事を知られると色々とややこしくなってしまう。


「…ふふふ。いいわよ。私はラウラ・ドームで待ってるわ。」


 何かを察したのか、ミルディは微笑を浮かべてアルドの顔を見た。


「ごめんねミルディ。少し待っててね。」

「それでね…ミルディと…園長さん。」

「私達が言っている間に……………」


***


「……して欲しいの。」

「な……なんと……!そんな事が本当にできるのか……?」

「…とても無謀な事だと思うんだけど…上手くいくとは思えないわ。」  

「たしかにそうかもしれない。でもやってみなきゃ分からないわ。よろしく頼むわね…二人とも。」


 エイミはミルディと園長に何か提案をしていた。エイミの提案を聞いた二人は少し不安げな顔をしている。それもそうよね…と思いながらも、エイミは二人にある事を託すことにした。


「じゃあ…行きましょう。アルド、リィカ、サイラス。」


 こうしてアルド達はパルシファル宮殿へ向かうために合成鬼竜へ乗り込んだ。


***


「ところで…なんでラチェットに会いに行く事にしたんだ?」

「ああ…それはね………」


 アルドの問いに対して、エイミはゆっくりと説明していった。


「…なるほど。つまりミミちゃんが動き出した理由は…」

「ええ。おそらく一種の''怨念''か何かだと思うの。きっと遊園地がなくなることに対してでしょうね。」

「だから、怨念とかそういう事はラチェットさんに聞いた方が早いでしょ?」

「たしかに…そうだよな。」


 そう言ってアルドはラチェットの顔を思い浮かべる。今日もまた忙しくしているのだろうか。思えばラチェットにはかなりお世話になっているだろう。毎度毎度手助けしてくれるラチェットの心の広さに感服しつつ、いつかきちんとお礼の品でも持っていくかな…とふと考えたアルドであった。


「もうすぐパルシファル宮殿に着くでござるよ!」


 サイラスの掛け声とともに、合成鬼竜はパルシファル宮殿近くで着陸した。


***


「あら。いらっしゃい。今度は何があったの?」


 もはやラチェットは慣れた様子でアルドに尋ねた。何か相談される事はもう見透かされているらしい。調べ物が終わったのか、あの山積みだった本はきちんと棚に整理されていた。


「実は…」


***


「なるほど…おそらくお嬢さんの見立ては大体合ってると思うわ。」

「ただ一つ違うのは…おそらくその怨念の行き先は''あなたとそのお友達''だということね。」

「えっ…?」

 

 思わずエイミが声をあげる。


「ミミちゃんは遊園地がなくなる事が許せないんじゃ…」

「いいえ。おそらく…その遊園地とかいうのがなくなると知って、早くあなた達との''約束''を果たしたいと思っているんじゃないかしら。」


 ラチェットの言葉を聞いて、エイミはトト・ドリームランドに行った事を思い出す。あの時…ミミちゃんとエイミが会った時…たしかにミミちゃんはエイミとの約束について激昂していた。


(ミミちゃんが動き出したのは…私とミルディのせいなの?)


「まあ…あなたの夢にまで化けて出てくるなんて相当思われてるのね…」

「ま…まあ…あはは…」


 喜ぶ事なのかどうか分からず、エイミはただ苦笑するしかなかった。


「この事件を解決するカギはズバリ、あなたがその約束を思い出すことだと思うわ。」


 覚えていない物を思い出せ、と言われても…とは思うのだが、もはやそれ以外に手立てはない。


「…そうですね…頑張ってみます。」

「本当にありがとう。ラチェットさん。」

「いいのよ。また何かあったら教えてね。」


 エイミ達はラチェットに対して丁寧にお礼をした後、部屋を後にした。


***


 パルシファル宮殿の広い廊下を歩くアルド達。エイミは少し浮かない顔をしていた。


「約束…なんだったかしら…」

「昔のことだから覚えてないのね…どうすればいいのか…」


 ミミちゃんと交わした約束が何なのか思い出せず、エイミは途方に暮れている。


「まあ、ゆっくり思い出していけばいいんじゃないか?何かがきっかけでふと思い出す、なんて事もあるかもしれないし。」

「拙者も昨日食べた夕食ももう覚えてないでござるよ。」

「それは励ましになってるのか…サイラス…」

「ワタシは大事な情報は全て頭にインプットしてイルノデ忘れるコトはアリマセン!ノデ!」


 そう言いながらリィカは上機嫌でツインテールをぐるんぐるんと回す。


「…私もアンドロイドになろうかしら…」

「…ええ!?本気かエイミ!?」

「なんと!エイミ殿も''あんどろいど''になるでござるか?」

「…冗談よ。」


 エイミの冗談を間に受けたアルドとサイラスに対して、なんで信じるのよ…という呆れた目で二人を見ながら、エイミはまたミミちゃんの事を考えた。


「わーい!わーい!ねこさんのおにんぎょうだぁー!」


 途方に暮れているエイミとアルド達に向かって、前から小さな女の子と母親が歩いてくる。女の子に手にはネコの姿をしている人形があった。


「あら…あなた可愛いネコちゃんを持ってるのね。」


 小さな女の子の可愛らしい姿に、思わずエイミは声をかける。


「うん!そうでしょー!おかあさんがつくってくれたの!」


 そう言うとその女の子は宝物を自慢するかのように、誇らしげにエイミに人形を見せる。


「まあっ…!そんな大した物じゃないのに…」

「どれどれ…」


(こ……これは……)


 その人形は決して綺麗ではなく不恰好だった。薄めで見れば若干犬にも見える。しかし…


(きっとこのお母さんは一生懸命このお人形を作ったのね…)


 エイミはチラリと母親の手を見た。やはり指には包帯が巻かれている。きっと慣れないなりに一生懸命この子のために作ったのだろう。


「うん…すごくかわいい。ステキなネコちゃんをもらったわね。」

「うん!ずっとだいじにする!」


 そう言って女の子は愛おしそうに人形の頭を撫でた。


「ずっといっしょだよ……」

「…えっ?」

「さっ…そろそろ行きましょう。お父さんが待ってるわ。」

「皆さんは旅の方でしょう?どうぞお気をつけて…」

「ああ。ありがとう。」


 アルドはそう言うと女の子に向かって小さくバイバイをした。そうして母に手を引かれ少女は帰っていったのだった。



「ずっと…………一緒……?」

「…?エイミ?どうした?」


「ああ……そうだったのね…あの時の…!!」

「エイミ…!?」


***


 …私とミルディは昔、よくトト・ドリームランドに遊びに行っていた。二人でジェットコースターに乗ったり、苦労して貯めたお小遣いでお揃いのグッズを買ったり。思えばあの頃は楽しかった。楽しい日々はいつまでも続くんだと、そう思っていた。きっとミルディもそう思っていたに違いない。''約束''をしたのは…おそらくあの時だ。


『やあ!ミミちゃんに会いに来てくれたのねぇ!』

『ミミちゃん嬉しいなー!』

『みんなはミミちゃんがすきー?』

 

 トト・ドリームランドにいるマスコットキャラクター達は、みんなロボットの人形だ。話す言葉も来客用に設定されたセリフしか言えない。自分の意思など持たない。ミミちゃんも例外ではなかった。


「うん!ミミちゃんはわたしのおともだちだもん!」

「ちょっとエイミー。わたし''たち''のおともだちでしょー?」


 べーだ!と笑う少女は幼い私だ。隣でもう…と言っているのは幼いミルディ。いつも遊園地に行った時は必ずミミちゃんに会いに行っていた。


「べー!ミルディよりもわたしのほうがミミちゃんすきだもん!」

「そんなことない!!!」


(あの頃はとても仲が良かったけど…喧嘩も沢山したな。今思い出せばすごくくだらない事が理由で…)


「ねえ!ミミちゃんはわたしとミルディどっちがすき!?」

「エイミじゃなくてわたしよね?ミミちゃん!」


『ミミちゃんはみんながだーいすき!』

『ずっとみんなと一緒よー!』

『今日はいっぱい楽しんでいってね!』

「きいた?ミルディ!」

「うん。エイミ。ミミちゃんはみんながだいすきなのね。」


 もちろんミミちゃんはエイミ達に返答をしているわけではない。

でも、小さい頃の私達はミミちゃんが答えてくれたと思ったのだろう。


「ミミちゃん…でもね。わたしたちはみんなよりもずーっとミミちゃんが好きだよ。」

「わたしも…だいだいだーいすき!」


「ミミちゃん!ずっといっしょだからね…だいすき!」

「わたしもだよ…ミミちゃん。」

「やくそくよ!やくそく…」

 

 そう言って私とミルディはミミちゃんに抱きついた。


「……ほ……んと?」



「えっ?ミルディなんかいった?」

「ううん…そらみみってやつじゃない?」

「ふーん…そっかぁ…」



(やく…そく……ずっと……いっしょ……)



 だけど、私達はどんどん大人になっていった。私には私のやりたい事。ミルディにはミルディのやりたい事が、それぞれできた。次第に私達が一緒に過ごす時間はどんどん減っていった。ごく自然に。もう''遊園地なんか''に行く事などなかった。そしてミミちゃんとの約束も…あっという間に忘れてしまった。


(ミミちゃんはあんな約束をずっと覚えててくれてたんだ…)

(でも…もう私達はあの頃とは違うの…)



***


「未来に戻りましょう。アルド。」


 エイミは静かに言った。


「もしかして…約束とかいうのを思い出したのか!」

「ええ…はっきりと思い出したわ。」


 あの女の子には感謝しないとね…とすでに遠くに行ってしまった親子を遠目で見ながら、エイミは続けた。


「私と…私とミルディはミミちゃんと話をしなくちゃいけないわ。」

「これは…私達の問題なのよ…」


 そう呟くとエイミは合成鬼竜の場所へと歩き出すのだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る