第2話 ミミちゃん
「………はっ!」
エイミが勢いよくベッドから飛び起きる。アルドにとってこの光景は二度目であった。
「大丈夫かエイミ!?」
「もしかして花の効果が…」
「ええ…あんまり効かなかったみたい。」
「そうか…それは困ったな…」
もはや手立てはないのかと、アルドは思わず腕を組む。
「でもね、一つ分かった事があったの。」
「分かった事…でござるか?」
サイラスが不思議そうにゲコ‥とまた喉を鳴らした。
「ええ。私の名前を呼んでいた正体…それが分かったの。」
「本当か!?誰だったんだ?」
「誰でござるか!?」
アルドとサイラスが同時にエイミに尋ねる。よほど気になっている…といった印象だ。
「ちょっと落ち着いて…二人とも。」
「私を呼んでいたのはね。ミミちゃんよ。」
「ミミちゃん…?」
アルドとサイラスが同時に首を傾げる。その光景は少し滑稽だった。
「うん。ミミちゃん。トト・ドリームランドのマスコットキャラクターよ。」
「''トトくん''と''ミミちゃん''…かつてあの遊園地が栄えていた時はそういう愛称で親しまれていたの。」
「みんなでお揃いのミミちゃんのグッズを買ったり…そうね。今思い出せばすごく懐かしいわ。」
そう言うとエイミはくすっと笑う。
「それで…なんでミミちゃんがエイミの夢に出てくるんだ?」
「それは…分からない。どうしてミミちゃんだったのか…」
「ねえアルド。サイラス。私と一緒にトト・ドリームランドに行ってくれない?ミミちゃんに会ってみたいの…」
「ああ。もちろんだよ。エイミを放っておいたりなんかできないしな。」
「拙者も行くでござるよ。この事件の真相を知りたいでござる。」
「ありがとう…二人とも…」
エイミが二人に向かって微笑みかけた。絶対にこの事件の真相を暴いてみせる。エイミはそう決心したのだった。
***
アルド達はトト・ドリームランドのミドルエリアまで来ていた。
「トト・ドリームランドデスネ。昔はとても人気があったヨウデス。」
「リィカまで…私のためにそんな大勢で来てくれなくていいのに…」
申し訳なさそうにエイミが呟いた。イエイエ、と話すのはリィカだ。アルド達がトト・ドリームランドへ行くと聞いてついて来たらしい。
「それで…肝心のミミちゃんはどこにいるんだ?」
「おそらく観覧車の所よ。ミミちゃんはいつも観覧車の近くで子ども達と触れ合ったりしていたから。」
「観覧車…拙者には馴染みのない物でござるな。」
「よし。とりあえず観覧車がある場所に行ってみよう!」
「その必要は、ないよ。」
ドシン!という鈍い音と共に、何かがアルド達の背後に立った。アルド達は反射的に身構える。
「誰だっ!?」
思わず叫んだアルドだが、そこにいたのは巨大な大男でも、合成人間でも警備用ドローンでもなかった。
「わーい!久しぶりねえエイミちゃん!待ってたよ!」
「ワタシ…ミミちゃんのこと覚えててくれたのねぇ!嬉しいな!」
「エイミちゃんがこの遊園地に来たことはすーぐに分かったよ!」
大きな耳につぶらな瞳。可愛らしい笑みを浮かべている''ウサギ''のようだが、白い水玉の赤いフリルのスカートを履いており、体は小さな少女のような風貌だった。しかし可愛い顔はススまみれで、服は全身くたびれている。遊園地が''廃墟''と化してしまった事を嫌でも実感させられてしまっていた。
「…っ!ミミちゃん…」
もはや自分が知っているミミちゃんとは違う''ミミちゃん''を目の当たりにして、エイミは少し怯んでいた。だが怯んではいられない。ミミちゃんに聞かなければいけない事があるのだ。
「ミミちゃん…。夢の中で私を呼んでいたのはあなたなのね?」
「うん!そうだよー!」
「ミミちゃん…なんで私をあんなに呼んでいたの?教えてくれない?」
「なんでって…そんなの決まってるよ!」
「エイミちゃんに会いたかったからじゃない!」
「そんな理由で…」
エイミが言い終わらないうちに、ミミちゃんがエイミに向けて話す。
「''そんな理由''?」
「エイミちゃんにとって…ミミちゃんと会うのは''そんな事''なの?」
「そ…それは……」
さっきまでの朗らかな態度とは一変して、ミミちゃんの様子が変わっていく。
「……うそつき。」
「……え?」
ミミちゃんの口から出た''うそつき''という言葉に、エイミは思わずミミちゃんに聞き返さずにはいられなかった。
「エイミちゃんも他のニンゲンと同じなのね。」
「みんなミミちゃんのことが…いらないのね。ミミちゃんなんかどうでもいいのね。」
「ちょっと待って…ミミちゃん!」
「うそつき…うそつき!あの日約束したのに!」
「や…約束…?」
「エイミ…大丈夫なのか…?」
アルドがエイミに心配そうに尋ねる。それもそのはず、ミミちゃんは明らかに怒っていた。可愛らしい笑顔とは裏腹に、言葉にどんどん怒りが滲んでいく。もはや笑顔を浮かべている事がかなり不自然だった。
「園長さんも…エイミちゃんも…みんなみんな…」
「……え?園長さん…?」
「園長さんがここに来て言ってた。もうこの遊園地もおしまい。跡形もなく消えちゃうって。ごめんねって。」
「…!?どういうこと?」
「うるさい!もうエイミちゃんなんか見たくない!出てけーーーーっ!」
ミミちゃんの叫びを皮切りに、まるで女王を守る兵隊のように一斉にパラサイ・トトが動き出す。アルド達を遊園地から追い出そうとしているのは明らかだった。流石のアルド達もこの数を相手にするのは厳しいだろう。
「緊急事態デス!一度退散する方が得策カト!」
「ああ!エイミ!ひとまず逃げよう!」
「で…でも……」
「さあ!逃げるでござるよ!」
サイラスに手を引かれ、エイミは思わぬ形で廃墟と化したこの遊園地を去ることになるのだった___
***
「とりあえず一旦ここまで来れば一安心か?」
ゲートスクエアまで逃げてきた一行は、息を切らせながらなんとか追手を振り切った。乱れた呼吸を整えながら、サイラスがうなづく。
「おそらくここまで来れば大丈夫でござろう。しかし…」
サイラスが続きを言い終わらないうちに、エイミが補うように続ける。
「…ミミちゃん。すごく怒ってた。」
「約束って…なんだったんだろう。分からない…」
「でも私がその''約束''を忘れてたから、きっとミミちゃんはあんなに怒ってたんだわ。」
「…たしかに。その約束とかで怒ってたよな。」
うなづくようにアルドが言う。ミミちゃんがエイミに対して怒っているのは、誰の目にも明らかだった。
「…その様子だと、あなたもミミちゃんの怒りを買ったみたいね。エイミ。」
「あ…あなたは…!」
気がつくと一行の後ろに一人の少女が立っていた。つい最近に見覚えのある姿。はらりと長い髪をたなびかせながら、どことなく不思議な雰囲気を漂わせている彼女に、エイミが反応するよりも先にアルドは思わずその名前を呼んでいた。
「君は…ミルディ!」
クロノ・クランのメンバーであり、もう一人のメンバーであるクラグホーンと共にオーガの鍵を巡ってここ、トト・ドリームランドの劇場で戦ったのは記憶に新しい。''イド''と呼ばれる不思議な力で一行を苦しめたのは、アルドの記憶にもしっかりと刻まれている。
「ふふ…エイミったらまた珍妙なお仲間さんを引き連れてるのね。」
ミルディはサイラスを目の端で捉えるとくすっと笑った。一方、サイラスは''珍妙なお仲間''がまさか自分の事だとは露ほども思わず呑気に喉を鳴らしている。
「そ…そんなことよりなんでミルディがこんなところにいるのよ!」
エイミの問いにうーん…と少し考えるふりをした後、口元に微笑を浮かべながらミルディはエイミに向かって言った。
「…あなたと同じよ。私もミミちゃんに呼ばれて来たの。」
「ミミちゃんに導かれるままここに来たはいいけれど…私もエイミと同じような目に遭ったわ。」
「ミルディも!?あっ…そういえば目の下にクマが…」
「…っ!…ちょっとジロジロ見ないで…っ!エイミ……!」
自身も気にしていたのか、エイミにクマを指摘され慌てて恥ずかしそうに目を覆う。いつも凛としてそうなミルディの恥ずかしがっている姿は新鮮だった。二人の様子を見たアルドは、どことなくミルディとエイミは似ているところがあるのかもしれないな…としみじみ感じていた。
「あんなに何度も呼ばれたら寝られないわ…ここ数日は十分な睡眠をとれていないのよ。」
「あはは…ミルディもそうなのね。私もよ。」
「それで…クラグホーンは?」
エイミの問いにミルディは静かに首を横に振る。
「…これは私の問題。いくらなんでも彼を巻き込むわけにはいかない。」
「私たちは星の意志のために力を合わせる。でもこれはそれとは関係ない。私一人の問題だから。」
「そう…ミルディとクラグホーンってずっと一緒にいるのかと思ってたわ。」
そんなわけないでしょう、とミルディはまた首を横に振った。
「とにかく…私一人で問題を解決するのは難しいわ。」
「そこでねエイミ…私から提案があるのだけど。」
「私と協力しない?」
ミルディの協力、という言葉にエイミは少し驚いた。まさか協力を提案してくるなんて。エイミはどうする…?と言わんばかりにアルドの方をチラリと見る。
「ああ。いいんじゃないか?オレ達の目的は同じだしな。」
「昨日の敵は今日の友…と言うでござるからな!」
「心強い仲間が増えレバ安心デス!」
ついこの前戦った相手をそんなあっさり信用するなんて大丈夫なの…?と少し心配したエイミだったが、ミルディを受け入れてくれた事はエイミにとって素直に嬉しかった。
「…分かった…少しの間だけ。手を組みましょう。ミルディ。」
少しの間があった後、エイミはミルディとの協力を受け入れた。ミルディはエイミの返答を聞き、ふふ…とエイミにむけて少し微笑みかける。
「ありがとうエイミ。少しの間だけどよろしくね。」
「それで…私達に協力を求めてくるってことは…何か心当たりでもあるの?」
さすがね、とでも言うようにミルディがエイミに向けて少しうなづく。
「さっきミミちゃんが言ってたでしょ?園長が…って。」
「…まさか!」
「ええ。すでに園長の居場所は突き止めてあるわ。」
「実は一度、ここトト・ドリームランドについてクラグホーンと少し情報を集めていたのよ。」
「詳しいことまでは分からなかったけど…園長が現在''ラウラ・ドーム''にいるという事は突き止めていたから。」
「ラウラ・ドーム…そこに園長がいるのね。」
ラウラ・ドーム…ここからだと少し遠いが、合成鬼竜ならひとっとびだろう。
「アルド。みんな。ラウラ・ドームに行ってみましょう。」
皆が一斉に頷くと、アルド達はラウラ・ドームへと向かうのであった。
***
「…私の調べではここに園長がいるはずよ。」
ミルディが指を指したのは、ラウラ・ドームにあるこじんまりとしている小さな家だ。あの巨大な遊園地の園長がここに住んでいるというのは、にわかには信じられなかった。もっとも、今は遊園地は廃墟と化しているのだが。
「トト・ドリームランドはだいぶ経営状況が悪かったようね。色々な企画を作ってはいたけれど結局は全部うまくいかなかったみたい。そのまま事業は軌道に乗らず経営破綻、というわけね。」
「そしてあとは想像の通りよ。遊園地は放置され…とうとうあんな廃墟になったのね。」
「なるほどね…」
そう言いながらエイミはミミちゃんの事について考えていた。ボロボロの服に煤だらけの顔。人間の手で作られたミミちゃんが人間に見捨てられるなんて…ミミちゃんはどんな思いをしていたのだろうか。
「とにかく、中へ入ってみようか。」
アルドの提案にエイミがうなずくと、一同は家の中へと足を踏み入れた。
***
「…こんにちは。お邪魔します。」
エイミが男性に向かって礼儀正しい様子で言った。突然の来客に驚いたのか、家の中にいた男性は驚きを隠せない様子で一向に尋ねる。
「だっ…誰だね!?君達は。」
「あの…あなたがトト・ドリームランドの園長さんですか?」
エイミの口から出た''トト・ドリームランド''という言葉に一瞬顔を歪めながらも、園長と思わしき人物はエイミの問いに答えた。
「いかにも…私があの遊園地の園長''だった''者だ。」
「あの…園長さん。園長さんに聞きたいことがあるんです。」
「その……あの遊園地はもう無くなってしまうんですか?」
エイミの質問に一瞬つまる園長。どうやら園長はあの遊園地を相当気にかけていたようだ。
「…相手が悪いんだ。」
ポツリ、と呟いたかと思うと、園長は少し切なそうに窓の景色を見る。一面金色に染まった小麦畑の小麦達も、そよそよと少し悲しげに風に揺られているように思えた。
「あの土地はもうすぐ買収される。瓦礫も遊具も…何もかも全て片付けられ、もうトト・ドリームランドは跡形もなく消えてしまうだろう。」
「買収……?誰が…?」
「…KMS社だよ。」
KMS社……!?思わずエイミとミルディは顔を見合わせる。KMS社。もはや未来の世界で知らない人はいない、と言っても過言ではないほど巨大な大企業にしてその名を轟かせているが、黒い噂は絶えない。アルド達も旅を続ける中で何度かKMS社の闇に触れていた。
「…そんなに気になるならこれを見てみるといい。今スクリーンに映し出してあげよう。その件について詳しく書いてある。」
そう言うと園長はプロジェクターを使ってスクリーンに何かを映し出した。スクリーンには大きな字でこう映し出されている。
「……KMS社研究施設建設計画…!?」
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