壊れかけの人形とありし日の面影(随時更新していきます)
セシル
第1話 不思議な夢
オーガ族との戦いから数日が経った。
激しい戦いは多くの傷跡を残しながらも、みんな前に向かって進んでいる。もちろん、アルド達も例外ではなかった。
「…なんだかこの前までの戦いが嘘みたいだな…」
アルドがボソ…と呟く。
「ええ…本当に。」
穏やかな表情でエイミが答える。
アルド達一行は戦いを終え、バルオキーに帰ってきていた。アルドとエイミは村を散歩しながら、つかの間の平和なひとときを楽しんでいた。
「あっー!アルドお兄ちゃんとエイミお姉ちゃんだ!」
「今かくれんぼしようとしてたんだけど、二人も一緒にやらないー?」
アルドとエイミの姿を見て村の子ども達ははしゃいでいる。本来、エイミはこの時代からは遠い未来の人間なのだが、アルドとの旅で何度も村を訪れているため、子ども達にすっかり顔を覚えられてしまっていた。
「ははっ。元気いっぱいだなみんな。」
「どうするエイミ?ちょっと付き合ってあげるか?」
……………
「エイミ?」
「え…え………そうね………」
「すこし………だけ……な……ら………」
バタッという音がした後、エイミは倒れていた。いきなりの出来事にアルドは慌てるが、すぐにエイミに無事か呼びかける。
「エイミ…?エイミッ!大丈夫かっ!?」
アルドは必死になってエイミの体を揺さぶった。脈もある。大丈夫。死んでしまったわけではない。
「お…お姉ちゃん……?」
「みんな!助けを呼んできてくれ!」
子ども達は慌てて近くの大人に助けを求める。そうしてエイミは村長の家に運ばれるのであった……
***
辺り一面暗い場所。そこでエイミは独りぽつりと立っている。
「エ……イミ………」
「エ………イミちゃん……」
「私の名前を呼ぶのは誰…?」
「誰なの…?ここはどこ…?」
エイミは素早く辺りを見回すが、自分以外には誰もいない。
「あなたが誰か分からない…知らないわ…」
「何故私の名前を呼ぶの?あなたは誰…?」
……………
「知らない…だって…?」
「ワタシを知らない…!?エイミちゃん……!!」
「きゃあああああ!!」
そう叫ぶと慌ててエイミはベッドから飛び起きた。全身は冷や汗でびっしょり濡れてしまっていた。
「うわあああ!!!」
「あれっ…?アルド…?」
思わず二人は顔を見合わせる。
「ああびっくりした…急に飛び起きてどうしたんだよ…エイミ。」
「ア…アルド…。もしかしてベットまで運んでくれたの?」
「ああ。俺のベッドじゃないよ。フィーネのベッドを借りてる。」
「村でいきなり倒れて…みんなに手伝ってもらってここまで運んだんだ。」
「そっか…。ごめんね。そんな事させちゃって。」
エイミの顔が申し訳なさそうに下を向いた。
「いいって。困った時はお互いさまだろ?」
「ふふっ…そうね。ありがとう。」
「…ところでどうしたんだ?何かあったのか?」
「さっきといい何か様子がおかしいぞ。どうかしたのか?」
アルドは真剣な眼差しでエイミを見ている。その眼差しは本気でエイミを心配しているようだ。
「…実は…最近変な夢を見るのよ。」
「夢…?」
「ええ。ここ数日毎晩。内容はほぼ同じ。」
「エイミ…って私の名前を呼ぶの。でも私はその声に全く聞き覚えがなくて。」
「あなたは誰…?って聞くんだけど、結局分からないまま目が覚めるのよね。」
「それであんなにうなされてたのか…」
ゆっくりとエイミがうなずいた。その額はまだ汗で濡れている。確かにエイミの目の下には濃いクマがあった。
「そうなの。だから最近寝れてなくって…疲れが溜まってたのかも。」
「なるほどな。ひとまず疲れが原因で良かったよ。」
「でも…夢…か。なんだか不思議だな。」
「ええ。しかも同じ内容なのよ。そんな事ってあるのかしら?」
うーん…とアルドは首を傾げる。たしかにあまり聞いた事がない。
「まあ…オレはいつも快眠だからなぁ…」
「…でしょうね…。」
アルドがグースカ寝ているのはエイミでも安易に想像がついた。
「それなら他の誰かに相談してみたらどうだ?」
「相談って…誰に相談するのよ。」
「パルシファル宮殿のラチェットっていう人を訪ねてみよう。その人に話してみれば何か分かるかもしれない。」
「パルシファル宮殿…古代ね。分かったわ。行ってみましょう!」
こうしてアルド達は古代へと向かった。
***
「うーむ。それはなんとも面妖な夢でござるな。」
そう言うとサイラスはゲコゲコ…と喉を鳴らした。
「サイラス…別についてこなくてよかったのに。」
「いや、仲間の危機とあれば放ってはおけないでござるよ。」
「まあ…危機ってほどでもないんだけどね。」
「でも…ありがとう。」
いいでござるよ、とでも言わんばかりに、サイラスはまたゲコゲコと鳴いた。
「さっ、みんな。そろそろラチェットの所に着くぞ。」
***
アルド達が部屋の中に入ると、ラチェットは忙しそうに本の整理をしていた。
「あら。久しぶりね。サイラスもいるじゃない。」
「久しいでごさるなラチェット。また来たでござるよ。」
「いきなりごめん、ラチェット。今忙しいかな?」
「ええそうね。今ちょうど個人的な調べ物についての本を整理していたところなの。」
ラチェットの周りには山積みの難しそうな本が置かれている。どうやら沢山の本を読み込んでいたらしい。一体一冊何ページあるのだろう。アルドが読めばたちまちベッドの枕と化しそうな本だ。
「実は…ラチェットに相談したい事があって来たんだけど…」
「いいわよ。少しくらいなら。何かあったの?」
「実は…」
***
「…なるほどね。たしかにそれは不思議ね。」
「夢魔の仕業…かもしれないけど、そんな例は聞いた事がないわ。」
「夢魔…夢に現れ人を苦しめるという魔物でござるか。」
「ええ。でもおそらくそれとは違うと言っていい。」
「そうか。じゃあ一体…」
アルドがそう言うとラチェットは静かに首を振る。
「…分からない。一体何が原因なのか…」
「ならお手上げか…困ったな。」
「そんな…」
エイミは思わずうつむいてしまった。
「ごめんなさいね。力になれなくて。」
「いえ…いいんです。私のことで時間をとらせてしまってごめんなさい。」
「いいのよ。私の方でも何か情報を集めておくわ。」
「ところで、とりあえず安眠がとれればいいのよね?だったら私に一つ提案があるんだけど。」
「提案…ですか?」
エイミは首を傾げる。ええ、と頷くと、ラチェットは分厚い一冊の本を取り出して、アルド達に開いて見せた。ページには深い紫色の綺麗な花の挿絵が載っている。
「これはね、ジラーニっていう花なの。コリンダの原によく咲いてるんだけどね。この花を煎じて飲むと安眠作用があるのよ。」
「なるほど。ひとまず応急処置というわけでござるな。」
「ええ。そうよ。せめて眠れるようになれば良いと思ってね。」
「でも気をつけて。ジラーニの花の汁にはヨルザヴェルグをひきつける効果があるわ。扱いにはしっかり注意を払うのよ。」
「ヨルザヴェルグ…コリンダの原にいる魔物だな。分かったよ。ありがとうラチェット!」
ラチェットに礼を言うと、一行はコリンダの原へ向かったのであった。
***
コリンダの原に着いたアルド達は、ジラーニの花を探していた。
「あった!これじゃないか?」
アルドが手にしている花は、たしかに深い紫色をしている。香りも少し普通の花とは独特なようだ。なんというか、少しキツい。
「きっとこれよ!さあ、あとはこれを煎じるだけね!」
「そういえば扱いには気をつけろとラチェットが言っていたでござるな。何やら汁に魔物をひきつける効果があるとか。」
「そうだったわね。じゃあ私が大事に持っておくわ。」
「よし。じゃあすぐにその花を煎じてみよう!」
「ええ……そう…きゃっ!」
エイミは小さく叫ぶとその場にどさっと転んでしまった。どうやら小さな石につまづいてしまったらしい。
「大丈夫かエイミ!?」
「いてて…うん…大丈夫…」
「転ぶなど、エイミ殿らしくないでござるな。」
「寝不足だからフラフラしちゃってるのかも…ん?」
「…?どうしたんだ?」
「い…今…ぐしゃって音がした…ような…」
エイミが恐る恐る立ってみると…自分がさっきまで転んでいた場所に無残な姿になった花があった。手にはべっとりと花の汁がついている。おそらく数日は落ちないだろう。どうやらさっき転んだ時に自分の手で花を潰してしまったらしい。
「あはは…ごめん…花…潰しちゃった…」
そう言うとエイミはアルドとサイラスに深い紫に染まった手のひらを見せた。驚くほど花の汁まみれだ。
「えーーーっ!」
「な…なんと…」
「仕方ないじゃない!転んだ時に思わず手で潰しちゃったのよ…多分…」
「別にいいけど…でもラチェットの話によると…」
アルドが言い終わる前に、バサッバサッ…という何かが羽ばたく音が聞こえた。音はだんだんとアルド達に近づいてくる。
「まあ…そうだろうな。」
アルド達の前に現れたのは、3羽のヨルザヴェルグだった。花の汁の効果だろうか?何やら興奮している様子だ。
「キュェェェェェ!!」
「3羽も…すごいわね…この花の汁の効果…」
「感心してる場合ではないでござるよ!」
「…来るぞ!みんな!」
アルドの声を皮切りに、コリンダの原で戦いが始まった。
***
「あった…新しい花。」
ヨルザヴェルグとの戦いを終え、アルドはそう言うと新しいジラーニの花をそっと地面から引き抜いた。エイミは潰れた花に向かってひっそりとごめんね…と呟いた。
「次は俺が持っておくよ。」
「そ…そうね…任せます…」
「さあ、ではバルオキーの家でこの花を煎じてみるでござるよ。」
「ああ。戻ろうか。バルオキーに。」
***
バルオキーに戻ったアルド達は、ジラーニの花をフィーネに頼んで煎じてもらっていた。
「はい。花を煎じてみたよ。」
「ありがとうフィーネ。さあ…エイミ…」
「うん…」
そう頷くとエイミは花を煎じたものを一気に水で飲み干した。強烈な苦味が口いっぱいに広がる。
「っっっ…!苦っっっ!!何これ!?」
「良薬は口に苦し…というでござろう?きっと効くでござるよ。」
「ははっ。サイラスの言う通りだな。どうだエイミ?効いてきたか?」
「……エイミ?」
ZZZZ……
「ねっ寝てる……」
***
気がつくとエイミは辺り一面暗い場所にいた。辺りをそっと見回してみる。もはやすっかり見慣れた光景だった。
「嘘でしょ…?また……?」
「エイミ……エイミちゃん…」
「…いやっ…!やめてっ!」
エイミは恐怖で思わず目をつぶる。
「覚えてない…?ワタシのこと……」
「えっ…?」
エイミはそっと目を開いた。
「覚えてない…ワタシ…」
「ワタシ…ミミちゃんのこと。」
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