5.名探偵「脳(ブレイン)」と異世界の犯人
その後、冒険を進めた僕らは、ついに魔王城へとたどり着いた。
思えば、ずいぶんと長い道のりを歩んできた気がする。
いくら万能な「ブレイン」のバックアップがあったとはいえ、自分は生身の人間なわけで、死ぬ思いをしたことはいくつもあった。
しかし、その道中で、表情の伺えない「ブレイン」との絆をはぐぐむことができた。
予期しないこととはいえ、「ブレイン」の考えていることが、テレパシーの外からも読み取れるようになった。
目の前で食事をこれみよがしにするといういじわるをこちらがすれば、お返しに僕のはずかしい性癖をズバズバと言い当ててくる。
まさに、長い時間を共に過ごした、悪友といえた。
そうすると、最初は得体のしれない世界にしか思えなかったここが、紛れもなく確かな自分の居場所に思えてくるから不思議だ。
「ハッ!!」
そんな回想に浸りながら、僕は必殺の一撃を放った。
斬撃を受けて声もなく倒れる魔王。
「犯人」探しをしながら冒険を進めてきた僕らにとって、魔王ですら、もはや僕と「ブレイン」、2人の敵ではなかった。
(やはり、こいつは「犯人」ではなかったか)
戦闘に巻き込まないために、魔王の部屋の片隅に避難させておいた「ブレイン」がテレパシーで呟く。
僕は苦笑して
「相手が倒れたら、分かるものなのか? 」
(ああ。そうなれば、私の勝利として、今までは自動的に次の世界に転生していたからな)
「なるほど。となると、これだけ長い旅をしてきたのに、『犯人』につながるものは、何も得られていなかったわけか」
僕が肩を落とすと
(まあ、そういうな。ほれ、魔王を倒した褒美に、何か出てくるらしい)
「……ん?」
見ると、「ブレイン」の言う通り、魔王の姿が透明化して消えたかと思うと、その跡に、禍々しい剣が突き刺さっていた。
見るからに強力な剣。力をさずけてくれそうな剣だ。
「これは……すごいな」
まがりなりにも勇者の役目を果たした僕にも分かる。
これは、相当に強力な武器だ。
(入手しておけば、「犯人」に対抗する術にもなるだろう)
「ブレイン」の言葉に僕は頷くと、気合を入れて、その剣を引き抜く。
とたんに、様々なものが、自分の体に流れ込んできた。
禍々しい、何かが。
前提を切り裂くようななにかが。
魔王が今までため込んできていたような悪意が。
すべてを破壊できるような力が。
体の中心から這い上がって、隅々まで、「それ」はいきわたった。
(……? どうした、固まって)
『ブレイン』が心配してくれたのか、声をかけてくる。
僕は努めて冷静な口調で言った。
「……なあ、『ブレイン』。前に、『犯人』の転生先の条件について、検討したことがあったよな? 」
(ああ。)
「それ、もう一度言ってくれないか。おさらい、しておきたくてさ」
(……?)
『ブレイン』は戸惑いながらも、僕の問いに答えてくれた。
(奴の転生先の条件としては、
①人間以外か、人間だとしても老体か、何らかの弱った状態であること
②無生物ではないこと
③『脳みそ』である私に、危害を加えうる存在であること。そして、つけ加えるとしたら、「犯人」である以上、私の前に、推理の手がかりとして自らの情報を開示していること、が挙げられる)
僕は頷いて。
それから言った。
「考えてみて欲しい」
(……何をだ?)
「……記憶を失った男は、『①』にあてはまるとはいえないかな? 」
(……?)
「……一諸に冒険を繰り広げて、逐一行動を共にしていた相手というのは、自分の情報を常に開示していることにはならないかな? 」
(……)
「……そして、もし、①でいう不足を補う何かを、冒険の果てに手に入れたとしたら、それは『犯人』にふさわしいとは思えないかな? 」
(……なるほど)
『ブレイン』は悟ったようだった。
(……私にも、葬るチャンスがあったということか。戦いの指示などせずに、そのまま見殺しにしておけば)
「……楽しかったよ、『ブレイン』」
(……私も、楽しかった)
本当に、そう話す『ブレイン』の声は楽しげだった。
僕は頷いた。
数々の思い出を振り返る。
そして笑った。
そして、力を込めて―
「犯人」としての斬撃を、この世界最高の頭脳に向けて振り下ろしていた。
―了―
名探偵「脳(ブレイン)」と異世界の犯人探し 半社会人 @novelman
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