4.名探偵「脳(ブレイン)」と推理

 僕は道行く人に話を聞き、この世界が魔族の頂点である魔王に支配されており、人間や亜人達がその圧政に苦しんでいることを知った。

 どうやら魔王を打倒する勇者が望まれていることだけは確からしい。

 なら、「犯人」をその道中で探すことに、それほどの不都合もあるまい。


 半ば覚悟を決めて、所持していたマネーを費やして武具を買った僕は、さっそく魔王城を目指して冒険の旅に出た。

 本当は冒険者のギルドに入って、チームを組んで出かけたかったのだが、どうやらひよっこもひよっこの僕は、ギルドへの入会資格すらなかったのである。

 

 というわけで、おっかなびっくりと歩を進める僕。

 街の正門からつながる道は、目覚めた時にいた背が高い草の迷路とは違い、魔族が山のように潜んでいるらしい。

 完全に腰がひけたままの冒険だった。


 早くも絶望しかかっていた僕だったが、

(いいから、私にまかせておきたまえ)

 その言葉とおり、名探偵「ブレイン」は、戦いなどしたこともなかった僕に対して、優秀という形容詞だけでは言い表せないほどのアシストをしてくれた。

 名探偵だからなのか、見知らぬ魔族が現れたとしても瞬時にその行動パターンを見抜き、不思議な力で僕とシンクロさせ、的確な行動を起こさせてくれた。

 運動神経のかけらもない僕が、俊敏な2メートルの悪魔を一撃で倒せたほどだ。

 

(こいつにはこうだな。あいつにはそうだ)

 ぬめぬめとしたとらえどころのないスライム相手には、コアとなるところを的確に見抜き。

 分裂を繰り返すやっかいな相手には、その能力を止めるためのツボを指摘し。

 腕力でごりおしてくる巨大ゴーレムには、僕と再び体をシンクロさせて、機敏な動きで翻弄して倒した。


 いつのまにかギルドが定める僕のレベルは90に達し、強力な魔法をいくつも覚え、鉄壁の防御力を誇るようになった。

 「……さすがは名探偵」

 (これくらいは当然だ。頭脳を正しく使えさえすれば、どんな相手であろうと遅れをとることはない)


 自分の人生史上、これほど頼もしい「脳みそ」もなかった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 冒険の途上で、僕らは度々「犯人」について語り合った。

 膝をつきあわせーることはできないので、僕が「ブレイン」を目の前において、ぺットに語りけるような目線で問う。

 「まず、本当にお前のいう『犯人』はこの世界に転生しているのか? 」

 (それは間違いない。今まで外れたことのない勘が、私にささやくのだ。「奴」はまた転生した。この世界で何かを企んでいる、と)

 いつもは文字通り「頭脳」そのもので理知的なのに、妙なところで感覚にたよるやつだ。

 僕は頭をかきながら

 「じゃあ、仮にそれが真実だったとして。『犯人』はどんな姿に転生しているんだ? この世界にいくつの種族があって、どれだけの人口がいるのか分からないけれど、どこにいるのか、どんな姿をしているのかも分からない相手を見つけるなんて、不可能だぞ」

 (どんな姿をしているのかということはさておいても、どこにいるのかということに関してはさほど問題ではない)

 「……? どうして? 」

 (なぜならば、私は「名探偵」であり、奴は「犯人」だからだ。「名探偵」なくして「犯人」は存在しえず、その逆もまたしかり。私が「犯人」の転生を知覚しているということは、あちらも私の転生を認識しているということになる。であれば、「犯人」が犯罪を成すのに、私の存在は邪魔になる。悪事の計画を進める一方で、必ず私にも接触を試みてくるはずだ。転生当時どこにいたとしても、必ず近づいてくる。だから、どこにいるかということは問題ではない)

 

 「……それが本当だとしても、さ」

 僕は2人のパーティーのうち自分しか味わうことのできない食事を口にしながら

 「どんな姿をしているのか分からないんじゃ、見つけようがないし、警戒のしようもないだろ? 不意打ちされたらおしまいじゃないか」

 (相手の姿が分からないのは、「犯人」にとっても同じこと……と、前までいた世界ならそう言えたのだが、今回私は「脳みそ」だからな。怪しまれて、すぐに正体が露見する恐れはある。)

 「なら……」

 (だが、不意打ちということは考え難い。いつの時代も、「名探偵」と「犯人」は頭脳戦を繰り広げるものだ。相手を殺せばそれでおしまいという単純なものではない。必ず何か手がかりになるようなものを開示したうえで、私を狙ってくるはずだ)

 「手がかりって……どんな」

 (それはまだ分からない)

 「分からないのかよ!」

 (データが足りないのだ。データがないことには、どんな推理も組み立てることができない。だが、どんな姿をしているのか、ということについて、予想を立てることはできる)

 

 「……本当か?」

 それこそ、いろんな種族がいるこの世界で、土台無理な話だと思うのだが。

 (真に可能だよ。)

 「どうやって?」

 勢い込んだ俺とは対照に「ブレイン」はあくまで冷静で

 (例えば、前回からの転生と、私が「脳みそ」で転生したという事実を鑑みれば、「犯人」が完全な人間として転生したとは考え難い。先の世界が老いた体であった以上、私のように人間の器官の一部などか、むしろ人間でない種族に転生したと考える方が蓋然性は高いだろう)

 「 それはまあ……たしかに」

 (では、人間以外であれば何にでも転生できるのか? それも考え難い。転「生」という以上、そしてこれまでの転生の実績を考えても、すくなとも無生物ではないはずだ。これは突き詰めれば、膜に覆われた細胞を持つだとか、恒常性があるだとか、生物とは何かという議論にまで発展しかねないが、「犯人」という、何かを「犯す」存在である以上、意思のある存在であると定義すれば十分だろう。つまりそこらへんの草木に転生している可能性はないということだ)

 

 それもまあ、それなりに頷ける話だ。

 

 名探偵「ブレイン」は、名前にふさわしく頭脳を回転させて続ける。

 (さて、これで人間でなく、無生物でもない、この特異な世界に存在している生物に転生していることまでは分かった。次に考えるべきは、魔族か亜人のどちらに転生しているかということだ)

 「『犯人』として悪事を働くのなら、強力な力を持った魔族の可能性の方が高いんじゃないか? ……っていうか、もしかしたら、魔王そのものなのかも」

 (それはない)

 「……なんでだよ?」

 (いったとおり、私と「犯人」の転生力はひどく落ちているのだ。先の世界で老体にしか転生できなかったようにね。「脳みそ」という人間未満に


名探偵」である私が転生した一方で、「犯人」が人間よりおおむね強力な魔族に、それも魔王に転生しているとは考え難い)

 「……それはそうかもしれないけど、じゃあ、亜人に? 」

 (そちらの方が可能性は高い。人間でもなく、無生物でもなく、魔族でないのならばね。しかし、亜人といっても、その種は優に万を超える。大まかにわけたとしても百はくだらないだろう。その中で何に転生しているかを見分けるのは、私にとっても難しい問題だ)

 「それだと容疑者の範囲が広いままじゃないか……」

 極大な範囲が、少し狭まっただけだ。

 

 「ブレイン」はしかし慌てた様子はなく

 (しかし、私達がーより正確に言えば私がー接触するような亜人ということになれば、そこからさらに、多少は範囲が狭まるだろう。例えば、亜人の中でもサキュバスは、そもそも魔族側の存在ということもあるが、あれは男の精気をすいとるために存在している。私は見ての通り「脳みそ」だけなのだから、生殖機能など持ち合わせていない。ゆえに、私に攻撃が通用しないサキュバスに転生している可能性は低いし、仮にしていたともしても、それであれば私の脅威ではない)

 「……そういうものなのか? 」

 (ありそうなこと、という意味ではね。同じ理屈で、インキュバスも除外されるし、姿を映しとる系統の亜人も考え難い。私の姿を映したところで、動けないのなら意味がないからね。)

 

 僕は少し考える。

 これまでの転生の条件からありうる種族を絞り込み、自身に危害を加えうるという特性から、さらに範囲を限定する。論理的といえば論理的だ。

 ……だが。


「……ちょっといいか? 」

 (なんだね?)

 僕は疑問をそのままぶつけた。

「人間より弱いものに転生しているはず、っていう条件は実際にお前が「脳みそ」に転生している事実から、可能性はある。でも、お前に攻撃を加えられる存在に転生しているはずっていうのは、そもそも『転生先を選べる』前提がないと成立しなくないか? お前だって、別に「脳みそ」になって転生することを選んだわけじゃないんだろ?」

 (なるほど、一理あるな。しかし、私は確かに「脳みそ」として転生することを選んだわけではないが、「脳みそ」として転生するべく転生したのだとは思うよ)


「……どういうことだ?」

 (つまりだね、そもそも我々が転生を繰り返してきたのは、仮に神のような上位存在がいたとしたら、その意志によるものだ。そして、その意志の下、いわば本能に従って、それぞれ「名探偵」と「犯人」の役割を務めてきた。もちろん私が名探偵であるのは自分の意志に基づくものだが、その意志を私に植え付けたのは、我々には知覚できない「上位」の存在かもしれない。)

 「……名探偵が神様なんて信じていいのかよ」

 (あくまで議論のための仮の存在としてだよ。実際には単なる偶然かもしれない。しかし、偶然にしたところで、転生した世界で記憶を失わず、私は「名探偵」の、奴は「犯人」の役割を務めてきたことは事実だ。とすれば、その転生先の姿形にしても、その役割を体現するようなものになっている可能性が高い。)

 「それで、『脳みそ』……?」

 (そのとおり。「名探偵」といえば、まさしく「頭脳」の象徴だからね。「脳みそ」にも転生しようというものだ。とすれば、そんな「脳みそ」である私を葬るのに特化した存在に「犯人」が転生した筈だというのも、あながち的外れではあるまい)

 「……そうなのか? 」

 (そうなのだよ)


 いまいち納得できなかったが、こいつが言うのならそうなのだろう。

 何より、推理を展開しているときの「ブレイン」は、「脳みそ」だけの姿だというのに、本当に楽しそうだった。

 皺だらけの本体が笑って見えるくらいに。

 

 ……まあ、相棒が楽しそうにしているのはいいことだ。 

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