3.名探偵「脳(ブレイン)」と異世界の犯人探し

 名探偵「ブレイン」は、混乱する僕をよそに、淡々と自らの出自を語った。


 曰く、「ブレイン」は元は人間であり、警察から助言を乞われるような、高名な名探偵であったらしい。

 優秀すぎる頭脳で謎を解決し続けた彼は、やがて自らに勝るとも劣らない知力の持ち主と出会う。

 「奴」は名探偵と同等の頭脳を持ちながら、そのベクトルを犯罪に向け、世界を大混乱に陥れようとしていた。

 それまではいわば片手間で難事件を解決できてしまっていた名探偵は、初めて出会った好敵手に胸を躍らせる。

 同時に「奴」の悪行に義憤を感じ、正義を果たすために絶対に許してはならないと感じた。

 知力と知力がぶつかりあう、激しい戦い。

 辛くもその頭脳戦を勝したのは名探偵の方だったが、「奴」は断末魔に放った弾丸で名探偵を殺してしまう。

 勝利の快感に酔う時間もなく、名探偵はそこでこと切れた。


 しかし、名探偵と「奴」の戦いはそれで終わらなかった。

 死んだはずの名探偵は、知力はそのままに、姿形がまったく異なる状態で、別の世界に転生していたのだ。

 それと同時に、「奴」が転生していたことも、説明しがたい勘のようなもので察知していた。

 名探偵は「奴」が企てるであろう悪行を阻止するべく、かくして世界を旅することになった。

 そうして見つけた「奴」にしかし、名探偵は今度は破れてしまい、高らかに笑う「奴」の姿を見ながら死亡した。


 そして、名探偵はまた転生した。

 そして目覚めたばかりの意識で確信した。

 「奴」がー世界を混乱に陥れる「犯人」がーこの世界に自分と同じく転生していることを。

 

 どちらかが勝てば、その世界での勝負は終わり、自分たちはまた転生をすることを。


 それから、彼らはいくつもの転生を繰り返した。

 ある時は名探偵が犯人を見つけ、その計画を阻止した。

 またある時は、犯人の方が名探偵に先んじて、その命を奪った。

 血で血を洗う戦いが、いくつもの世界にわたって繰り広げられた。


 転生先の世界にあわせて様々な犯罪を考える犯人。

 転生先の世界にあわせて様々な推理でそれを阻止する名探偵。

 何の運命か、彼らは命が尽きてもすぐに転生し、その勝負が終わることはなかった。

 

 (だがー)

 と名探偵「ブレイン」は相変わらず淡々とした口調で

 (転生を繰り返すごとに、お互いの体はボロボロになっていった。ついこの前の世界では、最初からお互い老人だった。激しい頭脳戦の一方で、体がまったく追いついていなかったのだ。)

 「……それで」

 (そう、それだからこそ、最新の転生先である世界では、ついに私は「脳みそ」として転生してしまった。まさか体すら持たないとは、さすがの私でも驚いたよ。転生を操っている神様がいるなら、ずいぶん残酷なゲームを仕掛けてくれたものだ)

 そういうわりにはまったく悲しそうなそぶりがない。

 (感情がある程度摩耗しているのかもしれない。元々人間だったときも、自分は体より頭脳が本体だと思っていたくらいだ。それくらい私は優秀だった。そんな私の目的はただ一つ、「犯人」を見つけ出して、計画を阻止し、世界から葬り去ることだ)

 

 「……お前の事情はなんとなくわかった」

 何回も転生を繰り返してついには「脳みそ」だけになってしまった名探偵なんて馬鹿げているが、そもそも僕が一度死んだのに生きていることが、そんな馬鹿げたことも実際にあり得るという証明になってしまっている。

 「だとしても、だ……」

 僕は頭を振って

 「なんで僕がお前に協力を? 」

 (私の意思が通じるのは君だけだし、君が転生した勇者なのだとすれば、私は君の道中に同行し、アドバイスを授ける文字通りの「ブレイン」の役割があるのだと考えられる。協力というより、むしろ君が私を連れていくのは必然なのだよ。そんななかで、私の役割である「犯人」探しに協力してほしいということだ)

 「…………」

 納得したわけではない。だが、このままなにもしないわけにはいかないような気がしていることも事実だ。


 「……わかったよ、名探偵」


 こうして、僕と名探偵「ブレイン」の、世界救出兼「犯人」探しの旅は始まったのだった。

 

 

 

 

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