2.名探偵「脳(ブレイン)」と宿敵の「犯人」

 目覚めた場所の近くには、奇妙な住人達が住む街があった。

 びっくりした僕は、手近な宿に入ると、なぜか所持していた見慣れない金貨を預け、廊下をいってすぐの部屋に入った。

 建物の外観にふさわしく、最低限の内装しか備えていない。

 

 僕はベットのそばのローテーブルに「ブレイン」をそっと置いた。

 ベットの端に腰掛けて、想像していたとおりのごわごわとした感触に嫌気を覚えながら、そいつに語りかける。

 「……なんだんだよ、この街。それに、僕にはなんで記憶がないんだ。何がいったいどうなってこうなってるんだ!」

 僕の荒い語気にひるむ様子もなく、「ブレイン」は笑って(正確にはそんなような雰囲気を発して)、

 (落ち着き給え。感情というのは冷静な思考に際して最も邪魔になるものだ。まずは今に至るまでに君に起こったことを教えてくれ)

 

 相手がそんな調子では、こちらだけ興奮しているのが馬鹿らしくもなる。

 「そんなこと言われても……僕は、自分の記憶がなくて、ただ、ひどく痛い思いをしたことだけ覚えてて」

 (なるほど。では、ことは単純だ。君は「転生」を果たしたのだよ)

 「……転生?」

 (そう、転生だ。君は一度死んで、生き返ったんだ)

 「あんな犬みたいな人がしゃべったり、すごく耳の長い人がいたりするのも、そのせいだと?」

 (この世界ではそれが当たり前なのだろう。逆にいえば、君がその事実に驚いているということは、自らの記憶を失う前の君が、そういった亜人が存在する世界にいなかったことを示している。記憶を失っても、常識に関しては正常な判断を有していることはままあるからね。つまり、君はどこかの世界で死亡して、この世界に転生したのだと考えられる)

 「……だとしてもどうして『脳みそ』が直接僕に声を届けられるんだよ?」

 (それは、思うに、君は特別な使命を帯びて、この世界に転生したからだろう)

 「……どういうことだ?」


 僕の純粋な疑問に、「ブレイン」は(ふむ……)と少し考え込んだ様子だったが続けて

 (つまりだね、どこの世界にもあるものだろう? 別の世界に転生した人間が、特別な使命を帯びた勇者で、その世界に巣食っている悪ー多くの場合魔王ーを倒し、その世界を救うという物語は? 君はその転生した勇者なのだよ、思うに)

 「……なんでお前のテレパシーが通じることが、イコール僕がその勇者であるという結論につながるんだ?」

 (なぜかといって、「脳」単体で自立しているというのは、どんな世界でもやはり奇妙なものであろうし、その奇妙な存在である私の意思が通じ、かつ転生者であるということは、すなわち特別な存在ーそれこそ救世の勇者である可能性が高いからだよ)

 「……よく分からない」

 (まあ、そこらへんの理解は最悪どうとでもいいだろう。問題は、むしろ私の方だ)

 「……どうでもよくはないんだけど」

 僕の不満も「ブレイン」は軽く聞き流して

 (その勇者であるところの君にぜひ頼みたいのだよ。「犯人」探しを)

 「『犯人』って、いったいなんのことだ?」

 (もちろん、「名探偵」と対比しての「犯人」さ。私と「犯人」は、いくつもの世界を転生しながら、戦いを繰り広げてきたのだ)


 「ブレイン」はなぜか自慢気にそういったのだった。

  

 

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