第3話 三人の女

「三人・・・?」

 父親のその言葉を聞き、二人の息子はむしろ困惑を深めた。

「まず一人はアリアドネ殿として、残る二人は?」

 見当違いの返答にステファノスは呆れ果てた。

「阿呆が。典侍殿のお心がディオンに無ければ、そもそもこの話は成立せぬ」

 とんでもない間抜けがいたものだと次男をしかりつけたが、ステファノスは間抜けがもう一人、この場にいたことに気付いて渋面を作った。迂闊にも自分もそのことをディオンに確認していなかったのである。

「待て・・・典侍殿のお心がお前にあるというのは本当に確かか? まさかとは思うが、お前の勝手な思い込みということはあるまいな。もしそうであれば我が家は大恥をかくくらいではすまされぬぞ」

 そう言われるとディオンも不安になる。ずっと前から自分に対して好意があるとアリアドネからなんとなく感じ取っていただけで、確たる言葉を二人の間で交わしたわけではないのだ。

「いえ、決してそのような・・・たぶん、いや、おそらくは」

 話すにつれて父、ステファノスの表情が曇るのを見て、ディオンは言い直した。

 ドラグテノも呆れ果てたという顔で弟に視線をやる。

「なんだそれは。頼りないことだな」

 あくまで全てはディオンの主観ということになる。とはいえ子供の仲では聡いほうではあるし、何より嘘をつかないという美質を持った子である。

「・・・・・・・・まぁそこは信じるとしよう。だが忘れるな、それは大前提だ」

「だとするとますます分かりませぬ。三人の女人とは?」

 二人の息子たちには考えがまったく及びもつかぬものらしかった。一人くらいは名前が出てくるだろうと期待していたステファノスは、これではわが子たちの行く末が案じられると内心、嘆息した。

「一人目は我が姉にしてそなたらの伯母、オフィーリアよ」

 ステファノスが口にした一人目の名前を耳にし、ドラグテノとディオンは揃って眉をひそめた。

 無理もない。オフィーリアは王家の最年長者として宮廷内で一目置かれていると言えば聞こえはいいが、実際は感情のまま無文別に行動し、いらぬ騒ぎを引き起こすものだから官吏から女官にいたるまで煙たがられているといった表現が正しい。

 だがセルウィリアがオフィーリアを可愛がって、その行動を咎めだてしないために官吏や女官たちも存在を無視するわけにもいかず、頭を悩ませる問題となっていた。

 オフィーリアは言うなれば王家における厄介者である。

 しかも王家に産まれた子供はもれなく、何かと世話好きな彼女におむつを替えてもらったり子守をしてもらったことがあり、何かというとそのことを口にするものだから、これまた頭が上がらない。もちろん二人もその例外ではなかったため、血の繋がりは濃い伯母ではあるが、できるならば関わり合いにならず、少しでも遠くで過ごすことを心掛けていた。

「そのような顔をするな。仮にもお前たちの伯母だぞ」

「ではありますが・・・伯母上が関わるとかえって問題が複雑になりはしないでしょうか?」

 ディオンは己の心に浮かんだ懸念を迷うことなく口にした。

 オフィーリアは感情と直感のままに生きる女性である。関わって話をややこしくこそすれ、このような複雑な問題の解決に向けて必要な知恵を生み出してくれるとは到底思えない。

 納得しかねる表情のディオンにステファノスはにやりと笑って見せた。

「今回のことだが、まず声を上げることが難しい」

「声・・・?」

「何の声でしょうか?」

「典侍殿が入内することは国家の慶事であるだけでなく、陛下の意向まで絡んでいる。これに異見があるということを誰かが天下に告げ、入内へと進む流れを止めねばならぬ」

「わかりますが・・・それは必ずしも伯母上でなければならぬことでしょうか?」

「例えば私やディオンが入内に物言いをつけると、当事者である以上、そこにはどうしても角が立つ。陛下もいい気はなさらぬであろう。さすれば陛下の歓心を買おうとし、我が家の追い落としを謀る輩が出ないとは限らぬ。そうなれば政治的な色がつき、結果がどうあれ遺恨が残る。それは避けたい。とにかく今度のことは王と我が家との間の対立ではなく、単なる個人的な男女の問題ということにせねばならぬ。となると我が家と政治的に深く繋がりのない、他の人物の口から異議があることを発しなければならない。かといってすでに陛下が内意を漏らしている以上、我が家のためにそれに反対する声を上げてくれる義侠心のある者がいるかどうか」

「・・・それはおらぬでしょう。下手をすれば陛下の不興を買うことになります」

「その通りだ。そこで姉上の登場となる。確かに血の繋がりだけならば我が家とは誰よりも濃いが、そなたらすら距離を置くほどに姉上はあらゆる政治的な立場を超越している。姉上の口から出た言葉は内から出でたる感情の発露であって、深い考えがあってのことではないと誰しもが思う。姉上は実に得な立場におられるのだ。これを利用しない手はない」

「なるほど」

「つまり我々としては姉上に声を張り上げてもらわねばならぬ。幸いにして、これは容易い。そなたから姉上の耳に話を入れるだけでよい。姉上は頼まれたら気が大きくなる御仁だから、陛下の立場や不興を買うことなどお構いなく声を上げてくれるであろうよ。誰よりも大きな声でな」

「心得ました」

「次に二人目だが・・・」

「・・・二人目は?」

 全くあてが思いつかない兄と違って、弟の方は今度は心当たりを思いついたようであった。

「もしや、姉上では?」

 ディオンは帝の寵姫、自分の姉である弘徽殿女御ロクサーナの名を口にした。

 だがそれもまた見当外れであったらしい、ステファノスは浮かぬ顔でディオンに問い返した。

「違う。ロクサーナには弘徽殿女御としての立場がある。それではまるで嫉妬から典侍殿の入内に反対しているように思われるではないか。そんな小人であると思われてはロクサーナは女人として、また弘徽殿女御として立つ瀬がない。帝の覚えも悪くなろうし、それが分からぬ子ではない。承諾はすまいし、後々のことを考えれば今度のことは関わらせないほうが良いであろう」

「となると・・・ほかに候補がいましょうか?」

「わからぬか?」

「全く」

「はて・・・一向に」

「わからぬか。太皇太后様よ」

「太皇太后様!」

「太皇太后様・・・確かに」

 その名に今度は二人とも納得の顔である。

「典侍殿は太皇太后様の秘蔵っ子だ。結婚するには必ず太皇太后様のご許可がいる。それに陛下といえども太皇太后様には頭が上がらぬ。太皇太后様の意向はこの国では誰も無視はできぬ。太皇太后様さえディオンに典侍殿を嫁がせると決めていただければ、話はそれで終わるのだ」

「確かに・・・父上のおっしゃる通りです」

「ただここで問題がある。太皇太后様は存命する中では格別に典侍殿を愛されており、その次が陛下であろう。そして典侍殿のお相手として陛下以上の人物はこの国ではどう考えても見当たらぬ。太皇太后様は陛下と典侍殿のご結婚をお喜びこそすれ、反対はすまいということだ。この意見を変える必要がある。だがこれはなまなかには変えることは叶わぬ。単純に考えて見よ。嫁がせる相手として王と武衛校尉とでははなから比べ物にならぬ」

「父上のおっしゃることは分かります。しかし太皇太后様のお考えを変えをどのようにして変えるおつもりで・・・?」

「そこで三人目の女人の力が是非ともいるということになる。この世で太皇太后様のお考えを変えることができるたった一人の女人の力が」

「そのような方、おられようものでしょうか? 昔ならば大尚侍様や前相国といった方がおられましたが」

 後宮を長年取り仕切り大尚侍と呼ばれたグラウケネも、さきの相国ラヴィーニアもとうに致仕し、この世を去って久しい。この二人に比べたら存命の女官や官吏は小物に過ぎる。あるいは男性にもその対象を広げたとしても、マフェイやゴルディアスといった宮廷内のかつての大物が去った今、太皇太后セルウィリアに正面切って物を言えるのはステファノスただ一人であるといってよい。該当者が見当たらないように思えた。

「わが母、そなたらの祖母殿よ」

 二人はますます困惑した。そうではないか。セルウィリアとウェスタの不仲は広く知られている。セルウィリアは今の世では聖祖と並んで悪く言われることのない特別な存在であるが、二人とも祖母ウェスタの口からセルウィリアの悪口をじかに聞いている。それどころか二人の仲の悪さはこの国では童すら知らぬ者すらいないのだ。

 犬猿の仲とはまさに二人のためにあるような言葉なのである。

 よってウェスタがセルウィリアに頭を下げるということも思いつかないし、よしんばウェスタがセルウィリアに頼み込んでも、セルウィリアが首を縦にするとは思われなかった。

「そういう顔をするな。お前たちの言いたいことはわかっておる。だがあの二人には二人だけの関係があるのだ。若いからわからぬかもしれぬが、人は使いようによっては毒にもなるが薬にもなるということよ」

「・・・はぁ」

「まぁ任せておけ」

 二人とも、特にディオンはあの祖母がこの問題に絡んでくることには大いに不安があったが、さりとて他に良い思案が思いつくわけでもなかったので、ここは古今第一の知恵者と目される父親の言葉に素直に従うことにした。


 オフィーリアのというより、公式には結婚相手のアミュンタスの邸宅は王都の右京北側、王宮近くの一等地に半町占める広大な邸宅である。

 アミュンタスはこの時には既に、というかようやく伴食ながらも公卿の端くれになっていたが、もちろんアミュンタスの稼ぎで買えるものではなく、オフィーリアの降嫁にあたって賜ったものであった。

 官吏としては三流だが、趣味人としては当代随一であるアミュンタスが暇があれば手を入れているだけあって極めて趣のある邸宅として知られている。

 この日も自ら庭園の手入れを行っていたアミュンタスは、突然にもかかわらず義理の甥の訪問を快く受け入れ、自慢の庭を自ら案内して回るなど歓待した。

 格別の話があるからと、珍しく甥のほうから会いに来たことに驚きを隠せない顔をしたオフィーリアだったが、昨今、特にすることもなく無聊だったこともあり、喜んで家に上げ話を聞いた。暇つぶしにちょうどいいとでも思ったらしい。

 オフィーリアは最初は話半分で気のない相槌を打っていただけかのような態度だったが、話が結末に差し掛かるころには大きく身を乗り出して、関心があるところを全身で表した。

「まぁ! なんて素敵なお話なのかしら! 一人の女性を巡って万乗の君と争うだなんて・・・まるでお伽噺の主人公みたいじゃない!!」

 オフィーリアはうっとりとした目で宙を見上げた。自分が渦中の女性となって男性に取られあう物語でも空想しているのであろう。自分が父親の決めた許婚とドラマチックな展開もなく結婚しただけに恋愛話が好きなのである。いつまでたってもこういうところは少女っぽいところがある女性なのである。

「でも好きあっている恋人を引きはがすような真似をするとは、陛下も罪なことをなさる」

「恐らくなのですが・・・陛下はご存じなかったのではと。そこで遅まきながらこの話を陛下のお耳に入れ、再考していただくきっかけとしたいのですが、これがなかなか難しく・・・」

「何よそんなこと! 陛下は賢明な方です。情理を尽くせば理解していただけることでしょう!」

 伯母がすっかり乗り気になったことを見て、ディオンは安堵し頭を下げた。

「是非にもお願いいたします」

「でもそんなことがあったのなら、なぜもっと早く私に一言告げてくれなかったの!? 二人の仲を応援したのに! 水臭いじゃない!」

 甥姪のこういった話は自分を通してしかるべきとでもいう考えがオフィーリアにはあるようだったが、どういった理屈かはディオンにはさっぱり分からなかった。

 だがともかくも、それは伯母上が絡むと話がややこしくなるからですと流石に正直に言えなかったので、ディオンは話を変えてはぐらかした。

「このままでは典侍様の入内は避けて通れませぬ。これを止めるためには是非にも伯母上のお力が必要なのです」

「まかせておきないさい! ここは愛する甥のために一肌脱ごうじゃないの!」

 愛する甥、と呼ぶには疎遠な気もするし、そもそももう一人の当事者である王もオフィーリアにとっては紛れもない甥なのであるが、せっかくの乗り気になったところに水を差すような真似はするまいとディオンは賢くも口籠った。

 とにかく刺激に飢えていて、物事に首を突っ込むのが好きな性質なのである。いつもは遠くに姿を見るだけで鬼を見たかのように急いで避ける伯母だったが、この時ばかりは頼もしく見え、女神であるかのように輝いて見えた。


「というわけで典侍殿には既に我が甥という立派な想い人がおられるのです。陛下、ここは王として大きな度量のあることをお示しいただき、大人しく身を引かれるがよろしいと思います」

 いつものことではあるが、オフィーリアは予定や手順やしきたりなど歯牙にもかけずに突然、王の前に現れると一方的に話をまくしたて、結論を押し付けた。

 王ともなれば国事に関わる重要な要件が目白押しでこの後も詰まっているのだが、さりとてそういったことを主張し、態度を改めるよう求めるには相手が悪すぎる。なにしろ相手は『天下御免のオフィーリア様』であり、ウルヴィウスが生まれる遥か前、父の時代からいつもこうなのである。

「伯母上の話は分かりました。ですが私にも王という立場があります。よって一度口にしたことを軽々しく取り消すのは難しい。伯母上のたっての願いであってもです」

「そこを何とか! 古より君子は豹変すると申すではありませぬか」

「伯母上に対する肉親の情は重けれど、天下への示しとでは比べ物になりませぬ。変えるわけにはまいりませぬ」

「まぁ! なんと小憎ったらしい言葉をおっしゃる! 昔は指をしゃぶって、いつまでも私の後をついて回ったというのに!」

「オフィーリア様、そのような物言いは陛下の威厳に傷がつきまする。お立場を重々お考え下さい」

 ウルヴィウスが困っているのを見かねた女官が、極めてまっとうな意見を言ってオフィーリアに注意するよう促した。もっともオフィーリアがぎろりと険しい目つきで睨むと、慌てて目線を下げたが。

「私は陛下が赤子のころに濡れたおむつを替えるなど、さんざんお世話をしてやったというのに、成長すると恩を忘れ、かようにつれない仕打ちを受けるものなのか」

「伯母上、それをおっしゃいますな。事実ですが、それを耳にした下の者たちが私を軽んじかねませぬ」

「王たるものが恩をあだとして返すことが正しいと? それで下の者に示しがつきましょうか!」

 その後もオフィーリアは女官たちが止めるのも聞かず、幼い頃のウルヴィウスの恥ずかしい話を大声で話し、ウルヴィウスを閉口させた。

 オフィーリアの説得(?)で王の考えを変えることはできなかったが、ともかくも天下に知らしめることには成功したのである。

 特に後宮の雰囲気はがらりとこれで変わった。つまり王が望んでいる以上、典侍の入内は既定路線であるとばかり思っていたが、そうとは限らないことに皆が気付いたのである。



「ああ、忙しい忙しい」

 女童にしては大きな、されど女官としては小ぶりな身体が登花殿の渡殿を走るように滑っていく。走ってはいないが歩いているのかと言われれば微妙なところである。ふるまいに優美さを求める昔堅気の古株の女官たちなどからは眉をひそめられる行いだが、彼女は昔から行儀や作法には無頓着なところがあった。

 彼女に言わせれば形式を重んじるばかりに溜まった仕事を片付けないのは禄泥棒だというのである。

 彼女はセルウィリアやロクサーナのような華やかな美貌の持ち主でも、アリアドネのような慎ましやかな美貌の持ち主でもなかったが、内面の知恵が湧き出ているかのような炯炯けいけいとした瞳を持つ、若さと明るさに恵まれた可愛らしい女性である。

 何よりも精力的に仕事をこなし、後宮で起こる様々な揉め事から、表向きの政治の取次や調整まで、意に沿う形で万事解決することから王の信頼は絶大なものがあった。

 また在任期間四十年を超え、大尚侍と尊称されたグラウケネ退官後、長くても二年、短ければ一月しか務まらず、安定しなかった尚侍という職責をこの若さで、ここ五年にわたり大過なく務めあげていることは古参のうるさ型の女官たちにしても認めざるを得ない立派な実績である。

 王の確かな信任を得ているということと、能力に対する絶対的な自負が顔の表情に表れているといってよい。

 これが今を時めく梅花尚侍その人である。

 女童から尚侍にまで上り詰めたその経歴から、アリスディアの再来だなどと巷間では言われるが、セルウィリアなど昔を知る者たちに言わせると「彼の人(アリスディアは死後許されたとはいえ公式には罪人であるため、名を憚ってこう言った表現が使われた)は何事にも冷静沈着で容儀優れた御仁でした。今の尚侍は少し違うようです。情熱的で才覚に恵まれた人物、どちらかと言えば前相国ラヴィーニアに似ているように思えます」と評されたし、これまたラヴィーニアほどではないが少女にしか見えないその体を揶揄して、いつも動き回るものだから体に栄養が回っていないのだなどとやっかみも含めて陰口をたたく女官もいた。

 もっとも彼女は一向に気にしない。彼女はそう言った些事ささいなことにこだわる人間ではなかった。

 

「これは尚侍様、ご機嫌麗しゅう」

 渡殿の端で声をかけられた梅花尚侍は三歩行き過ぎて足を止めて振り返った。これは珍しいことである。常の女官であれば背中越しに返答することも多く、その傲慢な態度がやっかみも含めて非難の対象となる彼女なのである。

 さて、彼女が特別な態度を取ったのにはもちろん理由がある。声の主が今、後宮で何かと話題の中心になっているアリアドネであったからだ。

「・・・典侍様はご機嫌麗しくないみたいですね」

 位階の上では尚侍のほうが一段上だし、帝の覚えも目出度めでたい一人であることも考えれば、アリアドネに敬語で話す必要はないとも言えるのであるが、女童として後宮に入った時には、既にアリアドネはセルウィリア掌中の珠として崇め奉られていたという関係性や、その高貴な血筋等をおもんばかって口調は今となってもずっと丁重なままである。

「そうでしょうか・・・?」

「そうですよ! 額の間に皺を作って、ずっと思い悩んだ顔をしています」

 尚侍は眉間に人差し指を当てて皺を作った。

「やはり、あの一件・・・入内のことでお悩みに?」

「ええ・・・まぁ」

 梅花尚侍は王の意を汲んで行動することが多い。彼女がどういった思惑で話しかけてきたかが分からないアリアドネはあえて気のない返事をした。

「ずばり、お尋ねします。陛下の下に参るのはおいやなのですか?」

「・・・・・・・・・」

 梅花尚侍は返答しないアリアドネの目をしばらくじっと覗き込んでいたが、やがて、にこりと破顔した。

「良かった!」

「・・・・・?」

 何も言っていないのに早合点した梅花尚侍にアリアドネは目を丸くする。

「安心して! わたしはあなたの味方だよ」

 そう言って手を強く握りしめると、また嵐のように廊下を去っていった。

 梅花尚侍は入内に関して諾と言葉にしなかった時点で、いろいろな立場から否定しないだけでアリアドネは迷っているのではなく、すでに結論は出ていると悟った。

 そしてそれはウルヴィウスの願いとは一致していないが、梅花尚侍の望みには十分に一致していた。

「あんなのがわたしの競争相手になられてはたまんない」

 それが梅花尚侍の本音である。

 セルウィリアと同じように存在だけで他を圧する美貌を持つアリアドネには、頼みとする才覚だけでは勝てそうもないし、有斗が出会ったころとは違ってこの時代のセルウィリアはまったくもって文句のつけようのないくらい完璧すぎるから仕方がない面もあるが、ウルヴィウスは重度のおばあちゃん子であるのだ。

 そしてセルウィリアとアリアドネは似ていないようで似ているのである。

 彼女に勝ち目があろうはずがなかった。

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