第2話 降ってわいた縁

 祖母と孫二人という気の置けない間柄での時間ではあったが、三人は帝、太皇太后、そして典侍という立場がある。あえて三人の関係をおもんばかって会話にも加わらず、側近くにも寄らなかったが、お付きの女官や護衛の武官で貞観殿は常と異なる人気に包まれた。

 国難と呼べるような大難のない時代ではあったが、それでも帝であれば政務に追われる。取り巻きに急かされる様にしてウルヴィウスが退出し、ようやくいつもの静寂が戻り、セルウィリアも張っていた気を散らして重い身体を寝台に預けた。やはり人が多いとそれだけで老体にはこたえるのである。

 ここ最近では一番体調が良いとは言っても、とても完調とは言えぬ身なのであった。忙しい身の上ながらも直々に挨拶に来た孫が帝としての面目をつぶさぬように健康にふるまって見せただけであった。

 それに気づいていたアリアドネはウルヴィウスが立ち去るや否や、臥所を整えた。

 セルウィリアは甲斐甲斐しく世話をしてくれる自慢の孫娘の姿に目を細めた。

「いつまでも子供だと思っておりましたが、すっかり大きくなって一人前の女性になりました。思えば貴女も既に縁付いていてもおかしくない年頃になっていましたね」

 何しろ先帝の姪であり、大公の妹である。それだけでも嫁の貰い手に困ることは決してないであろう。さらにはセルウィリアの見るところ、気立ても器量も良く、どこに出しても恥ずかしくない自慢の孫娘でもあった。

 それにアリアドネは既に多くの妃を持つウルヴィウスよりも年上であり、縁付いていてもおかしくないどころか、高貴な生まれの女性としては。むしろこの年まで縁付いていないほうがおかしいとさえ言えた。

「おばあさま、いきなり何をおっしゃるのですか」

「貴女には父も母もおらず、本来ならば唯一の肉親であるわたくしが人一倍心を配らねばならぬところでしたが、やはり年長者からということで貴女の兄や姉の縁談に奔走するあまりに一番年下の貴女のことは後回しになってしまいました」

「しかたありません。なにしろ父上は子沢山な方でしたから」

 とアリアドネはセルウィリアに慰めを言った。といっても彼女は父が死んだ時は、まだ母の胎内にいて顔すら見た事もない。彼女は父の死後、後宮で生まれたのだ。

「貴女はそう言ってくれますが、それでようやく貴女の番となったら、このわたくしがこのように倒れていまい、それどころではなくなってしまいました。申し訳なく思っておりますよ。将来ある若者をいつまでも先の見えた老人の世話ばかりさせておくわけにも参りますまい」

 成人するまでに失われた命もあったが、何しろ二十人以上の子供をアレクシオスは残したのだ。上から順番に縁談を片付けていくのでも大変なことである。最年少のアリアドネにまで手が回らないうちにセルウィリアが体調を崩してしまい、それどころではなくなってしまったのだ。

 だが実のところアリアドネの婚期が遅れたのには他に大きな理由がある。

 端的に言うとセルウィリアはこの孫娘を手放したくなかったのだ。

 アリアドネは父だけでなく残った母親をも幼くして亡くした。しかも母親は取り立てて裕福だったり権勢のある家の娘では無かったため、後ろ盾となる縁者が一人もいない有様だった。それを不憫に思ったセルウィリアは手元に引き取って親代わりとなって彼女を養育した。

 病弱で手のかかる子供だったが、セルウィリアは苦になるどころか嬉々としてアリアドネの世話を自らの手で行った。

 セルウィリアはウェスタと違って有斗との間に女の子がいなかったことが悔しくてならなかったのだ。だからこの孫娘を娘代わりに思って、ことのほか可愛がった。

 しかもアリアドネは幼くして二親をなくしたせいか遠慮がちで謙虚な女性に育ち、性格が有斗を思い起こさせるのである。しかも内面だけでなく外見も母の髪を受け継ぎ黒髪で、そこもまた有斗の面影があるように思え、言ってしまえばセルウィリアはこの孫が他のどの孫よりも可愛くて仕方が無かった。

 おいそれと手放したくなかったし、手放すなら自分の眼鏡にかなうしっかりした相手でなければと思い定めていた。

 すなわち、有能で将来は三公と目されるような若い秀才か、公爵家の跡取り、あるいは悪くてもそこそこの領土を持つ伯爵家の跡取りで、性格が良く、生涯に渡ってアリアドネを大切にしてくれそうな誠実な人物で無ければと思っていたのだ。

 だが、そのような相手は早々に見つかるものではなく、ずるずると伸びていたというわけである。 

「おばあさま、私のことなどお気遣いなく。私はいつまでもこうしておばあさまのお傍にいてお世話いたしたいと思っております」

「まぁまぁ・・・そのようなこと。いつまでも親離れできぬ幼子でもあるまいし。我儘ばかり申しては本当に婚期を逃しますよ」

 とはいうものの、アリアドネの言葉が内心は嬉しかったのか、セルウィリアの顔には満面の笑顔が浮かんでいた。

「ですが・・・お喜びなさい。とんでもない良縁が舞い込んでまいりました」

 祖母の言葉にアリアドネは目を見開いた。

「・・・おばあさま、それはどういうことでしょうか?」

 アリアドネがそう応うと、セルウィリアはニコニコと上機嫌な笑みを返し、そして語り始めた。

「先ほど帝からいいお話があったのですよ」


「ばばさま、典侍を私にくださいませぬか」

 アリアドネが花を庭に運び出している間、二人きりになったウルヴィウスが突然、口にした言葉の意味を図りかね、セルウィリアは目を丸くした。

「あの娘をいただきたいとは・・・? まさかとは思いますが、後宮に迎え入れたいということですか?」

「はい。そのまさかです」

 国事にかかわるほどの大事ではないが、私事としては決して些事ではない。

 あまりにも素早く軽い返答に、ウルヴィウス特有のいつもの軽口の一つででもあろうかと思い、セルウィリアは王であるのにいつまでたっても軽々な態度が抜けきれない孫に呆れた。

 もともとは陽気な気分屋で、今のウルヴィウスよりも、よほど軽躁な女王で、あの有斗にすら呆れられた過去を持つセルウィリアだったが、年齢のこともあろうが、有斗やウァレリウスと一緒に国家を背負っていくうちにそういった軽躁さはすっかり影を潜めていたし、実に都合のいいことに本人の記憶の中からもそういったことはすっかり忘れ去られていた。

「本当に・・・あなたという人は・・・呆れて口がきけませぬ。王たるもの、くだらぬ冗談を言うものではありませぬよ。周囲の者が本気にしたらいかがなさるおつもりか」

「ばばさま、冗談ではありませぬ。典侍アリアドネを私の妃として迎え入れたいのです」

「気まぐれを申すではありませぬよ。あの娘とそなたとは幼馴染・・・机を並べて学んだ学友、いいえ、むしろ姉弟といっていいほどの仲なのです。それを妃などとは」

「とはいえ実の姉弟ではありません。従姉です」

「わたくしが言いたいのはそういったことではありませぬ。それほどの近しい仲、もし本気で妃に欲しいとお思いなら、昔にいくらでもその機会があったということです。例えばそなたの最初の妃にと望んだのであれば理解はできます。反対はしません。ですがあの頃、そなたの口からあの娘の名前を聞いたことなどありませぬ。わたくしの大事な孫娘ですよ。帝であろうとも一時の気の迷いに対して軽々しく差し上げるなどもっての他。それにそなたには弘徽殿女御をはじめとした貴妃たちが既に大勢おります。その中にわたくしの大事な孫娘を加わらせてちょうを競わせ、気苦労させよと言うのですか」

「ばばさまがそれをおっしゃいますか。ばばさまはおじいさまの皇后であったのですよ。お忘れですか」

「覚えてますとも。だからこそです。それに民の労苦を考えて聖祖は二人、そなたの父も四人しか妃を置きませんでした。それに対してそなたという者はまったく・・・! 幾人の妃を持とうというのですか。そなたの浮気性に幾人もの女御がわたくしに相談に来たことか! どれだけの女性にょしょうを泣かせば気が済むというのですか」

「またその話ですか。おじいさまや父上とは時代が異なります」

 ウルヴィウスはうんざりした表情でセルウィリアの言葉をいなした。

 ウルヴィウスは祖母を敬愛し、また尊敬もしているが、何かというと祖父や父と比較することだけは飽き飽きしていた。

 有斗が例年の出兵で積みあげた軍票も、長い戦国の世で壊れた道や建築物を修復する修繕費も、もはや必要はなくなっていた。国庫には毎年銭が積み上がり、一人や二人女御が増えたくらいでは使い切れやしない。爪に火を点す用にして財政再建を行わなければならなかったころとは時代が違う。

 それにだ、とウルヴィウスは思った。

 そもそも祖母の話の前提が違うのだ。

 確かに祖父は祖母とベルメット伯しか後宮に入れなかった。だが幼い頃から幾度となく聞かされた聖祖の物語では、確かに後宮には入らなかったが、やれセルノアだ、アリスディアだ、アエネアスだ、アリアボネだ、ヘシオネだなどと、とかく女の名前を挙げることに不自由することは決してない。

 当時の実情を知らないウルヴィウスからしてみれば、どう考えても祖父は女をとっかえひっかえしていただけに違いないと勘違いしても仕方がなかった。

 それに祖母セルウィリアほどの女性を皇后に迎え入れれば、他の女人など必要なかろうというのがウルヴィウスの感覚だった。自慢の貴妃たちではあるが全員まとめても祖母の足元にも及びやしないと悔しく思う。

 むしろ子がなかなか生まれなかったからとはいえ、よくもまぁ祖父は別の女人を後宮に迎え入れる気になったものだとさえ思った。ウルヴィウス自身はベルメット伯と直に会ったことはないのだが、往時を知る女官たちから話を聞くに、美貌ではセルウィリアと張り合えるまでではなかったとも聞く。

「それに確かに口に出して典侍を望んだことはありませんが、それはあまりにも近しき存在であったために想いが私にもはっきりと見えていなかっただけ、嫌いであったわけではないのです。あの頃はまだ若く、そういったことが私にも分からなかった」

「・・・・・・」

「典侍とは幼き頃より共に育って、気心も知れている。典侍と一緒ならば心が安らげる気がするのです。私にもそういう心の支えとなる相手が欲しい。決して一時の感情でいたずらに欲しがったわけではないのです」

「・・・わかりました。そこまで言うのであれば話をするのもやぶさかではありません。ですがまずはあの子の意向を聞いてからです。よろしいですね?」

「もちろん。とはいえばばさまに反対されてはこの話は進められませぬ。よろしくお願いします」

 頭を下げるウルヴィウスにセルウィリアは任せておきなさいとばかりに笑って掌を重ねた。セルウィリアは孫にはたいそう甘い祖母なのである。


 セルウィリアはそのウルヴィウスの言葉を隠さずにアリアドネに伝えた。

「思えば陛下に言われるまでそのことに気付かぬ、わたくしが愚かでした。確かに貴方は陛下より少し年嵩としかさですが、あの悪戯好きで子供っぽいところのある陛下には、年上の落ち着いた女性が必要かも知れぬ。そういった面では後宮で貴女に敵うものはおりませぬ。第一、貴女の美貌や見識は後宮のどの女御にも引けは取りません。また心根もとても優しく、まさに国母こくもとなるに相応しい。それに陛下おん自ら望まれて入内するなど女冥利に尽きるというものではありませんか」

 セルウィリアは自身が有斗に請われて後宮に入った時の、若き日のときめきを思い出したのか、我がことのように喜びをあらわにしていた。

「そのようなこと急に言われても・・・とてもとても・・・・・・」

 当惑するアリアドネの様子を、急な話のために考えがまとまらないのだと一人合点で解釈し、セルウィリアは何度も頷きながら孫娘の腿を軽く叩いた。

「ま、まま、いきなりの話、驚くのも無理はありません。ゆっくり考えることです」

 考えずとも結論は決まっているとでもいいたげなセルウィリアの喜ぶ姿に、アリアドネはそれ以上、言うことができずに口をつぐんだ。


 こういったことは当事者たちは秘めているつもりでも、いつのまにか広まるもの。

 数日後には後宮から宮廷にいたるまで知らぬもののいない噂となった。

 新たな佳人の入内は単に後宮のバランスを変えるというだけではない。場合によっては朝廷のバランスをも変革させる兆しともなりうる。

 女御にはそれぞれ余禄に与ろうと仕える女官や、利用して権勢を得ようとする官吏がいるものなのである。

 女御や同僚からのやっかみや、自分が仕える女御の寵愛が衰えやしないかという女官からの敵意、あるいは奇貨居くべしとばかりに近づいてくる官吏たちの野望に晒されることとなり、おかげでアリアドネはどこに行っても心の休まることがなかった。

 アリアドネは貞観殿の裏手の渡り廊下の途中、人気のいないところで月を見上げ嘆息した。

 そんなアリアドネを見かけたディオンが声をかける。

 ここ数日、ずっと暇を見つけてはアリアドネを探していたのだが、とにかくこの騒動の後、常にもましてアリアドネは隠れるように暮らすようになり、見つけることができなかったのだ。

「典侍様」

「・・・・・・武衛校尉殿」

 アリアドネの顔にも言葉にも、心なしか生気がなかった。

「聞きました。陛下が典侍様の入内をお望みになられたとか」

「・・・・・・」

「おめでとうございます。」

「おめでたい・・・ことなのでしょうか」

「それはもう。入内は当人がどれだけ望んでも叶わぬもの、女人ならば誉でありましょう。それに陛下は眉目秀麗なうえに、稀にみる賢君であります。これほどの良縁、他にありますまい」

「あなたは・・・! あなたはそれでよろしいのでしょうか!?」

「よろしいも何も・・・陛下がそうお望みなのです」

「あなたがそうお考えならば・・・それでよろしいのでしたら・・・・・・!」

 そう言うとアリアドネは踵を返した。

 ディオンはその時、初めてアリアドネの頬に一筋の涙が流れるのを見た。

「典侍様!」

 だが足早に渡り廊下を立ち去るアリアドネはもう一度ディオンに振り向くことはなかった。


 ディオンは苦しみぬいた末、どうにも自分では解決できぬと父と兄に内心の苦衷を打ち明けた。

 それでどうにかなると思ったわけではない。ただ自分一人で抱え込むことができなくなってしまったのだ。

「馬鹿かお前。陛下と女人を巡って争うなど気は確かか。父上や兄上のお立場も考えろ」

 と話が終わるや否や、一つ上の兄、ドラグテノにディオンは小突かれた。

「・・・・・・」

「しかも陛下が口に出す前ならともかくも、口に出した後ではな。この話、後宮だけでなく朝廷でも話題になっている。もうここまで知れ渡ってしまってはどうしようもあるまい。綸言りんげん汗のごとしと申すではないか。もしここから話が急転して、そなたに降嫁するよう決着がついたとしたら、陛下のお立場というものがなくなってしまう。身の程をわきまえよ」

「・・・それは分かっております。しかし・・!」

「よいか我らは王家の藩屏。陛下あってのオーギューガ公爵家だということを忘れるな。陛下を軽んじれば、それはすなわち刃となって我が家に返ってくるのだぞ」

「そう責めてやるな。君臣の義と色恋沙汰はまた別ものよ」

 とそれまで一切口を開かずに話を聞くだけだったステファノスが二人の息子の会話に割って入った。

「とおっしゃるからには、父上は弟を助けるおつもりですか」

 ドラグテノは率直に驚いた。彼の知る父は何よりも社稷しゃしょくを重んじ、身内の感情といったものからは程遠い存在であったからだ。

「・・・・・・父上、恩に着ます!」

「親の情としては助けてやりたいが・・・これがなかなかに難しい。はてどうするか」

「父上でも難しいですか」

 落胆の色を隠せない息子たちを見つつ、本音を言うならば難しくはない、とステファノスは思った。

 ウルヴィウスは若き有能な帝としてアメイジアに君臨しているが、政治家としての実績や師父としての関係性から今でもステファノスに頭は上がらない。ステファノスが無理を押し通せば、帝とて最後は折れるしかないだろう。

 だがそれはあくまでウルヴィウスとステファノスの間にだけ存在する関係であって、オーギューガ公家とウルヴィウスとの関係ではない。

 ステファノスが自分の顔に免じてと頼めば、ウルヴィウスのことだ笑って許すであろうが、内心は穏やかではないはずだ。帝としての才覚は十分に見えるウルヴィウスであるが、巧みに隠している顔の裏には傲慢で尊大な面があることをステファノスは薄々感づいていた。自分の死後、ディノンやオーギューガ公家にどんな災難が降りかかってくるかはわからない。

 もちろん、それを防ぐだけの器量人がオーギューガ家にいればいいのだが、残念なことに、ここにいない長男を含めても息子の中にはいないのである。そのような寝技ができるのは、かろうじて自慢の娘、弘徽殿女御のロクサーナくらいかといったところだ。

 だが所詮は数ある女御の一人でしかなく、継嗣となる男児を産んだわけでもない。それでは帝がふと過去のことを思い出し、オーギューガ家に仕返しを企んだ時に歯止めとはならず、子供たちの行く末が心もとない。

 しかもオーギューガ家は数少ない王家の藩屏である。両家が反目しあって戦になれば国を二分する戦いになりかねない。天下の大乱に繋がる可能性を秘めているのだ。

 ならば、その手段は将来を考えると取るべきではないというのが、宮廷一の賢人と称されるステファノスの結論だった。

 それにしても・・・と目の前の不肖の息子たちを前にして、ステファノスは内心で己の器量にも落胆した。

 子供たちもウルヴィウスも教育に当たったのはステファノスだ。自分の師父であったラヴィーニアと同じように教えたはずなのだが、今の帝も子供たちも、兄や自分に遠く及ばないと言わざるを得ない。朝廷第一の賢人、聖祖の三傑に勝るとも劣らないなどと言われるが、偉大な太傅ラヴィーニアには自分は遠く及ばぬと今更ながら痛感した。

「なかなかにな」

「そんな・・・」

「だが方策が皆無と言うわけでもない」

「どのような!?」

「さすが父上、宮廷一の知恵者は伊達ではありませんね」

 ディオンだけでなく、どちらかというと反対の立場を取っていたかに見えた次兄のドラグテノまで急に乗り気を見せたことにステファノスは苦笑した。

 だが分からないでもない。

 先帝も今帝も人柄もよく才覚に優れ、また何事につけオーギューガ公家を引き立ててくれるため、両家の関係性も問題なく、意趣もない間柄であるが、それはそれとして、やはりオーギューガ家に産まれた男子は、ステファノスが半月遅く産まれたばかりに帝位から遠ざかってしまったことに悔しい思いを抱いているものなのだ。

 もしステファノスが帝位にあらば、長男以外であってもその得るものは少なくない。今よりももっと高位高官であろうし、時機が合えばそれなりの爵位も望める、場合によっては天子の階を登ることもできるのである。そう思えば悔しくない気持ちが生まれないわけではないのだろう。

 つまりドラグテノも帝に対する個人的な人間としての好き嫌いの感情とは関係なく、また女性を巡っての戦いではあるが、帝と、いやウァレリウス家と正面切って戦うということに興奮を覚えているのである。

 ステファノスはそんな二人の息子に冷静さを求めいさめる。

「だが心せよ。これもまた一つの戦と心得ねばならぬ。しかも相手は帝だ。正々堂々と戦って勝てるような生ぬるい戦ではない。搦め手から攻め、奇策で勝ちを拾うしかあるまい」

 戦うからには冷静に物事を分析し決断しなければならないし、そして戦うからには勝利しなければならないのである。

「奇策・・・?」

「してどのような?」

 ステファノスは二人の息子の顔の前に手を突き出し、三本の指を立てて見せた。

 そして不敵に笑った。

「勝利するには三人の女性の心をつかむ必要がある」

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