第4話 謎のイケメンあらわる

   

 男性にしては高い声です。だからといって、女性的なナヨナヨした感じは全くありません。むしろ耳に心地よい、美しいテノール・ボイスであり、教会の聖歌隊メンバーに混じっても不思議ではないくらいでした。

「こんにちは、お嬢さん」

 紫の瞳をキラキラさせて、爽やかな笑顔で挨拶してくる彼。すっきりとした顔つきで、目鼻立ちは整っており、やや長めの銀髪もサラサラしています。いわゆるイケメンであり、それは本人も自覚していることでしょう。

 そもそも『銀髪紫眼』という特徴だけ見れば、王様やその一族と同じです。でも彼の格好は、そのような高貴なイメージをぶち壊しにしていました。

 白いシャツの上から着込んだ濃緑色のチョッキは、たくさんのポケットがついており、典型的なフィッシング・ベスト。同じ色のズボンも、下草などから脚を保護するために、裾が不恰好に膨らんでいます。おしゃれからは程遠い、機能性を重視したファッションでした。

「こんにちは……」

 微笑み一つ浮かべることなく、一応の挨拶を返すと、

「お嬢さんも、釣り人なんだよね? そんな格好だけど」

 彼は友好的な表情を崩さないまま、少し攻撃的な言葉をこちらにぶつけてきました。


 私が彼のファッションセンスを内心で笑ったように、彼の方でも、私の服装を愚かに思ったのでしょう。

 没落貴族とはいえ、私は男爵家の令嬢です。貴族令嬢たるもの、例えばキャンプや乗馬に出かける時でも、ラフな格好は出来ません。ましてや毎日のように通う釣り場に、みすぼらしい服装で来られるわけないではありませんか!

 だから今の私は、いつものドレス姿です。もちろん『ドレス』といっても、舞踏会に出席するような正装の方でなく、普段着として着られるようなカジュアル・ドレスです。

 袖も裾も長い、ワインレッドのワンピース。外見的には、裾などのレース飾りや胸元の刺繍など、主張し過ぎない程度のささやかなおしゃれが随所にあります。機能的にも、こう見えて動きやすいだけでなく、汗をかいてもベトつかない素材であり、私のお気に入りの逸品でした。


「あら、見てわかりませんか? あなたの目には、これ、ただの棒に見えます?」

 準備できたばかりの竿を指し示しながら、わざとらしい笑顔を浮かべてみます。

「ああ、うん。釣り竿はわかるけど……。汚れたら困りそうな服装だから……」

「ご心配どうも。ですが、殿方の好むルアー・フィッシングとは違って、動き回る必要ありませんからね。案外、汚れないものですのよ」

 私は少しだけ目つきを険しくして、男が手にする魔法竿をジッと見つめました。

 そう、彼の竿は魔法竿。先ほど湖面に着水したのも、この男が茂み越しにキャストしたルアーだったのです。


――――――――――――


 ルアー・フィッシングは、若い殿方の間で流行はやっている釣り方です。特に貴族の子弟が好む遊びでした。

 エサ釣りでは、魚が釣れる前に、エサを扱うだけで手が汚れる場合もありますからね。そういうのを嫌がる貴族は多いようです。

 そもそもルアーというのは擬似餌です。本物のエサと違うものをエサらしく見せて、魚を騙す釣り方です。エサ釣りでも、釣り針にエサをつけて投げ入れた時点で、自然に水中に落ちてくるエサとは違うのですから、微妙に『魚を騙す』という要素はあるわけですが……。

 食べられもしないものをエサだと思わせる時点で、『騙す』レベルは大きく違いますよね。例えば、本当のことを言わずに「聞かれなかったからね」と誤魔化す騙し方と、ハッキリ事実無根の言葉を口にするような騙し方。その二つと同じくらい、大きな差があります。


 普通のルアー・フィッシングでは、小魚や虫を模した擬似餌ルアーを用いて、音と動きを加えることで、より本物らしく見せるはず。その騙しのテクニックが釣果に直結するのが、ルアー・フィッシングの醍醐味の一つなのでしょうが……。

 この騙し方の究極が、ルアーに『擬態ミミック』の魔法をかけて、音や動き以前に本物そっくりにしてしまうこと。これがあるからこそ、ルアー・フィッシングは、貴族の子弟に大人気となったのでしょう。

 貴族であれば魔法が使えるのは当たり前ですが、得意不得意は誰にでもあります。特に一般的な攻撃魔法や回復魔法とは異なり、『擬態ミミック』のような特殊魔法は、その『得意不得意』の差が顕著に表れます。

 本当か嘘かわかりませんが、王家の人間は『擬態ミミック』が得意だという噂も流布していますから、これを使って上手くルアー・フッシングが出来ると、それだけで「王家に近づいた!」という気分になれるのでしょうね。


 魔法を使ったルアー・フッシングの話を先にしてしまいましたが、魔法の使えぬ庶民だって、普通にルアー・フッシングを楽しんでいるようです。

 庶民だって、魔法が使えないとはいえ、魔力そのものは持っていますからね。例えば魔法灯のように、潜在的な魔力を流し込んでスイッチを入れる道具は、この世界にはありふれています。魔力がなければ、まともに暮らしていけないほどです。

 魔法竿も魔法灯と同じで、名称に『魔法』と入っているものの、実際に必要なのは『魔法』ではなく『魔力』の方です。魔法道具の一つ、という意味で『魔法竿』と呼ばれているのでしょう。

 このように、誰にでも扱える魔法竿。魔力さえ流し込めば、いくらでも糸が伸びて遠投できるのですから、便利といえば便利なのでしょうが……。

 そのせいで発達したルアー・フッシングと、それを楽しむ釣り人たち。同じ釣り人でありながら、ある意味彼らは、私のような手竿派には天敵とも呼べる存在なのでした。


 私の釣り方は、エサを投げ入れたら魚が掛かるまで――目印としてのウキが動くまで――おとなしくしている、というものです。私という釣り人の気配を水中の魚に悟られたくないので、とにかくジッと待つのです。もちろん、少しくらいの身動き程度は構いませんが、立ったり座ったりして足音を立てるのは厳禁です。振動となって水中に伝わりますからね。

 動かないのですから当たり前ですが、釣りを始めたらその日一日、同じ場所で釣りをします。動いてはいけないから、というだけでなく、同じ場所で釣り続けることで、投げ入れたエサが蓄積して、魚が寄ってくる効果もあるからです。


 一方、ルアー・フッシングは違います。彼らは動き回ります。魚を寄せよう、という気持ちはありません。自分のところに魚を引き寄せるのではなく、自分から魚がいる場所を探し回る、という形。一つの場所で数回キャストして、魚の反応がなければ見切りをつけて、次の場所へと移るのです。。

 同じ釣り場所にとどまらないというのは……。恋愛で例えるならば、一人の女性を口説き落とすために手を尽くすのではなく、次から次へと色々な女性に声をかけて回るナンパ男のようなものでしょうか。


 そのように動き回るのですから、当然、足音などは立ててしまうはず。でも、彼らにとっては些細な問題なのかもしれません。そもそもルアー自体、動かすだけでガラガラとかバシャバシャとか騒々しい音が出る仕組みになっています。

 水面に落ちてしまい暴れている虫や、水中で弱って苦しんでいる小魚を模しているのがルアーなのです。そうした獲物を狙う肉食魚や、食べるためではなくても鬱陶しいと思って攻撃してくる獰猛な魚を、対象としているのがルアー・フッシングなのです。

 水中で派手な音を立てる分、湖岸での足音は、あまり気にしていないのでしょうが……。

 そのような釣り人が近くに来たら、私たち手竿派には大迷惑。エサ釣りの対象魚たちは、びっくりして逃げてしまいますからね!


――――――――――――


 ルアー・フィッシングとは、そういうものなので。

「悪かったね。侮蔑するつもりはなかったんだ。キミみたいな格好で釣りをする人、初めて見たから……」

 目の前で言葉を続ける銀髪紫眼の男は、私にとっては、厄介者でしかないのでした。

 いくら見た目がイケメンだとしても!

   

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