第46話 おにいちゃん⑤
九回目の朝がきたとき、お母さんは帰ってきた。
ごめんね、大丈夫だった? とお母さんは言った。わたしは、大丈夫、と言った。
「おにいちゃんがいたの」とわたしは説明した。「おかあさんがおシゴトからかえってこなくて、びょーいんからデンワがあった後に、おにいちゃんがきたの。なかないでっていって、わたしにおにいちゃんができたんだよ」
「どういうこと?」
お母さんはナゾナゾを考えているときと同じ顔をしていた。わたしはナゾナゾを出したんじゃないのになんでそんな顔をするんだろうって思った。
「あ、ご飯、大家さんがやってくれたのね。お礼を言いに行かないと」とお母さんは言って、立ち上がった。
ちがうよお兄ちゃんなんだよ、と言ってもお母さんは、はいはい、と笑うだけだった。
「おかあさん、びょーき治ったの?」
「うん。でも、お仕事はしばらくお休みね」
その時、お母さんは出しっぱなしの布団に気がついたみたいだった。
「あら。その子、なに?」とお母さんが言ったので、わたしは、お兄ちゃんだよ、と言った。
お兄ちゃんはもう喋れなかったけど、歩くことはできた。でも、まだ起きてなかったので眠らせておいてあげたのだ。
お母さんはお兄ちゃんが寝ているところへ行くと、まあまあ、と声をあげた。
「裏庭から猫を連れてきたの?——ああ、いつも一緒に遊んでるお友達ね」と言ったので、わたしは「ちがうよ。おともだちじゃなくて、おにいちゃんだよ。ちょっと前までおにいちゃんだったんだよ」と言った。
でもお母さんは「オニーチャン、って名前にしたの? 変な名前ね」と笑っただけだった。それから、じゃあ大家さんのところに行ってくるわね、と言って部屋から出ていった。
わたしは、なんでわからないのかな、と思ったけど、まあいいや、って思った。お兄ちゃんは嬉しそうに眠っていたし、大丈夫って言ってたのも嘘じゃなかったから、わたしは朝から嬉しかったのだ。
お兄ちゃんが目を覚ましたら、今度はわたしがカレーをつくってあげようかな、と思ったけど、お兄ちゃんはカレーが好きじゃないことを思い出したので、わたしはオムライスを作ろうと思った。
でもオムライスは難しそうなので、ケチャップご飯でいいかなと思って、寝ているお兄ちゃんにきいたら、お兄ちゃんは寝ているのに、にゃあ、と言ってくれた。
はじめてゴハンをつくるけど、大丈夫かな?、と思った。でも、大丈夫だよね、って思ったら、なんだか出来る気がした。
そのとき、わたしは大丈夫って言葉がすごい好きになった。どれくらい『大丈夫』が好きになったかっていうと、お母さんとお兄ちゃんぐらい好きになった。
大丈夫は元気がでるんだなー、ってわたしは初めてわかった。もしかしたらお兄ちゃんやお母さんもそういう意味でつかってたのかもしれないけど、聞いてみないとわからないな、と思った。
じゃあ今度きいてみよう、って思ってたらお腹がグーと鳴った。早くごはんの時間にならないかな、って思ってわたしはお兄ちゃんの横に寝た。お兄ちゃんは、小さくて、あったかくて、気持ちいい。
そしたらまたお兄ちゃんが、にゃあ、って言ったので、わたしも真似して、にゃあ、って言った。
お兄ちゃんのとなりに寝ころがったら、なんだかすごいねむたくなってきた。お母さんが帰ってきたから起きてたけど、ほんとうは少しねむかったのだ。
わたしは、お兄ちゃんありがとー、って思いながらおフトンをからだにかけた。お兄ちゃんにもおフトンをかけた。それでいっしょにねむった。
こんどは夢をみませんでした。
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