第41話 アヤカの日記⑤
アヤカの日記/5
五つの物語が終わった。
「と、まあ、こんな出来事があったわけだ」
「わ——」
嬉しかった。なんと大家さんが私の過去を語ってくれたのだ。忘れていた細部までもが、再び心の中に定着していた。それは魔法だった。キラキラと輝く魔法のような日々だった。
「——わたし! あの!」
逸る気持ちに言葉が追いつかない。何から口にすればいいのだろうか。
しかし、またもや大家さんは私に掌を向けた。
「ま、深くは語らないほうが綺麗だからね。あたしからこれだけペラペラ喋ったのは、これ以上は喋れないからってこと。つまり明かせる情報は全部言っちゃたってことなんだよ」
うんうん、と一人で納得している大家さん。
出来れば、もっともっと話を聴かせてもらいたかった。しかし、私は満足でもあった。
自分の記憶を立証してくれる存在が居たのだ。これからは己に疑問を抱かずともいいのである。話の真偽のほどは分からない。しかし、信じなければ納得の出来ない経験を私はしていた。
唐突に、にゃあと鳴き声がした。いつの間にか、窓の外に猫が集っていた。数々の猫は私達を見ている。彼らの一匹一匹がその身の底に、凄まじい力を秘めているのだろう。
「ああ、ごめん。ご飯の時間か」
大家さんは言った。立ち上がりながら私を促す。「お話は終わり。誘っといてなんだけど、これにてお茶会は終了ってことでいいかな?」
「あの……はい、ありがとうございました。満足です。来て良かったと思いました」
「そっか。なら、良かった」
帰ろうと思った。これ以上ここにいる必要はない。掴むべきものは、私自身で掴んだ。大家さんはそれを手伝ってくれただけなのだろう。
私は立ち上がった。玄関へ向かう。しかし途中、後ろ髪を引かれる思いに振り返らされた。大家さんはどこからか猫の餌を取り出していた。猫の楽園へと足を向けている。
何も言えなかった。振り返ったは良いが、かける言葉は見つからなかった。大家さんの言うとおり、私は全てを聞いたのだ。このまま立ち去るべきなのだろう。
私は前方に視線を戻し、帰路をイメージした。そうして——玄関へ置いた靴に足を通しているときだった。
「ねえ、あのさ」
背に大家さんの声が掛かった——。
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