第33話 ハルキ⑤
目が覚めた。見慣れない天井をぼんやりと見つめてから、夢心地のまま起き上がった。
すぐには自分の居場所がわからなかった。ぼやけた視界で部屋を見回すと、ハルキが目に付いた。離れて敷かれた布団の上で寝ている。
「ああ、そっか……」
そうだそうだ、と思い出す。昨日から不可解な事態に巻き込まれているんだった。
時計を見る。朝の九時だ。疲れていたのだろう。途中、起きることもなくぐっすりと眠れたらしい。お部屋とお布団様様である。
「今日は……そうか」
現実を思い出した。
「金集めをしないと」
おれは財布を取り出すと中身を確認した。
残金、一○八円。レシートが数枚に、ポイントカードが一枚。入っているのはそれだけだった。
「どうするかな……」
黙考。とりあえずハルキを起こすか、と答えを出した——その時だった。ドアがすばやく数回ノックされた。立ち上がる間もなく、ガチャリ、と鍵が外される音。
誰だ、と身構えた。が、現れたのは当然というべきか、部屋の保証人であるマキさんだった。
「おっす」
「おはようございます」
おれはぼさぼさの頭をくしけずりながら玄関口まで歩いた。
「あれ、ハルキは?」
「まだ寝てますけど……」
「そっか」
小言を言うかと思いきや、マキさんはすんなりと受け入れた。
今日はさ、と言葉を続ける。
「この子に料理を教えてやってほしいんだ。そしたら今日の分の家賃は要らないよ——あ、ちなみに昨日の家賃はサービスだから」
感謝しろよー、とマキさんは笑う。
笑顔のマキさんの後ろには小さな男の子が居た。小学生ぐらいに見える。どこの子なんだろうか、と思案していると、マキさんが教えてくれた。
「上の階に住んでるんだ」
「ああ、そうなんですか」
「ほら、挨拶しなよ」
マキさんに背中を押されて、男の子は前に出た。玄関口に立つと頭を下げる。そして言った。
「よろしくお願いします。料理は初めてですが、がんばります」
よく出来た子だった。
「んじゃ、あたしは行くから」
マキさんは呼び止める間もなく消えてしまった。いったいどこに住んでいるのだろうか。実に単純な答えが、傍に転がっている気がした。ふーむ、と腕を組みつつ考える。
「あの」と男の子の焦れたような声が耳朶を打った。
「料理、教えてください」
「ああ、ごめん」
思わず謝ってから、あっ、と声を上げる。
「材料とか料理器具がないや」
「それならあります」
男の子は一度外へ出ると、ダンボール箱を持ってきた。「これ、マキさんに貸してもらいました」
「へえ?」
上がり框の上で箱を開いた。
まず、じゃがいもとにんじんと豚肉が見えた。未開封の万能包丁やまな板、鍋まで見える。わざわざ買い集めたのだろうか。
男の子はしゃがみこんだ。まるで宝石を見るようなまなざしをそれらに向けていた。
おれは男の子をジッと観察していた。なんだろう。なにか心安らぐものがあった。
「ねえ」
おれは上から声を掛けた。
「今日は何をつくるか聞いてる?」
「いいえ」
男の子は首を振った。
おれはダンボールの片隅から見慣れた箱を取り上げた。長方形のそれを掲げて、言う。
「今日はカレーらしいよ」
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