第22話 モミジ⑤

 モミジを拾うと、太郎はすぐに自室への道をたどった。


 木造アパートの二階、一番右端のドアが根城への入り口だ。右手に袋、左手に猫を持ち、先を急ぐ。何故だろう。気恥ずかしさを感じていた。今は静かなモミジを見て、まさか暴れだしたりしないよな、と不安に駆られる。


「悪いけど、ビニール袋に入ってくれ」


 椛は後で洗えば良い。

 太郎は、汚れているモミジを、ビニール袋の中へ入れた。もちろん顔を出すことは忘れない。モミジは、にゃあ、と気持ち良さそうな声をあげるだけだった。


「暴れないでくれよ……?」


 隠れるようにして階段を上り、音を立てないように玄関ドアまでたどり着き、なんとか鍵を取り出す。開錠。玄関に足を踏み入れた。背中に、バタン、とドアの閉まる音。ホウっと息を吐き出すまで、物音は何一つしなかった。


 ただいま、と言っても、おかえり、は返ってこない。太郎は知っている。言うだけ無駄だ。無言で靴を脱ぎ、上がり框を踏んだ。

 その時だった。にゃあ、と猫が鳴いた。途端、太郎の中で何かが色づいた。それは懐かしい輝きを放っていた。

 袋から出したモミジを目線まであげた。


「今日からここがお前の家だ」


 抱かれたまま、にゃあ、と鳴いたモミジだった——が、耳を一度動かし、鼻をひくひくと二度動かし、尻尾を左右に三度振ると、唐突に身体を捩りはじめた。


「おい、やめ——」


 制止は意味をなさなかった。モミジは三和土に飛び降りると、その身を何度も震わせた。四方八方にドロの混じった水滴が飛ぶ。


「——お前、なんて、面倒な……」


 あたりの惨事に目を奪われているうちに、モミジは上がり框に進んでいた。不可視のネズミでもいるのか、と思わせるほどの俊敏な動きだった。

 太郎が気づいた時には遅かった。モミジは太郎のベッドの上に乗って寝ていたのだった。それも、拭いきれないドロを引き連れての行動だ。


 太郎は思わず、肩を落とした。なんて馬鹿を拾ってきてしまったんだ、と後悔した。しかし、外にほっぽりだす、という選択肢など生まれもしなかった。


 その日から、一人に一匹が加わった。小さいながらも、立派な家族だった。

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