第57話
「大通君、今日この間の料理のお返しに料理を作りに行っていい?」朝起きたら携帯に送られて来ていた。今日は特に予定がなくて暇と言っても過言じゃないけどここまで肯定の返事を送りにくいとは。なんとか覚悟を決めてお願いしますと送る。即答ができなかったことに罪悪感を覚えるけど前回のトラウマがあるからしょうがないと持ってほしい。あれは人の食べていい物じゃなかった。
昼の時間までは生きた心地がしなかった。寒い外に出て少しもいない虫を一生懸命探している鳥を眺めて感慨深いものを感じて過ごしてみたり、いつもは時間があっても見なかった昼のローカル番組を見てみたりして過ごしていた。せめて美味しく感じれるようになにも食べずになにも飲まなかった。
ピンポーンと間の抜けた今の俺の心情とは正反対の音が鳴り響く。
「大通君、小宮ですー。開けてー」インターホンから良子さんの声が聞こえる。
玄関の鍵を開けて良子さんを迎える。「ようこそ、何もないところだけど」これから起こることに恐怖してよそよそしい言葉遣いになってしまう。「なんでそんなに緊張してるの?ただご飯を食べるだけだよ。」「なんか緊張しちゃって」「体調とかは大丈夫なんだよね?もうそろそろ学校始まるから無理しないでね。」そうえばもう後一週間もたたずに学校が始まるんだった。こんな感じの限られたコミュニティの中での
生活がそろそろ終わっちゃうな。
この数週間のことに思いをはせていると良子さんが手に持っていたビニール袋の中から麻婆豆腐のもとと豆腐、ひき肉を出しているところだった。「手作りのお返しが市販になっちゃってごめんね。ただその分美味しく作るから。」顔の前で手を合わせるポーズで謝ってくれた。わざわざ謝る必要ないのに。市販なら俺の余命が伸びるかもだし。
「全然大丈夫だよ。俺も手伝おうか?」「それだとお礼にならないじゃん。だから大丈夫だよ。」「…ありがとう。じゃあお言葉に甘えてのんびり待たせてもらうよ。」
「大通君できたよー。自信作!。」手伝うとかの会話をしてから三十分ぐらいしかたってなかった。ご飯は冷やご飯を使ったからまあ
いいんだけど麻婆豆腐ってこんなに早くできるものなんだ。
運んできて貰った料理は熱そうでまだぐつぐついっていた。今回も匂い、見た目は完璧だった。「お待たせ。じゃあ食べようか。」「…熱いうちにね」「いただきます。」「……いただきます。」良子さんが元気よくいただきますをしてから三拍分空けてから俺も食べ始める。
辛いけど常識の範囲内でひき肉の美味しさとかもしっかり感じる。それでいて豆腐の優しい甘さもほんのりと感じる。ただただ美味しい。
一気に食べきってしまった。「美味しかったです。なんか麻婆豆腐の完璧を見た感じでした。」話すことも後にしてご飯と麻婆豆腐をかきこんだから感想をいう余裕がなかった。
「汗が凄いから辛くしすぎたかなって思ってたんだけど丁度良かった?」言われてから気付いた。俺、今汗かいてんじゃん。気付かなかった。意識したら一気に汗が出ていた。今まで気付かなかったのが不思議なほど舌が痛くて効果音をつけるならピリピリよりバン、バンみたいな舌が壊れていくような感じだった。「だいじょうb…大丈夫だヨ。」「なんか片言だけど大丈夫?」「大丈夫。食べたら寝たくなっちゃったから寝るね」何とかこの言葉だけ言って意識を飛ばしてしまった。
起きたら真上にあったはずの太陽がなくなっていた。
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