第15話 眠り

悲しみと、美しさは似ている。

「分かったことがあるんだ」

 今日もどこかで誰かが死んでいる。

「コトルはもういない。でも花の影に、風に、言葉に、愛する世界中の何処にでも、美しいもののなかに僕たちは彼女を見つけることが出来る。君の木漏れ日のなかにも」

 みんな生まれた時から影と一緒にいる。ただ見えていなかっただけなんだ。実際僕たちを分け隔てるものなんか何もないのに、生にとらわれているものたちは、分け隔てることが出来ると思っている、「眠り」「別れ」を。

 それでは余計に恐ろしく淋しいものになってしまうじゃないか。


「コトルの望みなら、私はこの枝をどけよう。空はもう呪わない」

 今、木はその広がりすぎた枝を静め、しおらしい魔女の後姿のような元の姿に戻った。 

  

 猫とカラスと蛇がやってきて、木に挨拶した。

「でも、君のために少し日陰は残しておこうね。いつでも遊びに来られるように」

 木はそう言って僕を包む心地よい日陰を作ってくれた。


 夢遊病さんがやってきた。手には小さなオルゴールの箱。コトルの夢の一部をお土産に持ってきてくれたのだ。

 彼女の焼くアップルパイの匂いがどこからか漂い、夢見心地な声、せわしない足音。


「今は眠たくてよかった。感情がはっきりとしないもの。……こんなぼんやりした気持ちも良いものよ。冴えてしまったらすべてがとがって見えてしまって、私には強すぎるから。全てをはっきりさせたいわけじゃない。 『何故』と考えるのがいけないみたいに。私はあなたの頭の中で踊っている? あの丘で花を摘んで、あなたに花の冠を作るの。あなたを見失わないように」

 

 よかった。夢のなかの彼女は歌っていた。


 黒い毛並みに、首元にぽかり浮かんだ満月模様がある、太った猫の胸毛が風になびいて、また、鼻をひくひくと動かした。


「あの子の匂いをいつだって風が運んでくる。俺たちは、思い出したいときにそうやって風が運んでくれるんだ。君は――鼻がそんなに良くないなら、その大きな心の箱に彼女の思い出を閉まっておいで。思い出したいときにだけ、そっと取り出せばいい。毎日心にあったのなら、それでは少々涙が足りないだろう。きみはこれから生きていかなくちゃならんのだから」


 僕はいま目に収まりきらなかった熱い涙がこぼれたのを拭った。

 

 コトル、歌の続きは僕が歌おう。君の物語が終わってしまわないように。


 明日には家中を掃除して、しっかり朝ご飯を食べ、林檎のパイを焼いてこの丘で、みんなで食べよう。コトルの欠片が潜んでいる、新しい友人たちと。

 彼女の毎日が消えないように。彼女のように、うまくはいかないだろうけど、それを僕が居る証にしてしまえばいい。

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