第13話 コトル

その黒い影は、僕を指差し一言、

「君には羽があるじゃないか」。


 僕は今の今まで、自分に羽があることなんて、知らなかった。想像すらもしていなかった。

 天使さまのような虹色の羽じゃない。カラスのような真っ黒な羽でもない。でも背中に触れると、羽が確かにあった。


 僕は空を目指して飛んだ。飛び方は知っていた。

 そのうち完全に木は空を埋め尽くしてしまった。

 光の一筋も入らない。僕の目は、そんな中、闇を照らすようによく見えた。

 

 何者かになりたいなんて真っすぐ貫いていられる強さがあったなら。

 許される何かがあったなら。


 ”傍にいて欲しい。だけど君はもういない”

 この感情が燃え尽き乾くまで。


 まるで自分だけが何も持ってないような気がするんだ。それを誰かのせいにしてしまうのも簡単なようで難しいけれど。

 横に影が居るのが分かった。

 彼には口が無かったら、笑っているのか悲しいのかすら分からない。ただ僕が飛ぶのを興味深そうに見ていた。


 空の葉から夜露が降ってきて、光がちらちらと目に星を宿した。

 飛べたことが恨めしいような気持ちで、頭の中を暖炉の火が踊っているような感じがしたとき、コトルが見えた。


 彼女は――笑っていた。朝日のなか笑うコトル。美しい草原、不思議な家が立ち並んでいる、大きな橋が透き通るような深い青色の川の上に建ち、ああ、もう君はその世界の住人になってしまった。


 いま、君が遠すぎて、これから僕は淋しくて寂しくてどうしようもないときはどうすればいい?

『わたしはいつでもこころのなかに』なんて言葉で僕を突き放すの……?

  

 彼女は言った。


「夢遊病さんは、あなたの望みを笑わない。太った猫さんはあなたの赤い瞳を見ても驚かない。彼らには色はほとんど無意味だから。塔の上のカラスは、あなたの黒い髪を仲間と思うでしょう。蛇は、あなたの皮膚の感触に親しみを持つわ。黒い影は、あなたに真実を教えてくれる。あなたの世界には、たくさん『私』が残ってる」


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