第10話 土の匂い
カラスと別れてしばらく歩いたが、急に眠りが僕の身体に巻き付いた。
座って、それから崩れるように草原の上に寝そべった。
ベッドよりも硬かったけれど、土の匂いに安心した。
果樹園はすぐそこだ。でも足がもう動かない。
コトルもこんな思いで毎日丘を、最後の日まで眺めていたのだろうか。僕にはまだ分からない。僕とコトルを隔てたものの正体が。
ベッドに横になって、昔の(昔と言っても僕たちはまだ子供だけれど、ただ貴重で輝いていた永遠のような時間を指すことばがこれしか見つからないのは問題だ)外を元気に飛び回っていたころの遠い丘を眺めていた最期の日々。
肌は日に日に老婆のように水を失ったような色の髪も、輝きを失っていった。また「彼」が訪ねてくるかもしれないと、最後の日まで僕に言っていた。クッキーの準備も忘れずに。
あまりにも急で、穏やかで、蝋燭の火が消えるみたいに――。
空は晴れでも雨でもない緑色。
寝そべった僕の目の前に毒々しいくらいの赤い林檎が、地面に紐で縛り付けられているみたいに落ちた。
お腹一杯だったけれど、コトルと木の思い出をまた見たくて僕は齧った。
僕だけが、コトルが居なくなったことを受け入れられていない気がして目のまわりがじわりと熱くなる。喉の奥がぎゅうと締め付けられて情けない声が出る。
僕はみんなが――つまりコトルの友人たちが、コトルの死をもっと悲しむと思っていた。
僕と同じくらい、彼女が欠けた今日に、誰も想像のできないくらいの淋しさに打ちひしがれていると。
だから彼女の友人たちがあまりに粛々と彼女の消失を受け止めていることを非情だとさえ思った。
それとも僕が「知らない」だけなのだろうか。彼女の行く先、僕の明日を。
僕も、彼らが知っていることを知れば、あまり悲しまなくなるのだろうか。
僕とコトルを分け隔てているものの正体さえ分かれば。或いはきっと……。
彼女は、命が焼け焦げ尽きるまで、太陽の下で遊んだ。
僕は――僕はいったい何をしていたんだろう。
怯えて、ひたすら怖かった。
「何が」はあまり問題ではない。あえて言うならきっと、変わっていく景色、永遠と呼ばれるもの、もう戻ってこない過去とか。
気に食わない。気に食わないんだ。彼女が居なくても世界が回るなんて。
『彼らは真実にとても近いのよ』
ある日コトルは言った。
『死なんかに私たちが隔てられると思う?』
分からないよ。君の言うことが。
だってその実君は此処にいないじゃないか。
僕の手を握ってくれないじゃないか。
何処だよ、何処に在ったんだ。何処に行くんだ。
ああ、金の滴が滴る。
「思い出」よ、そもそもお前は在ったのか?
彼女の作る野菜屑のスープ、カボチャのパイ。せわしなく掃除する姿。 僕は時々オルガンを弾いて彼女は歌う。――
ああ、灰の視界が霞む。
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