第9話 鱗と赤い目、黒い羽

 骨だけになった大きな塔があった。小枝を集めた大きな巣があり、カラスは休んでいた。

 カラスは濡れたような何色にも輝く羽を手入れしながら僕を見た。最初は訝し気だったがすぐに優しい眼差しになり、


「モスタルだね。この谷の花じゅうが噂している。君が外に出てきたってね。コトルが描いてくれた君の似顔絵そのままだ」

僕は、コトルが僕のこの醜い、鱗だらけの顔を描いたと思うと少し恥ずかしく、恨めしい気持ちになった。

「猫でもないのになぜそんなに背中を丸めているんだ?」

「僕は醜いから」

「へえ、そうなのかい? 例えばどこが?」

 カラスは何でも知りたがる。僕は自分の嫌いなところなんて言い出したら明日にだってなってしまうと思いながらも、彼の夜空みたいな瞳に逆らえなくて答えた。

「全てさ。この黒い鱗の生えた身体、黒い髪の毛、赤い目……まるで、コトルを連れ去ったあいつみたいだ」

「鱗が醜いなら、魚は醜いのか? 泣きっ面のウサギは? 僕の黒い羽……この羽は僕の自慢なんだ。コトルは僕の羽を綺麗と言って褒めてくれた。それまで誰もこの羽を美しいと言ってくれる奴は居なかったけどね」

「君の羽をコトルがおみやげにくれたよ」


 カラスは気を良くしたのか、僕の肩へ空を滑るように降りてきた。

「君は、コトルとは違う。でもコトルも君とは違う」

「そりゃあ、僕とコトルは似ても似つかないよ」

カラスは嘴を二回、カチカチと鳴らすと、

「いずれわかるさ」

と言った。それは友達みたいな優しい声だった。


「さて、君は林檎の木に会いにいくらしい。しかし君は木の言葉を知らないだろう?」

「それでも行かなきゃならないんだ。君の羽で僕をあそこまで運んでくれないだろうか」

「僕はあんなに高くは飛べないな。……そうだ。それなら蛇を訪ねなさい。木をするすると登っていくことができるだろう。あの林檎の木の近くの果樹園にいる」 


 僕は疲れていた。こんなに歩いたのは生まれてはじめてだったから。初めは柔らかく僕を迎えてくれていたように感じた足元の草花も、今はもう木の棒みたいになってしまった僕の足には意味が無かった。

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