第8話 カラス

僕は、はげ山の頂上へと向かった。

 この孤独の山には、はるか昔に誰かが建てた塔があって、そのてっぺんにコトルの友達のカラスが住んでいるから。

 僕は生まれて初めて上る山に息が上がる。

 僕が地面を踏みしめる音と身体をめぐる血の音。松が歌うとコトルが言ったのは本当だった。

 

 思えばいつだって初めはコトルで、勿論林檎の木もそうだ。

 ある朝、彼女は魔女の皺枯れた手みたいな林檎の木の手入れを始めた。

 風の強い谷間で一本、立っていたらしい。あとひと風吹けば、根元から抜けてしまいそうだったので僕たちの家の窓から見える日当たりのいい丘へ連れてきた。それからせっせと水をやり、肥料をあげた。林檎はみるみるうちに元気になり、そのうち小さいけれど実をつけるようになったわけだ。

 コトルは喜んだ。彼女はアップルパイ(シナモンを大量に使ったやつ)が大好きだったから。

 

 林檎が落ちてきた。金色の林檎だ。僕は齧って歩き出した。

 

 金の林檎は二人の記憶の味がした。


 ある朝、霧が立ち込めて、辺りを静かに冷やした、朝のことだ。

 色づいた木々が微かに白い靄のなかから僕たちの小さな家を見守っている。

 木組みに石膏で塗り固められた、小さい僕らの家。

 僕もコトルも気に入っているその家の重い木戸を誰かが叩いた。

 コトルが開けると――客人は珍しかったから勿論笑顔で――

 

 林檎の木だった。

 

 一生懸命人間の形を真似て、地面に潜りたがっている根っこで無理やり足を、枝の房で腕を、頭には小鳥が数羽。ぶかぶかのマントを羽織って、遠くから見れば、もしかしたら、大きな太ったおじいさんが歩いているように見えたかもしれない。

 その時僕は初めて林檎の木に会った。会った、というよりキッチンの扉から隠れて見ていただけなんだけれど。


「生きていれば、不思議なことが一度や二度、起きるわ。そのたびに信じられないなんて言っていたら美味しいお茶の時間を逃しちゃう。それに木に足が生えて、服を纏って、私に会いに来たことだって、生きていることに比べたら、たいして不思議なことじゃないって思うの」

 急いでキッチンに入ってきて、お茶を用意しながらコトルは言った。


「お菓子は何がいいかしら」

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