第7話 蜜と涙

「ふむ、美味しい、思い出だ」

 猫はまどろむような顔をした。

 僕は今頭の中に響いた声が、林檎の木の声であると気づくのに時間がかかった。その声はとても優しい老爺のようだったから。彼の落とした実は、二人の思い出を映して僕たちの身体に溶けた。齧るたびに彼らの思い出が僕たちの中に入ってくる。

 

 甘い蜜が、涙の様に滴った。滴。黄金の雨。――そう、コトルと林檎の木は、ある雨の日に出会った。


『いまから雨を降らさないといけないんだ。家へお帰り』と木はあるときコトルに話しかけたそうだ。

 コトルはよく雨に濡れることも厭わずに、花を摘んでいた。水滴は白い髪を飾る真珠。

 僕はそんなコトルの様子を窓から見ては、花に戯れる妖精のようだと思ったものだ。

「だから言ってやったの。『あら、雨に濡れちゃいけないって誰が決めたの』 って」。


 上を向いて、口を開け、雨を受ける。踊るように手を天に向かって広げる様子が目に浮かぶ。

『雨って美味しいのよ』きっとコトルならそう言う。

 友達になるのには時間はたいして必要ではなかっただろう。彼と彼女を結びつけるものは、時間よりもずっと深いところにあったから。

 


「どうしたらあの木と話ができる? 僕、あの林檎の木に話があるんだ。ねえ、僕をあそこまで連れて行ってくれない? 君の鋭いかぎ爪なら、木登りだって得意でしょ?」

 毛づくろいを始めた猫は言った。

「生憎俺はあんな高いところまで登ることはできないね、ましてや君を連れて行くことなど。この山の頂上に居る、カラスに聞いてみな。かれらの仲間なら、君を運ぶこともできるかもしれん」


 そう言ってから、近くにあったコナラの木にするする登り、眠ってしまった。

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